二十八
ばっちゃが台所にいったので、夕食の献立を尋く。
「トビウオはサラダオイル塗って塩焼ぎ、クロソイはショウガ入れで煮つけだな。残ってらホダデはバター炒めにすべ。ナスは味噌炒め。白菜とジャガイモはあした考えるじゃ」
じっちゃが起きてきた。まだ二時だ。上座に腰を下ろし、
「おもしぇ話コしてたな。軍艦も戦闘機もなぐなってまったべ」
「特殊状況の話じゃなく、生活の風景の話をしてたんだよ」
「ンだが。だば、まんず人力車だな。それがら、こきたね格好したワラシ、ま、いぢばんなぐなってまったのは、ちゃんとした暑さと寒さだべ」
深いことを言う。
「なくなっていちばん残念なのは、こきたない格好した家だよ。たとえ直すにしても、合船場のように原形を留めるように直さなくちゃ。これまで不便だったものを便利なものに取り換えるのは屋内だけでいい。じゅうぶん使える年季の入ったものをすっかり取り払ってしまうのは、親しんだ思い出を断ち切るということでしょ。それは自分を育てたものを裏切る悪徳だ。……浜の家並はほとんどむかしのままだったな。いずれあれも四角いものに建て替わっていくんだろうね」
「……目にくるじゃ。なしておめみたワラシが生まれだもんだべな」
「ほンによ。オラんどみてな目腐れとしょりも、そどは古いまんまで中身を治へばいいってこどになるはんでな。救われるじゃ」
じっちゃは朝日ジャーナルを手に取ってめくりながら、
「晩めしまで銀映さいってきたらいがべ。五年もしねでつンぶれるず話だ」
「そたらにしねうぢにつぶれるこった。二十年前にでぎだころだば、ふと余っちゃでいだったばって、いまはサッパシだすけな。だども、銀映は四、五年前の映画ばりかげるんで」
「四、五年遅れの映画もいいな。いってみる」
きょう三回目の外出だ。ボッケの店にいけば四度になる。
「ヤジまでいぐじゃ。杖試してみねば」
「ばっちゃ、いっしょについてきて」
「おう。傘差してけら」
雨の粒が大きくなっている。じっちゃもばっちゃも私も長靴を履いた。
「わいィ、あんべいいじゃ。滑らねし」
じっちゃはからだを少し前に傾け、ゆっくりだがしっかりした足どりで、ヤジまでの百メートル余りの道を歩く。尾てい骨が痛むのか腰はまっすぐ伸びることはない。どちらかの足を引きずることもない。ばっちゃと私が傘を差しかける。通行人は私たちだけ。車も通らない。ばっちゃが、
「こっからはいいすけ、映画さいげ」
二人がゆっくり引き返していく。合船場にたどり着くまで見送ってから、新町へ向かう。西野理容を曲がり、銀映につづく細道を歩く。左右にあったはずの古びた家は多少新しくなっている。記憶の中にあるよりもはるかに古色を帯びた正面玄関の上に絵看板が掛かっている。おととしの春、池袋文芸坐のオールナイトの黒澤特集で観た『赤ひげ』だ。ショーウィンドーの前に立ち、ピンナップ写真を見る。三船敏郎を除いた役者たちの過剰な演技と、加山雄三の軽っこい科白回しが浮かび、とたんに内容も思い出した。観覧料三百三十円。都会の二番館と同じくらいだ。
上映時間を見る。三時間の映画なので一本立てだ。九時開映、ニュース十分、本編三時間五分とつづいて、十二時十五分まで、二回目の上映は十二時半から三時四十五分まで、三回目が四時から七時十五分まで、最終上映は七時半から十時四十五分までとなっている。腕時計は二時三十二分。入場券売りの女が、
「ちょんど二時三十分べっこに六、七分の途中休憩が入りました。もうわんつかで後半が始まります」
知っている内容なのでどうという不満はない。このまま入場して、次の上映の途中まで観て出ることにする。六時少し前になる。切符を買い、アルバイトの高校生のようなモギリ嬢に半券を渡され、すぐ館内の闇に入る。休憩という白文字が黒いスクリーンに映っている。館内のだれも闇の中に座ったまま動かない。見覚えのあるなつかしい空間。都会にもよくある三百人ほど収容できる広さの客席だ。五、六十人の観客がいる。義一と忍びこんだころはこの四、五倍は埋まっていた。
席についてすぐに後半が始まり、保本(やすもと)(加山雄三)と売春宿から救い出された十二歳のおとよ(二木てるみ)、つづけておとよと七歳の長次(頭師(ずし)佳孝)との心的交流が描かれる。さっそく涙が湧く。涙腺が老化して弛(ゆる)んでいるのか、新鮮な果実のように熟しているのか見当がつかない。とにかく泣く。恋愛感情に年齢はない。愛情には応える―それが正常な人間だ。身分と階級がその正常な反応の障害になる。本人たちもそれを無意識に是としているのがやりきれない。
人間をいけぞんざいに考えない赤ひげの人格が光る。数年前に観たときよりも重厚な作品に感じられ、役者たちの演技も同様に芯のある腹の据わったものに感じられる。加山の所作でさえ引き締まったものに見えた。シナリオの力に感嘆する。すべての人がすべての人の言葉に耳を傾ける。言葉の勝利。
後半を観て心の底から満足し、三時四十五分に映画館を出る。傘を差し、野辺地八幡に回る。赤鳥居をくぐり、灯籠と狛犬を通り過ぎ、濡れた緑陰の参道を進む。石畳。苔むした小さな鳥居をくぐり、新しそうな僧房群を通り過ぎて本殿へ。木造の古い社殿をやや遠くから見やったきり踵を返す。和田電気でナショナルのトランジスタを買う。
新築の住居群を抜けてカズちゃんの住んでいた一戸建てへ。建て替わっている。さびしい気持ちで野中へ足を向ける。板造りの校舎を左に眺めながら新道へ。ヤジに出る。店主の婆さんがこちらを見ていたのでガラス戸越しに挨拶する。戸を開けて入ってみる。一段高い板の間に煙草棚や透明な菓子壺が設えられている。
「じっちゃ、いっしょけんめ歩いてらったな。杖買ってやったんだべ、孝行して」
「少しでも動かないと、からだがナマりますからね」
「かっちゃにも契約金やったツケ。えれえもんだでば」
やはりそういう話になる。
「何でもできるうちにしておかないと。朝日を一カートンください」
「はいはい」
新聞スタンドにテレビガイドが立っていたので、それも買った。
「いづ帰るのな」
「あしたです。今度これるのは夏以降ですね」
「でぎるだけ帰ってきてやってけんだ。野球で忙しばって」
「はい、そうします」
初対面と言っていい他人のおためごかしを受け流す。彼女は私の祖父母や母と何ほどの仲でもないだろう。
「ただいま! やっぱりわが家はあずましいなァ」
ばっちゃが、
「あイ、ややど(もう)映画終わったてか」
「途中から入って、観たことのある映画だったから、切れのいいところで帰ってきちゃった。ばっちゃの言ったとおり、古いものだったよ」
「どたら映画せ」
「黒澤明の赤ひげっていう映画」
「知らねな」
「じっちゃ、杖は慣れた?」
「慣れだ慣れだ。さっきたもういっぺんヤジまで歩ってきた。傘もちゃんと差してな」
「ワが傘差した腕(けな)持ったんで。踏切さもいってきた」
「傘差して杖ついて歩けるなら上できじゃない。でも無理しないでね。毎日少しずつだよ。ヒビは治りが悪いから。はい、タバコ。これで半月はもつね。それからこの箱は、トランジスタラジオ。ダイアルが使いやすいのを買ったよ。テレビよりラジオのほうが好きでしょ。寝るとき、枕もとで楽しんでね」
「親鳥みてにせっせど運んでくるでば。ヒナさなったこんころもぢだじゃ」
「ばっちゃにはテレビガイド。詳しい番組紹介が載ってるから、読むだけで楽しめるよ」
老眼鏡をかけてペラペラやる。じっちゃは目が達者なので、新聞も雑誌も裸眼で用が足りる。そもそも眼鏡というものを持っていない。
「あしたの朝は、種畜場の肉と、おめの買ってきたジャガイモと、ニンジン、玉ねぎで肉じゃが作ってけら。あどはツブの醬油煮と、白菜の味噌汁な」
「毎日ごちそう食わせてもらって、感謝感激」
「どやへばや(馬鹿言うな)、ほがにやるこどあるもんだってが。おめんど食へで生ぎでねば、ワがちゃっちゃとくたばってまうべ」
ばっちゃは今夜の魚料理の下ごしらえに台所へいった。テレビを点けると、ベン・ケーシーの再放送をやっている。じっちゃのためにチャンネルを替えてやると、青森市紹介番組で、武田屋と松木屋の様子を映していた。見たことのないほど大勢の人波だ。
「この通りは新町通りと言って(野辺地の新町とは規模がちがう)、青森市の代表的な商店街です。通りには食堂や食料品店、衣料品店、お菓子屋さん、デパートなどたくさんの商店がぎっしり並んでいて、たいへん活気があります。青森市には大きなデパートが二つあります(武田屋の混雑の様子。サンダルが山積みされているコーナーの値段表札が二百八十円、三百八十円となっているのが地方都市らしい。東京や名古屋では五百円はするだろう)。デパートではふつうの商店で買えないものが揃っているのです。私たちが生活するのにたいへん便利です(エスカレーターが映し出され、めずらしいエスカレーター嬢がいる。親子連れや、女子高生が昇っていく)。そしてこちらは、長年市民に愛された青森市の老舗デパート、松木屋です(湾曲した独特のビル。開店と同時に人びとが駆けこんでいく。アネさんかぶりした中年老年の女、見たところ彼女たちが七割以上を占めている。坊ちゃん刈りの子供、流行の髪型をした若い女、ごくたまにオッサン。彼らを何人もの警備員が誘導している)。三月一日新装オープンの模様です(営業時間AM十時―PM六時、毎水曜日定休の標示板。バーゲンセール、レジスター)。ごらんいただいているのは最新式のレジスターです(百円札、千円札、一万円札、商品券がギッシリ入っている映像。賑やかな通りの映像に切り替わる)。今年八月から東京都で実施される予定の日曜歩行者天国は、青森市では来年十月から開設されることになっています。マイカーがあたりまえとなってきたこの時代、交通事故が多発し、交通安全の大切さを伝えようと、全国各地で始まるようです(かぎられた区間がかぎられた時間だけ歩きやすくなるということにすぎないだろう。その程度でいい。生活物資を運ぶ道路が歩道や遊園地になってはいけない。歩く道はちゃんとあるのだから)」
三分ほどの短い番組だった。
「東京化していく街の紹介より、土地柄を保っている市民紹介のほうが身になるのに」
「街さあづばってる市民も、足(あし)いなぐして都会のまねしてるジェゴタロウ(田舎者)だべせ。すたらの紹介しても仕方ね。たんだのええふりこぎだすけ。おめと青高で対談した寺山修司て男もそんだった」
「あの講演と懇親会、テレビに映ったの?」
「何度もな。正月にもやってだ。みったぐね男だった。劇団みんなで劇つぐるてウメこどへっても、脚本家てのは、テメは動かねで役者をあごで動かす商売だべ。劇がうまぐいげば、なんも動かねがったテメの名が売れる。ジェンコ儲かる。街に居だがるたんだの欲たがりの商人だべ。クソかまり(ウンコのにおい)するじゃ。おめは足がいなぐならね、まったぐ欲のね武士だ。あたらのとは、グレッと人間がちがる。あの男、おめをおっかねがってらった」
「二度と会わないよ」
名犬リンチンチンの再放送。いつか、どこかで、観た覚えがある。いつ、どこでだったか。高島台の一郎くんの家(ヤンボーマーボー天気予報の声だけ)、同じ高島台のひろゆきちゃんの家(あそこにはテレビがなかった)、福原さんの家(野球と伊勢湾台風)、サーちゃんの店のそばのラーメン屋(あそこではスーパーマンや皇太子ご成婚を観たので、少年番組を観た可能性はある)、青梅の英夫叔父の家(テレビはなかった)、その裏のビーバー歯の女の子の家(月光仮面)、西松の飯場(そんな子供っぽい番組は観なかった)、牛巻病院(姿三四郎)、浅野の家(逃亡者)、坂本の家(紅白歌合戦)、葛西さんの家(ひょっこりひょうたん島)、健児荘(逃亡者)、飛島建設寮(あのころはテレビ界全体の質が変わっていて、純真でロマンチックな少年番組などなかった)、花屋(藤猛)、東京(いろいろ見たが児童番組は観ていない)。―それならいったいどこで?
耳でしか覚えていなかったことに気づく。そんな番組は数えきれないほどある。七色仮面、矢車剣之助、少年ジェット、ジャガーの眼、隠密剣士、快傑ハリマオ……。実際観ると拍子抜けするほど他愛ない内容だ。じっちゃがテレビガイドを念入りに見ている。かつて漢詩を黙々と読んでいたじっちゃが。
シンプルで質の高い夕食になった。トビウオの焼魚、ショウガをたっぷり入れたクロソイの煮つけ、ホタテの貝柱のバター炒め、ナスの味噌炒め、ワカメと長ネギの味噌汁。予告通りだ。北村席の厨房に優るとも劣らない味つけ。じっちゃがトビウオとナスに舌鼓を打つ。ばっちゃは姿勢正しくソイをつまむ。彼女は笑うとき以外は猫背にならない。若いころはかわいらしい魅力的な女だったにちがいない。ふと、じっちゃの顔がオマー・シャリフに、ばっちゃの顔が望月優子に見えた。たぶん当たっている。食事の途中でばっちゃはテレビを点け、風呂を埋めにいく。テレビは六時半過ぎの雑番組。じっちゃは画面に目をやらずに、ゆっくり箸を動かしている。やがて箸を置き、茶を飯椀に注いで飲む。
「じっちゃ、風呂へったど」
「おう」
じっちゃが風呂に入り、ばっちゃは食器を台所へ下げる。十分もして、赤い顔したじっちゃが、らくだの上下にどてらをはおって風呂から上がってくる。ついでに自分でチャンネルを回してNHKに合わせる。
「いつも感じることなんだけど、ニュースって、きのきょう起こったことを伝えるだけなのに、なんだか権威的だね」
「小難しぐしゃべるはんでな。新聞もそんだ。……長つづぎするコツだんだ」
「永久にわかりやすい世界はやってこないんだね」
「簡単に考えればいんだ。こたらこど言いたいんだべってな」
じっちゃがニュースを観ているあいだに、台所で片づけをしていたぱっちゃも風呂へ立つ。二人はこういうリズムとペースで生活をしているのにちがいない。私は勉強部屋でジャージをブレザーに着替える。ガラス窓の外の雨足が速い。風はないようだ。もう一度ジャージに着戻す。ポケットに五万円入れた。
二十九
炉端に出て、じっちゃといっしょにニュースを観る。ナイジェリアに日本の米支援。ビアフラ崩壊以後? 何のことやら。じっちゃはローカルニュースを観ないで半腰になる。
「へば寝るじゃ。雨が強えぐなったら、タクシーで帰ってこい」
「うん。お休み」
じっちゃが寝間に去り、やがてばっちゃが風呂から上がってくる。きちんとモンペを着ている。
「十一時あだりに帰るべ?」
「たぶん」
「湯落とさねどぐすけ、帰ったらへれ。へったら湯落どせ。きなの下着、洗面所に干してあら。乾(ほ)へでら」
「ありがとう」
テーブルを拭いている横顔へ、
「じゃ、いってくるよ」
「合羽着てげ。ビニールのがあるすけ。傘だげだば足りながべ」
玄関から外を眺める。
「だいじょうぶ、風がないから」
「十時前には寝まるすけ。帰ってきたら、玄関の戸閉めどけ」
「わかった。じゃいってくる」
長靴を履いて外に出ると、雨粒で傘が鳴るほどの強さだ。弱い風も出てきた。
八時少し前に佐藤製菓に着いた。店員たちが閉店の準備をしているところだった。ボッケが店前に出てきて、
「雨強えな。車さアブラへでからこっちゃ向かうしてって、ガマから電話きた」
白い合羽を着た末子がやってきた。
「フォードアもきたってが」
「ぼくが呼んだ」
「店、つぶれてまったな」
「仕方ねです。繁盛しなかったすけ」
「セツの海幸は流行ってるばってなァ。場所が悪かったじゃ。映画館がつぶれるくれだすけ。漁協さ勤めでるツケ」
「ンだ、市場のほうさ」
急に雨脚が弱くなった。村上タイルと横腹に書かれたライトバンが店前に停まった。ガマが降りてくる。ボッケもガマも口と目が大きい特殊な顔だ。
「わたくた降ったな。これで上がるこった。お、末子もいだのな」
「おばんです」
挨拶しながら末子は合羽を脱いだ。ボッケがガマに、
「マイカーでこねがったのが。中古だすけ、もったいなぐねべや」
「嫁が使わせね」
「何ていう車?」
「スカイライン2000GT。65年物の名車せ」
バンに乗りこむ。ボッケは助手席、私は末子と後部座席に乗った。本町通りを野辺地駅へ向かう。ガマが私に、
「じさまばさま元気だな?」
「じっちゃの腰がちょっとね。いい杖を買ってあげた」
ボッケが、
「末子、やだらいいかまりしちゃしの。張り切ったな」
「神無月さんのためだば、できるかぎりのこどするじゃ。死んだとっちゃが、ワがキュウピーさいぐとき、ふとの深さを見ぎわめるにはこごろを開けってへった。したら、ふとはわがってくる。深みのあるふとは、されだ親切を返そうとするばって、深みのねふとは利用しようとするって」
「そんだ」
「利用するふとばりだったすけ、野辺地さ帰ってきた。……神無月さんは深みのあるふとだ。誠実だふとだ。神無月さんのためだば、どったら覚悟もできてら」
ガマが大口開けて笑いながら、
「誠実でも、めんこがってけねば、かだで落ちだべ」
「要らねじゃ。すたらのしねぐても、神無月さんは精いっべのこどしてけでる」
「強がるなじゃ。しばらぐだべせ。何カ月だ?」
「……四カ月」
「そたらにが! ま、そうなるべな、めったに逢えねわげたすて。ワの嫁ならむんつけて飯台(はんで)拭ぎ投げるが、叩(ふたら)ぐがすべに」
ボッケが、
「それはねべ」
「おめは堅(かで)ふてわがンね。嫁もらったらわがる。末子、きょうはでったらすんのよ」
「……『すえ』の鍵持っでるしぇ、二階に三畳間もある。買い手がつぐまでは、ワに管理責任があるすけ、週にいっけ掃除してら。九時過ぎたら、だァも通らね道だすけ、灯り点けても心配ね」
「そごでめんこがってもらるってが。まんず、ちょっくら腹さ入れるべ」
野辺地駅に着いた。駅横の開放駐車場に車をつける。雨脚が嘘のように弱まり、霧雨になりはじめた。傘と合羽を座席の足もとに置いて車を降り、蔦屋まで歩く。駅の目の前の角店。戸を引いて店内に入る。左にカウンター席、椅子が六脚、右に四人掛けテーブルが三卓。カウンターに客が二人いて、白いお仕着せを着た白髪で眼鏡をかけた温厚そうな職人が彼らに鮨を握っている。寿司が基本の店のようだ。カウンターの端に立っていた中年の女将が、いらっしゃいませと声を上げた。寿司孝を思い出した。男女のカップルが奥のテーブルに座って刺身をつまんでいる。私たちは手前のテーブル席についた。ガマがビールを四本注文する。すぐに瓶ビール出てきて、たがいにつぎ合い、乾杯。ボッケが、
「神無月と末子は、めし食ってきたんだべ」
私たちはうなずく。
「だば、デラックスカツ丼の上っかわだげ一人前な。ほがにかき揚げ丼二つけさまい」
「へーい」
丼ものはカウンターの右端でもう一人の若い職人が作っている。
「デラックスはカツがでけえんで。二人でちょんどだぺ」
「ボッケたちはまだ食ってなかったの?」
「ワは仕事終わったばりだし、ガマは家さ帰ったばりだ。腹へったじゃ」
「ガマは商売繁盛だね」
「家建でるのブームだすけな」
ガマが鼻の頭をなぜる。ボッケが、
「神無月がいぢばん繁盛だべせ」
「ぼくは商売に精を出してるつもりはないよ」
ホタテの稚貝の味噌汁と、卵でとじたカツと、かき揚げ丼が出てくる。末子が箸を割ってカツを一口つまみ、
「うめ。カツなんてのァ、めったに食ったこどねじゃ」
私は一枚頬ばって皿を押しやり、
「ぼくの分も食べて。腹いっぱいだ」
「ありがとう神無月さん。……あのう、めし一膳けんだ」
「へーい」
腹がへっていたようだ。
「なんだ、まだ食べてなかったの」
「かっちゃが残業だったはんで」
ガマがかき揚げ丼をムシャムシャやりながら、
「神無月よ、こんだおめのファンクラブ作るべと思ってせ。野辺地から出た三冠王をほっぽらかしとぐわげにいがね、三年一組の卒業生中心に立ち上げねがってこどになってせ」
「ありがたい話だけど、ぼくは東京も名古屋も、ファンクラブには出席しないことにしてる。それに、ファンクラブというのは一種のタニマチだから運営に金がかかるし、選手の公私の生活にかかるこまごまとした費用を払うことになる。ぼくはそれもお断りしてるんだ。ちっちゃな映画館を造る資金だけは多少援助してもらったけどね。とにかく、ぼくがときどき里帰りしたときに、同窓会でもやる形で飲めばいいんじゃないのかな」
「ンだおがな。だば、そういう方向で話コ進めるべ。主役はおめだすけ、いぢおうファンクラブて名目をとらせでもらうじゃ。こねだみてに年末にするが?」
ボッケが、
「神無月も忙しいし、オラんどのあづばり具合考えでも、毎年てわげにもいがねべ。夏でも冬でも、いづと決めねで、神無月がこっちゃさ帰ったとぎ、ちょんどみんなの都合のいい日があっだらそごでやるこどにしたらどんだ」
「ンだな、神無月がいねば会費取るわげにいがねすけな」
「ね、ファンクラブってたいへんなんだよ。年会費もその日の飲み代も集めなくちゃいけないしね。何年かにいっぺんの同窓会ということでいいじゃないか。ぼくを主役にするからへんなことになるんだよ」
「結局そうなるが。だども、やっぱりあづばるとぎはファンクラブて名前でやるべし」
四本のビール瓶を空にし、めしも食い尽くす。九時を回った。カウンターの客とテーブルの客が会計をすませて帰った。
「そろそろ閉店ですか」
「九時半までです」
板前が答える。
「適当に四人分、握ってください」
「はい」
ガマが、
「口直しってが。けじゃけじゃ」
八種一握りずつ並べた板が出る。イカ、生エビ、カニ、ホタテ、ハマチ、鯛、中トロ。一つつまむと、めいめい手と箸が止まらなくなった。末子が、
「うめ!」
ボッケが、
「さすが野辺地一だじゃ」
特に中トロは絶品だった。私は、
「ぼくは鮨と言えばトリガイとアナゴしか食わないカラッペ(食わず嫌い)だったんだけど、これは破壊力のある味だなあ」
四人ぺろりと平らげると、女将が茶を出し、
「さっきから見てましたけど、神無月さんは澄んだ後光が射してますね。大人はなかなかそばに寄れません。……東奥日報に、お子さん以外にはサインしないって 書いてありましたが、どうでしょう、大人の蔦谷にもサインいただけないでしょうか」
「もちろんいいですよ」
「ありがとうございます」
女将はすぐに色紙とマジックペンを持ってきた。すらすらと文江サインをし、日付を記し、蔦谷さんへと書いた。
「貴重なサインしてもらって、感謝します」
板前が、
「野辺地から初めて出たプロ野球選手のサインです。ありがとうございます。いま聞いとりましたが、ファンクラブは金がかかるとか。集まりの資金が足りないときは、私が駅前商店会の寄付を募りますよ。必要なときは声をかけてください」
女将と同様標準語だ。おそらく彼らは関東出身の夫婦だろう。
「お二人は東京のほうのかたですか?」
「私は野辺地の浜掛です。女房は静岡です。私が若いころ焼津で修業していたときに知り合いました。四年前にこちらに戻って、おととし店を出したばかりです」
ガマがボッケと顔を見合わせ、
「大っきたあづばりになるとぎは、おねげすることがあるかもしれねです。ありがとうごぜます」
鮨を平らげ、茶を飲み、みんなで腰を上げる。私がスッとレジにいって支払いをしようとすると、若い女店員が、
「なも、代金なんかちょンだいできねです。奥さんから言われでます」
「そうですか。じゃ、一度だけおごられておきます」
大声でごちそうさまを言い、店を出る。駐車場まで歩いて車に乗りこむ。
「ぼくが名古屋に転校したころから、野辺地の様子が変わりはじめたんだね。中学生のときには、あの店なかったから。駅前はもっとごたごた汚くて」
ボッケが、
「ンだったな。バラックみてのが、どんだりこんだり建ってでせ」
ガマが、
「浜掛なら、末子と顔見知りでねが」
「齢離れでるし、浜掛は広いすけ」
ボッケが、
「たンだでめし食へでもらったの初めでだじゃ」
「ワもよ。神無月はいっつもこったふうだべせ」
「図々しくしてればそうなる機会が多いけど、甘えちゃいけないね。でも、サインするとこうなることがほとんどだ。相手の好意を無にできないと思ったときは、快く受けることにしてる」
バー『すえ』の前まで送ってもらった。
「だば、まだな。こんだ帰ってきたら、何人かあづばってめし食うべし」
「あしたいぐとぎ、店さ寄れ。コーヒー飲んでげ」
「うん、そうする」
「末子、じっぱりめんこがってもらえ。おめと神無月のこどァ、三年一組で知らね者はいねすけ。神無月の女だずのはオラんどの公認だ。死んだ三樹夫もよぐへってらった。神無月くんはフォードアが好きだんだ、てよ。遠慮するごとねはんでな」
「うん」
三十
二階の小部屋の薄い敷蒲団で入念に末子を〈めんこ〉がった。私はふだんの習慣を繰り返すだけのことだが、末子にとってはちがう。待ち望んでいたすばらしい感激の一瞬なのだ。末子は自分の快楽の強さを恥じらいながら、全力で没入し、大仰でない身振りで酬(こた)えた。性の慎ましい情熱は、女のまじめな人柄を滲み出させる。
彼女が喪心しかけたとき、〈予感〉に襲われ、引き抜いて射精した。精液が首とあごに飛んだ。ややあって、私の行為に気づいた末子は、目を潤ませ、
「ありがとう」
と呟き、丁寧に指で掬って余さず口に収めた。
「神無月さんのからだがら出たものはぜんぶ、いだわしねすけ。……ワラシかでるのはゆるぐねし、ワふとりの問題でもねし。ほんとにありがとう」
末子は小さな洗面台で唇を洗い、浸したタオルを絞って私のものを清潔にした。それから自分のからだを丁寧に拭った。
肩を並べて月のない暗い新道を歩く。
「毎日魚ちょして、齢とってってまるんです。顔も手も皺くちゃになって」
「ぼくもボールを触るだけで齢とっていく。いつも〈いま〉のことを記憶に留めて思い出にしていこうね。齢をとったら自分の姿を見ないこと。楽しかったころのことだけを一生懸命思い出すんだよ」
愉しかったころを思い出そうとしても往時茫々、とりわけ華々しい一瞬のことしか蘇らないはずだ。その思い出は尊い。人を生かしめる。中でも性愛の一瞬は、女にとって華々しい一瞬の最たるものだろう。
踏切を渡り、坂をくだっていく。末子の萎びた家の前で、私はポケットにあった五万円をつかみ出して渡した。受け取ろうとしないので、胸に押しつける。
「へそくりにして、お母さんには内緒で生活に役立ててね。何か困ったことがあったらかならず名古屋に知らせて。自分の力でがんばれるときは、限界まで努力するんだよ。でも信頼できる人にはちゃんと甘えること」
「はい。……神無月さん……神無月さんのやさしい気持ちはよぐわがってるすけ、何も気にしねで野球に励んでけんだ。オラんどのために忙しぐ生ぎでほしくねんだ。野球するために生まれできたふとだすけな」
「ありがとう。それは自然とがんばれるからいいんだ。ヨイショとがんばれることがないと、生きている張り合いがない。末子も何も気にしないで、いまのまま自然に生きててね」
末子は掌の中の紙幣を見下ろし、
「……ワにこたらにけだら、名古屋さ帰れなくなってまるべ。形だげもらっとくじゃ。生活はなんぼでもでぎるすけ」
「たっぷり持ってきたんだ。じゃなきゃこんなことしないよ。じゃ、いくね。おたがいあしたから元気にいこう。さよなら」
「さよなら」
唇にキスをした。末子は私の腰をきつく抱き、
「好ぎだよ、神無月さん、ワはこごさずっといるすけ、また逢いにきてけんだ」
いつまでも背中を見送るにちがいない末子を残して、家の前を離れる。一度振り返って手を振った。浜坂を戻っていく。未練のない家々を左右に眺めながら、未練にとどめを刺していく。土地や道や家にはとどめを刺せるが、人に刺せない。
合船場が寝静まっていた。下着を脱衣場の床に脱ぎ捨て、シャワーを浴び、風呂の湯を抜く。洗浄の要らない人間ならどんなによかっただろう。しかしそんな人間はいない。洗濯紐で乾いている下着をつけ、寝床に入る。論語のつづき。
―父母には孝を尽くし、兄妹とは仲よくせよ。万事に気をつけて、嘘をつくな。人びとと広く交わり、人格者に親しめ。以上のような実戦で人生は足りるが、余裕があるなら本を読め。
自分に当てはまるのは、人格者に親しむところと、本を読むところだけだ。自足の美学には愛がなく、懊悩がない。
―賢人を賢人として尊重すること女色を愛するごとくである人物、父母に力を尽くして仕える子、主君に身を捧げる臣、言葉に信用の置ける友人、そういう人であれば、たとえ書物を読んで正式に学問をした人でなくとも、学問をした人物と評価できる、と子(し)夏(か)が言った。
儒学では女色は否定されていないと註がある。この章句はすばらしい。男はヤクザであれと言っている。『無名を憂うな、無能を憂え』というおためごかしよりは深く響く。人間は道徳訓のようにスッパリとはいかない。ヤクザ者はスッパリといく人間の師表だ。ただ、学問をした人とはどういう人物なのか、いや正式な学問とは何なのか、根本的な疑問が湧く。眠る。
†
四月八日水曜日。五時過ぎに一度目覚めて、寝直し、七時過ぎにすっかり目覚める。冷える。三・三度。十二日の開幕のことをチラと考えて、胸がときめいた。
窓を開けると真っ青な空だ。板の居間に出る。火を入れたストーブの前でじっちゃが煙草を吸いながら新聞を読んでいる。ばっちゃは台所で肉じゃがの支度。ストーブの上には白菜の味噌汁が載っている。ツブ貝の醬油煮はすでにテーブルに出ている。
「じっちゃ、おはよう」
「おう、ゆんべは遅がったのが」
「十一時くらいだったかな。風呂に入ってすぐ寝た。じっちゃは寝れた?」
「六時に起ぎて、杖引いて郵便局まで歩ってきた」
「寒つれに腰さまいねってへっても、かまるなって、ふとりこ歩ってぐのよ。とっくりげるの心配だすけ、後ろっぱら、かっついで歩った」
「元気で何よりだよ。これからはもっと距離を延ばしていかないと。でも、浜のほうはだめだよ。踏切があるし、坂道になってるからね。八幡さままでいって帰ってくるというのがちょうどいいんじゃないかな」
「そうすべ」
「雪が降るまでだよ。ばっちゃもいっしょにいってね」
「あだりめだべに」
うまい肉ジャガだった。肉が異様に新鮮で味わい深かった。ツブ貝は軟らかく煮つけてあったので、年寄り二人にもラクに食えた。これも美味だった。じっちゃが味噌汁をすすりながら、
「和子さんさよろしぐな。またきてけんだって」
「うん、伝える」
「職業野球のふとたぢと如才なぐやるんで。おめにシマレだ(いいところを取られた)せいで口惜しい思いしたり、恥(しょう)しい思いしたりするふともいるこどを忘れねでな」
「うん、いつも心がけてる」
ばっちゃが乾いた下着をバッグに詰めた。壁の時刻表で、一時間に一本の青森行を確かめる。
「飛行機は何時よ」
「二時五分」
実際はあしたの搭乗だが、きょうのことにする。そうしなければ葛西家と白百合荘を訪問できない。その二箇所に寄って一泊まですることをじっちゃばっちゃに話せば、自分たちがないがしろにされたと感じるだろう。私には彼らをないがしろにしているつもりはないので、そう思われるのは心外だ。
「だば、十時五十四分は早えべし、十一時四十九分だな。五十分で青森さ着ぐ。青森駅がら青森空港まで四、五十分かがるんだべ。どっちの汽車でいっても、葛西さんとごは寄れねな」
「仕方ない。今度ゆっくりこれるときに寄るよ」
やがて、南部煎餅やら干しホタテやら持って、かっちゃ連中が続々とやってきた。ばっちゃが新しく大きな紙袋を用意し、
「ながまって、ながまって」
としきりに言う。茶が出、漬物が出る。私はばっちゃに、
「ボッケの店に顔出していくことになってるから、十時には出るよ」
「わがった。汽車で食う握り飯(こびり)持ってくが」
「いらない。飛行機に乗る前に食堂で食うよ」
惣助のかっちゃが、
「プロ野球選手てのは、年がら年じゅう飛行機さ乗って歩ってるもんだべが」
「めったにないよ。ほとんど新幹線か電車。目的地に飛行機が連絡してないことも多いしね。たとえば名古屋から広島いくのに八、九時間かかる」
「すたらにな」
坂本のかっちゃが、
「一日何時間労働よ」
「試合日は練習時間も含めて六、七時間だけど、交通機関やホテルに拘束される時間も含めれば、二十四時間と言えるね。自宅での練習時間やイベントに駆り出される時間も考えれば、一日何時間かでなく、一年間に何カ月と考えたほうがいい。ぼくは十一カ月だと思ってる。そっくり暇になるのは一月だけ。その一月にも自己練習をやめるわけにはいかないけどね」
「ふんでねば、あたらに給料もらえねでば」
横山のハナちゃんが、
「芸能人のネッチャらど、しょっちゅう付ぎ合ってらってるのが」
「球界のほとんどの選手がそうだと聞いてるけど、ぼくはだれとも付き合ってない。芸能界には近づかないし、誘いもされないから。ぼくが入団してからのドラゴンズの選手はみんなそうしてるみたいだね」
じっちゃが、
「郷にはデラデラした女は似合わね」
惣助のかっちゃが、
「そうへれば、郷ちゃん、浮いた噂サッパリねな。球界の謎って新聞に書いてあったじゃ」
坂本のかっちゃが、
「去年、大した美人連れてきたっきゃ。隅に置けねど。新聞さ緘口令敷いてるんでねが」
「あの人は名古屋のタニマチの娘さんです。ぼくの熱烈な支援者ですよ。新聞社の人たちもみんな知ってます」
ハナちゃんが、
「黒い霧ってのは、どったら騒動だべな」
「郷、そろそろいげ」
じっちゃに促され立ち上がる。
「じゃ、じっちゃ、またくるよ。冬場になると思うけど、せいぜいからだに気をつけて暮らしてね。運動は欠かさないように」
「おう、おめに言われたとおり、無理しねで歩ぐようにするじゃ。おめもけっぱれじゃ。仕事でケガしねよにな。気をつけて帰れ。だばな」
ばっちゃがかっちゃたちに、
「へば、郷を送っていぐすけ」
かっちゃたちも立ち上がる。
「郷ちゃん、元気でな」
「野球、いっつも応援してるはんでな」
「じっちゃばっちゃ孝行するんでェ」
ぞろぞろ玄関を出ていく。ばっちゃと佐藤製菓に向かう。きょうも人に遇わない。切妻屋根をほとんど見かけない積み木のような家並を眺め、昼の光の下で親しみを回復しようとする。むだな試みだ。
眼鏡から金鎖を垂らした恰幅のいい母親がショーケースのカウンターから、三、四人の従業員に紛れて私たちに笑顔を振舞うが、近づいてはこない。豪快に笑いながら客の応対をしている。私は野辺地の〈名士〉などではないことが明確になる。ボッケが店先に出てきて、二階の喫茶室にいざなうが、急ぐから、と辞退して店先を離れる。
「へば、まだな。連絡するすけ」
手を振って、道の反対側のバス停へ渡る。ばっちゃが、
「十時五十四分さ乗るこどになるな」
「うん。チラッと葛西さんのところに寄っていくよ」
「ンだな、それがいがべ」
野辺地駅の待合室で話をする。
「夏は近所の手伝いに出るの?」
「来月から出はる。ササゲもぎにな。動いでねばまいねんだじゃ。じっちゃみてにからだナマらねようにな」
「真夏のホタテはやめてね」
「おう、やらね。あれァ、胸あんべ悪ぐなる」
「じっちゃ、きちんとお金渡してくれる?」
「ワの通帳があるじゃ。なんも心配ね。じっちゃとはむかしどおりさなった。おめのおかげだ」
「今度くるのは雪の季節になるよ」
「すたらの気にしねくていいがら、野球けっぱんで」
「うん」
「短気起ごさねようにな。おめが短気だこど、ワはわがってるすけ」
「卒業式の熊谷?」
「おう、おめは死ぬ気でものしゃべるすけ、ふとはじゃわめぐんだじゃ。和子さんさよろしぐ言ってけんだ。おめを柔(や)っこぐ抱(たな)れるのは、あのふとだげだ」
改札でばっちゃと別れた。さびしそうな笑顔に、女にしかない悲しさを感じた。出札口にも、改札にも、ホームにも杉山四郎の姿はなかった。なぜか彼はもうこの町にはいないだろうと思った。