二十二
トモヨさんはカンナを背負い、園児バッグを肩にかけた直人の手を引いて出かけていった。ソテツが、
「今朝みんなが食べたごはんでいいですか」
「もちろん」
「キンメの開き、ジャコ納豆、ホウレンソウと卵とベーコンの炒めもの、お味噌汁」
「満点のごちそうだ。めしはどんぶりで。野辺地駅で立ち食いそばを食うまでもたせたいから」
食後のコーヒーを飲んでいると、菅野がやってきた。
「目が疲れてますよ」
「眠れなくて、深夜映画を観ちゃった。高橋英樹の三流映画」
「日活は一流映画はめったにないでしょう」
「ないね。吉永小百合が出てきてから無頼な感じがなくなった。シネマ・ホームタウンで上映する日活映画を選ぶのは難しい」
「まだ二、三カ月先です。じっくりやってください。リストアップしたら、うちで印刷します」
納戸部屋にトモヨさんが用意してあるジャケットの上下を着る。淡いブルーの縦縞のワイシャツ、ダークブルーの軽い上衣と灰色のウールのズボン、白い靴下。カンガルー革の灰色のベルトを締める。上着のポケットにハンカチと、二十万円が裸で入っていた。 菅野がボストンバッグを提げて待っている。それにジャージも詰めた。
「さ、いきましょう。この程度の重さなら機内持ちこみです」
主人夫婦が客を勝手口へ送る物音がした。座敷に顔を出す。
「いってきます。みんなによろしく」
「気をつけていっていりゃあよ。お祖父さんお祖母さんによろしくな」
「はい」
「向こうに着いたら、すぐ電話ちょ」
主人が、
「ういろう、持ちましたか」
「はい、四箱」
茶色の軟らかいローファを履く。
「はよ帰りたなったら、とっとと帰ってくればええ。ここ以外のどこにいっても神無月さんはたいへんなんやから」
「たしかにあそこはぼくの居場所じゃないですね。大して得るものもない。どんな土地にも、居場所のある者もいれば居場所のない者もいますし、その土地ですべてを得る者もいればすべてを失う者もいますからね。でも、祖父母に無慈悲なことはできません。いちばん苦しかった時期に救ってくれたという意味で、人生最大の恩人ですから。……ぼくは彼らに責任があるんです」
女将が、
「ほうやな……ほんとのお父さんお母さんみたいなもんやでなァ」
「お祖父さんお祖母さんも、神無月さんが野球選手やということを大して認めとらんのやろう。お母さんと同じように」
「考える仕事でないですからね。考えの足りない人間を嫌うのは佐藤家の伝統です。でも祖父母の場合は例外のようで、考えの足りない人間じゃなくて、情の薄い、ほんとうの意味で頭の悪い人間を軽蔑してるようです。だから、野球を小馬鹿にして話題にしない と言うより、野球選手という職業の実態がよくわからないので、関心に留まらないと言ったほうが合ってます。社会不適合者の奇人だと確信して将来を危ぶんでいた孫が、世間に混ざって生きていけるようになったことを純粋に喜んでるんです。ハナから野球をバカにしていた母とはまったくちがいます。……実際のところ彼らは、野球にも音楽にも映画にも疎いので、いっしょに日暮らしすると、退屈してしまうんですけどね」
「ホホホ、ほんとにきれいな心の子やねェ」
「知った人間に持ち上げられて、飲みすぎんようにな」
「よほど親しくないかぎり避けて通るようにしますから、安心してください。じゃ、いってきます」
「いっといで」
†
菅野に見守られながら、金を払い、チケットを受け取る。ボストンバッグは機内持ちこみになった。
「神無月さんは、お祖父さんお祖母さんだけでなく、これまで触れた人みんなに責任を感じてるんじゃないですか? そんなもの背負い切れないですよ」
「背負い切れます。彼らの生きているあいだ死なないようにがんばって、一度でも多く会話すればいいだけのことです。じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい。飛行機が落ちないように祈ってます」
搭乗口まで見送られ、手を振る。何かの機械装置で身体検査を受ける。通路を歩いて、ミニバスに乗り、搭乗タラップへ。YS11プロペラ機。前から四列目の通路側の席に座る。論語を取り出したバッグを頭上の棚にしまう。スチュワーデスが何やら身にまとう安全装置の説明をする。十一時二十五分、晴、十五・一度。シートベルトするよう放送があり、定刻どおり離陸。
学而第一から読みはじめる。学びて時に……。時にとはときどきのことではなくタイムリーにの意だと知り、落胆する。朋(とも)あり遠方より……。朋とはなつかしい友人のことではなく、学問仲間だと知って落胆する。人知らずしていからず……。人から認められないことがあっても腹を立てない。腹を立てることが前提になっている。がんらい腹の立たない人間はどうすればいいのだ。落胆する。
弟子の有子曰く……。両親、兄妹に対して善意に富む者は、上に対して反抗や反乱を起こさない。つまり、血によってつながる者に対する本能的な善意こそ、広く人間に対する善意の出発点であるということ。落胆。
子曰く、巧言令色、すくなし仁。巧妙に飾った言葉、たくみな顔色の持ち主には、真実の愛情は秘められていない。私のことにちがいないが、私は自分に生来の仁があると信じている。落胆。張り切って読みだしたが、いったん閉じることにする。仮眠。
十二時四十分、青森空港到着。快晴。十・六度。ミニバスで到着ロビーへ。北村席へ電話を入れる。トモヨさんが出て、大げさに無事を喜ぶ。食事中のみんなに到着を告げる様子が伝わってきた。
「じゃ、また九日に連絡する」
「はい、道中くれぐれもお気をつけて」
空港前からタクシーで青森駅に向かう。処々に五分咲き桜の咲くのどかな県道。ここでも寝ていく。古川から4号線に出たあたりで目を開けると、それまで無口にしていた三十代の運転手が、
「神無月選手ですね。里帰りですか」
標準語で尋く。
「はい」
「ご活躍、青森じゅうに知れわたってます。神無月選手は県の誇りです。青高の像は市の名物になって、学生ばかりでなく一般の人もお参りすることが多いんですよ。私も年に何回か参ってます」
「山口の名前はこちらにも聞こえてますか」
「ギターの山口勲さんですね。もちろん有名なかたです。銅像の話が出たとき、神無月とは人物の規模がちがう、そんな話は受けられないと断ったそうです。この十一日と十二日に文化会館で山口さんのリサイタルがあります」
「そうですか。開幕と一致してるな。祝電を打たなくちゃ」
「青森から鈍行で野辺地にいかれるんですね」
「はい」
胸ポケットから時刻表を取り出し、
「二時台は三十七分しかないですね。一時間に一、二本しかなくて、一時台はもう出てしまってます」
「ゆっくりめしでも食ってから乗ります。ご心配ありがとう」
一時二十分過ぎに青森駅に着いた。千六百二十円。礼を言いながら二千円渡した。
「お釣りを受け取るのは苦手なので、取っておいてください」
それはいけませんと言って、三百八十円の釣りをよこした。
「県民一同、ますますのご活躍を期待しております。今年も優勝してくださいね」
「がんばります」
まず野辺地行の切符を買ってから、バッグを提げて駅の真ん前の新町通りへ歩き出す。ロータリーの左手にリンゴ市場、ややあって左手に松木屋。ビルの壁に三月一日新装オープンの大垂れ幕が下がっている。サッポロビールのアーチ看板をくぐる。十分余り歩き、東奥日報のビルを右手に見ながら、善知鳥(うとう)神社の西側にある芝楽という店に入る。賑わっている店内の小上がりに一人陣取り、天ぷら定食四百五十円、若鶏の蒸し焼き二百円を注文する。通りをいく通行人を眺めながら食う。葛西家のことをふと思い出す。四カ月前の奥さんとの秘め事の記憶がゆらりとよぎる。蛮行とはまさにあのことだろう。自分に愛想が尽きる思いだ。
青森駅に戻り、二時半過ぎの八戸行のディーゼル機関車に乗る。青高時代に乗った蒸気機関車は、全電化が完成したおととしから客車としての現役を退いて、貨車の入れ換えや青函連絡船の貨車積み下ろしに使われている。あの蛮行と同じ日に葛西さんのご主人がした話では、葛西家のそばにあった浪打駅も浦町駅もなくなり、廃線跡にアスファルト道ができているはずだ。ご主人の人の好い丸顔を思い、再来年名古屋に真剣な面持ちでやってくるにちがいないミヨちゃんのことを思い、目を閉じる。
遅い昼下がり、野辺地駅の同じホームにたまたま八戸行と青森行の列車が並び合って停車する。狭いホームが人びとで賑わっている。学帽かぶった詰襟や、セーラー服に正装した父兄が同伴している。円筒形の売店にめずらしく男女の客が溜まっている。きょうは四月六日月曜日。午後三時半に、野辺地駅に着飾った大人と革靴履いた高校生の群れ? 初めて見る光景だ。派手な見送りがいないので集団就職ではない。野辺地高校の入学式か始業式の流れだろう。彼らは狩場沢や千曳から通学する若者たちだ。
白巾をアネさんにかぶり、襷掛けした赤い売り箱を抱えた駅弁売りが紛れる。名物とりめし。白い上衣と黒ズボンが郷愁を誘う。有名な鉄道防雪林を眺めながら彼らを縫って改札を出る。デコボコしたをロータリーを横切って、松浦食堂の前から鳴沢橋へつづく道をくだっていく。野辺地郵便局、中野仏具店、ときどきアネさんかぶりをした中年女や老女とすれちがう。松山旅館、向かいに鳴海旅館、角鹿電気、種市石材店、中里医院、中谷米穀店、与田川橋、瀬川クリーニング、藤川旅館。年ごとに改築されて四角張っていく家並が鬱陶しい。
鳴沢橋を渡る。善夫と夜明けに登っていった坂道。崩れ落ちそうな廃屋の鈴木理容所という白ペンキ文字がかろうじて読み取れる。大正期あたりの建物だろうか。着飾っていく本町通りに廃屋はこの一軒きりだ。熊谷靴店、平尾精肉店、その上方の空に陸奥鶴の大 ネオン看板、久保田学生服店、若山燃料、荒谷建具(たてぐ)店、佐藤自転車店、谷米穀肥料店、川村整骨院、宮沢歯科、新谷金物店、シバサキ鮮魚店、村上畳店、野一旅館、やなぎや時計眼鏡店、みなとや洋品店、クリーニング屋、ガソリンスタンド、中央薬局、カクト家具、野辺地郵便局、高野薬局、コルゲン、アンデスハム、ブラザーミシン、工藤パン、五十嵐商店、青森銀行、パチンコハッピー、カネボウ毛糸、スキー用品店、食楽園、佐藤製菓、縦貫タクシー、うさぎや、コクヨ事務用品、けいこちゃんの味噌屋蔵址。
新町通りへ曲がらずに金沢のほうへ進む。青和銀行、桑野食品店、呉服ナルミ、本町食堂、杉山酒店、大万旅館。左折して新道に出、ヤジの煙草屋の前の細道を野辺地中学校へ向かう。木造校舎の玄関を見やる。引き返し合船場へ。よしのりの家、杉山畳店、杉山惣菜店。合船場に到着。玄関脇に立っている給油タンクと、隘路の小さくて丸いプロパンガスの容器を確認し、滑りのいい戸を引く。
「ただいま!」
ばっちゃが土間障子を開け、
「おう、帰ってきたが。タクシーでが」
「歩いてきた」
「今年はふとりこな。和子さんも新聞記者もいねのな」
「うん、一人できた」
少しばかり近代的になった囲炉裏の前で、じっちゃが新聞を開きながらあぐらをかいている。相好を崩し、
「やあや、荷物持って大儀だったべ」
「ぜんぜん」
「うだでぐ大っきぐなったこだ。上がれ。まんず、ゆっくりすんだ」
去年と同じ場所にテレビが鎮座していた。バッグからういろうを取り出し、
「はい、名古屋名物。仏壇と浜と宗助さんに、残った一つは茶飲みで」
ばっちゃはさっそく一箱を仏壇に供える。
「いづまでいられるのな」
「八日の午後二時に飛行機に乗る。けっこうゆっくりできるよ。じっちゃ、腰はどうなの」
「なんも。ピンピンしてら」
こぶしを握った両手を上げ下げして見せる。
「ばっちゃ、まさか働いてないよね」
「おう、ラグしてら。夏になったら、そうもいがねたって。あちゃこちゃ、手伝いにきてくれってへられるべし。水道工事の穴掘るとぎも手伝いさいった」
「おめがじっぱどジェンコけで、家直したら、たがられるいっぽうになった。義夫も椙子も義一も」
「義一も?」
「おお、車買いてってじゃ」
「そったらことへねくていのよ。いままでさんざん世話かげたんだすけ」
「カンズにもな?」
「ゆるぐね目さあわせだべ」
「オラんどを通しておめにたがってるみてなもんだ。英夫と君子と善司は相変わらず送って寄ごす。いらねって手紙コ書いても、郷の仕事はいづまでもつづけられるもんでねてへってせ。合船場でまどもにおがったのは、その三人だげよんた」
水屋戸棚の前にツヤのいい大テーブルが置いてある。丸い卓袱台も健在だ。戸棚の横に上下扉開閉式の冷蔵庫。
「じっちゃの動きがよたよたになったすけ、ワがめしかへでらの」
「それがあたりまえだよ、ばっちゃ。二人とも歯は直したの?」
「ちゃんと入れ歯にした。せんべみてにかでものはしっかり噛めねたって、あどは不自由ねじゃ」
「だば、買い出しさいぐべ」
二十三
ばっちゃはういろうを二箱風呂敷に包んで買い物籠に入れ、アネさんかぶりをして土間に下りた。じっちゃは新聞をとじて寝室に入る。数時間の仮眠をとるためだ。私はジャージに着替えた。運動靴を忘れたので革靴を履く。玄関を出ると、ばっちゃはさっそく浜に向かう。どの家の屋根にもテレビアンテナが立っている。
「ばっちゃ、テレビ楽しんでる?」
「NHKの朝のドラマを観てら。『信子とおばあちゃん』がおっとい終わって、きょうがら『虹』が始まったな。ほかに、水前寺清子の『ありがとう』を観てら。あとは観ねな」
「じっちゃは?」
「燃えよ剣。それがかがる日だげ十時まで起きてら」
ちゃんと二人の娯楽になっている。よかったと思った。
「雪が残ってると思ってたけど、すっかり消えてるね」
「四月の一日に雪が降って、それでおしめになったおんた。根雪も解げでしまったな」
「土の道がなくなったし、ボロ家もほとんどなくなったね」
「野辺地町は青森県で十番目に金持ちだず。合船場は郷のおかげだばって、ほがのふとはなしてがわがんねけど、そんだんだず」
「伝統的な漁業と、新町から向こうはほとんどの家が商売をしてるというくらい、これも伝統的な商業のせいだろうね。有名な会社の看板はあまり見かけないから、企業誘致はうまくいってなさそうた。町税を取りすぎてないということがあるかもしれない。いずれにしても町が金持ちなら、大勢の人のふところが潤って、町に収入が増える」
和田電機(倉庫が一つ建て増しされている)、田島鉄工(この家は古い。周囲の杉の木が伸びほうだいになっている)、共同井戸、踏切。
「田島は、息子がヨタって、家に寄りつかねず。早えうぢに鉄工場も閉じるおんた」
踏切から先の坂道の両側はほとんど住みくたした家だ。新築の家はめったにない。とにかく人に遇わない。大人も子供もいない。どの家も玄関前の小庭に花が植えてある。人の気配はそれだけだ。新築のモルタル小屋が一軒あり、土間に小型大型のプロパンガスの鉄容器が並べてある。軒看板にマルヰプロパンガスと書いてある。
「プロパン入れたの今年から?」
「ンだ、二月の初めがら。こっがら届けてもらってる」
「いくら?」
「二千円。おっきたのは一万四千円。ちゃっけのでふた月もつすけ、財布は痛まね。ストーブ焚がね季節は便利だじゃ」
頬っかぶりした老爺が坂道を上がってくる。私たちに頭を下げる。だれともわからずそうしたようだ。
「むかしからあまり人に遇わない町だね」
「みんな家の中にいるんだ。外さ出るふとは、本町あだりをふらから歩っでる」
「丘の土地はどうなった?」
「おめのためにとってある。売らね」
浜町へくだっていき、坂本家を訪ねる。すぐにかっちゃが土間に出てきて、
「あいー、あぇぇぇ、郷ちゃん、しんばらぐだしな、立派になったこど」
ばっちゃはういろうを進呈する。
「おいや、土産だってなぁ、いっつもありがと。郷ちゃん、あしたもいるんだべ」
「はい」
「あさっての昼までいら」
「あしたの朝、ホダデとウニ届けるすて」
「いっつも高げもんもらって」
「なんも、晩げままホダデどウニばし食って、飽ぎるよんたで」
「わんつかでいいすけな」
「おうってばよ、おう、バゲツで届けてけら」
私たちは土間奥に入らずに戸口で辞去する。
「どもども、おう、まだ寄ってけんだよう」
浜坂を戻り、踏切端の惣助さんの家にいき、かっちゃにういろうを届ける。かっちゃは包みを手にしたまま、
「あぃぃ、郷ちゃんだってが。相変わらずいいツラしてるっきゃ。くぴた太ぐなって、ガッシリしたでば。給料ビョッと上がったって、めでてことだじゃ。アメリガがらも声かかったツケ。野辺地じゅうが喜んでら。野辺地のためにケッパってけせよ」
「へばな。晩(ば)げめしの支度があるすけ」
「へたら、きな、畑でとったでえこん、持ってってけろじゃ」
「あしたもれにくるじゃ、せばな」
ばっちゃはここもサッサと切り上げる。踏切に出る。
「下町のシバサキさいぐべ」
本町通りの坂をくだった先が下町だ。人通りの少ない城内幼稚園のほうから回って鳴沢橋に向かう。
「何食(なにか)へがな」
「ホッケはいらないよ」
「皮と身が網がらうまぐ剥がれねすけな」
「サンマ以外は煮つけて食う魚がいい」
どこをどう歩いても顔見知りには遇わないし、立ち止まって注目されるということもない。野辺地じゅうが喜んでいるという坂本の女房の言葉が、あらためて社交辞令だとわかる。しかし快適だ。映画のエキストラというのは、こういう気分のものだろうか。いや快適と思わずに、物寂しく感じるのかもしれない。
混雑するシバサキ鮮魚店に入り、ばっちゃはトゲクリ蟹二杯と、ビニール袋一つのホヤと、メバル三尾を買う。青い防水服に赤い前掛けを垂らし、頑丈そうな長靴を履いた女が元気な売り声を上げている。
「さあ、どうですか、きょう上がったタラ。卵もいっぱい入ってますよ!」
私を見て標準語になった。西館セツに似ているのでギョッとする。別人だった。野菜も総菜も売っているので、長ネギ、大根、ゴボウ、玉ねぎ、豆腐と油揚げを買う。ばっちゃの得意料理のササゲの油炒めを食いたいが、ササゲの季節は夏だ。もう一つ食いたかった緑・ピンク・黄色に彩られたゴセリ饅頭も夏のものだ。
本町通りの坂道を戻っていく。高野薬局を左折して、農道まで歩く。中野渡の家の崖下を通って、野辺地警察署、八幡さま、東奥日報支局。幼稚園のころ、警察署はたしか味噌倉の隣にあったのでなかったか。軒に赤い球灯を下げた二階建ての大きな木造家屋の脇に、白いジープのパトカーが停まっていた記憶がある。
新町通りへ戻っていく。去年帰省したときも感じたことだが、あの店この店と指摘はできないけれども、本町通りと同様、歯が抜けるように確実に商店の数が減っている。見渡した感じからして、五年前の三分の二にはなっているようだ。残っている店も改築されているものがほとんどだ。和田電気はのへじ電気に名前が変わっている。マルゴ食堂はまだやっている。この通りは思い出の宝庫だ。中原中也の詩集を買った北栄堂、パンのビリオン、桃太郎という雑貨店、なんとか釣具店、プラモデルの昭和堂……。どんどん思い出すが、もうない。北栄堂はかろうじて形ばかりの出店を展げている。
銀映の客引き路の前を過ぎ、西野理容店を過ぎ、通りを渡って、野田靴店で運動靴と下駄を買う。
「またきたときのために合船場に置いとくからね」
店の奥からばっちゃと同い年ぐらいの婆さんが出てきて、
「おいやあ、郷ちゃんでねの。里帰りが」
「はい」
「うだで出世したニシ。ばばちゃもうれしぐて仕方ねべ」
「いづまでもやれる仕事でねすけな。五年、十年もてばいいほうだずじゃ」
紙袋を私に手渡した中年の男があらためて驚き、
「神無月選手だってが! 初めて見たじゃ。なんずき光って、まなくたまキラキラして、おっかねおんた美男子だな」
なんずきと言うのは額のことだと思い出す。
「去年の夏あだりから巨人―中日戦もテレビさちょくちょく映るようになったはんで、野辺地のふとも神無月選手の活躍を見ることがけっこう多くなったんだ。優勝がんばってけさい。みんなで応援してるすけ」
「ありがとうございます。がんばります」
辞儀を繰り返して店を出る。北栄堂の出店で、朝日ジャーナルと潮流ジャーナルを買う。もう一度道路を渡り、赤いポストの立っている郵便局を左折して新道へ入る。中村マサちゃんの家、立花先生の家、角鹿製麺所、ヤジ煙草店、よしのりの家、杉山惣菜店。
合船場に帰り着くと、ばっちゃはすぐ台所に入り、ガスレンジに火を点ける。じっちゃはまだ寝ている。立派になった勉強部屋に入る。青高時代に使った机に向かう。この机に別れを告げて深い夜の森へ向かったことを思い出す。善司の本がまだ書架に収まっている。手に取る気にはならない。骨董品のステレオが置いてある。クマさん―。
カーテンを開ける。通りが舗装されている。ここは五年前も土の道だった。アスファルトに変わったのは、水道が敷かれた何年か前からだろう。道の向かいに建ち並ぶ家々が不気味に新しい。板葺きの朽ちかけていた家がモルタルに変わっている。じっちゃが起きてきたので、部屋を出て炉端に坐る。
「朝日ジャーナルと潮流ジャーナルを買ってきた。暇つぶしに読んで」
「ありがてじゃ。新聞よりはおもしぇすけ、じっくり読むべし」
「一年、半年で、町が妙に冷ゃっこく整理整頓されてきたね。家と家が肩を寄せ合わないで空き地や駐車場をあいだに置くようになった。この調子で十年もしたら、さびしい近代都市になるよ」
「ほんだすけよ。おめがこごさきた五、六年前が野辺地の人口のピークでせ、一万八千人くれいたんだども、そごから毎年わんつかづつ、ふとの数が減ってきだ。一年に百人の割合だず。家ばし新しぐで、ふとのいねおんた町さ出歩きたぐねじゃ」
蟹をゆがいていたばっちゃが、
「ふとがいだら、もっと出ねべ」
じっちゃはフホホと機嫌よく笑った。
†
蟹、メバルの煮つけ、わさび醤油をかけたホヤ、ネギと豆腐と油揚げの味噌汁。三人で食卓を囲んだ。蟹はばっちゃに処理をまかせた。味噌は二人に食ってもらう。ほぐした身がじつにうまい。ホヤも絶品だ。
「メバルがうめ。メバルはひさしぶりだ」
ばっちゃの満ち足りた笑い、じっちゃのほくほく顔。カズちゃんとミヨちゃんは合船場にすばらしい〈解放〉と〈友好精神〉をもたらした。あれだけたくさんいた子供や孫たちが、それを実現できなかったのが訝しい。もちろん孫の一人は私だ。自己の達成にシャカリキになっている時期の輩は、他人を救うことはできない。自己があるときに〈達成〉されることなどあり得ないだろう。人生はすべて途上だと見切り、たゆまず、懸命に生きる日常の中で、同じように生きる同胞をなつかしむ柔らかな気持ちが少しずつ育まれる。その心の在りようが思わぬ救済に資することがあるかもしれない。
七時のNHKニュースを観終わると、じっちゃは、
「たば、寝るじゃ。おめんども早ぐ寝ろ」
と言って寝間に退がった。あと片づけに台所に立ったばっちゃの背中に、
「種畜場に顔を出してきたいんだけど、いっしょにいく?」
「おお、あんべ。土産一つ余ってるすけ、それ持っていぐべ」
ばっちゃを待つあいだ、炉端にあった新聞を手に取った。永易が警視庁捜査員に供述したという記事が載っていた。口止め料、八百長仲間……。Iというイニシャルを見たとたん胸苦しくなり、その先を読むのをやめた。台所から戻ってきたばっちゃは、ういろうを一つ風呂敷に包んだ。私は下駄を履いた。
大湊線の踏切を渡り、黒々とした野辺地湾に射す残照を見下ろしながら浜町に向かってくだっていく。坂下の共同の水場から曲がり、汀の道を小さなばっちゃと並んで歩く。チッコに釣り人が何人かいる。子供もいる。波が穏やかで有名な湾なので、子供でも安 心なのだ。もちろん風の強い日は波が高くなる。
「チッコでそんなに魚が釣れるの? むかし横浜から遊びにきたとき、イカやタコが湾に紛れこんできたのは見たことがあったけど」
「野辺地はむがしっから釣りの名所だんだ。アイナメ、ソイ、メバルはしょっちゅうせ。サバやイワシ、カレイやヒラメが釣れることもあるんで」
右手の崖を見上げる。ばっちゃにいろいろな花の名を教えられながら眺めたなつかしい崖。草に交じって色とりどりの花が咲いている。黄色や白が夜目に浮き上がって見える。金沢海岸の端から坂道を登っていく。ポツポツと猟師家のある森の道だ。
「秀子は名古屋さいったのが」
「きた。名古屋大学に受かって、北村席に下宿してる。みんなと楽しくやってるよ」
「いがったなあ。おめのそばさ早ぐいきてって、しょっちゅうへってらったすけ」
ばっちゃの横顔に、
「じっちゃと仲よくやってて安心した」
「やわぐなったはんで。……寝だらそのまんまだべせ」
長い森の途中の踏切に出た。渡ってしばらくすると森を抜け、T字路に出た。左へ曲がり、国道を横断する。だだっ広い土地が展ける。種畜場の農場だ。畜舎と放馬場が、主家と小森を背に拡がっている。
「遠かったね」
「十五分かそごらだべ。したども、三樹夫と雪の中くるの骨だったべおん」
主家の玄関戸を開ける。
「おばんです」
返事があってすぐ母親が出てきた。
「あら、おばあさん、神無月さんも! わざわざこんなところまで。きのう秀子から連絡受けてましたけど、さっそくいらしてくださってありがとうございます。おとうさーん」
二十四
おい、おい、と言いながら廊下の戸を開けて中年の男が出てきた。酒の入った赤い顔でペコリと辞儀をする。丸眼鏡をかけ、こざっぱりとした風采をした好男子だ。灰色の作業着姿のままだった。
「この人、きょうはめずらしくお仲間さんとゆっくりお食事しながら一杯やってたんですよ。つかまってよかった。もう少ししたらお仲間さんといっしょに畜舎のほうへ逃げられるところでした」
「きょうはのんびりするつもりだったじゃ」
「嘘ばっかり」
「ヤハハ、どうもおばんです。幸雄と秀子の父です。この種畜場の主任をしとります。おーい、しんばらく勝手にやっててけろじゃ。お客さんだすけ」
奥のほうからオーと賑やかな応える声がする。話に聞いていたとおり、どことなく変人のふうがある。私は辞儀を返し、
「初めてお目にかかります。神無月郷です」
「そう言えば、神無月さんとは初めてだったニシ。いっつもテレビとが新聞とが見でだはんで、知ったような気になっていたじゃ。どもども」
手を差し伸べたので握手する。母親が、
「ま、上がってお茶でも」
「めしどきだったべ。すぐ失礼するじゃ」
「夕食が一段落して、畜舎のかたたちとテレビを観ながらお酒を飲んでたところだったんですよ」
「なも挨拶にきただげだすけ。これ、郷の持ってきた名古屋の土産だ」
風呂敷を解いて手渡す。
「すみません。せっかくですからいただいておきます。ほんとにどうぞ上がって、お茶を飲んでいってください」
「だば、ちょっくら上がらせてもらうべ」
なつかしい板の間に通される。むろんストーブに火はない。大テーブルに座布団が用意される。父親もニコニコ顔で腰を下ろす。白と茶のういろうが茶請けに置かれる。父親が私の顔をつくづく見つめ、
「これだば、秀子が惚れても無理ねな。どんだの、ほれ、秀子はみなさんにやさしぐしてもらって、うだでく世話になってるツケ」
「世話と言うか、ほかに名古屋大学の女学生が三人もいますから、彼女らといろいろ勉強や遊びの計画を立てて楽しくやってるといったところです。北村席の家族も、賄いのかたたちも気の置けない人ばかりですしね」
母親が、
「二月に名古屋から電話してきたとき、別世界だと言ってました」
ばっちゃが、
「郷の周りはそうなるべ」
父親がうなずき、
「ユキオもへってらった。神無月は大っきた自由な世界にいで、だれでもそごさ入(へ)れるわげでねけんど、いったんへったら、ほがの世界さいきたぐなくなるって」
「ぼくの世界なんてありませんよ。ぼくを含めて気に入った者同士が、ある場所、ある機会に、考えたことや感じたことを気ままに発表し合ってるだけで、おたがいどんな枠にも拘束されてる自覚がないんです」
母親が、
「それがユキオの言う大きくて自由な世界というものでしょう。枠や仕切りのあるものじゃなくて、精神というかぎりのないものに包まれた世界と思えばいいんじゃないですか? そういう世界にいられなくなったら人間として不幸ですし、毎日が惨めになります。秀子はみなさんといっしょに幸福に暮らしてるんですね」
「……そうでしょうね。みんな自分を持った、付和雷同しない、それでいてやさしい人たちばかりですから。……人間は社会という大きな脅威に付和雷同して生きてると考えていたころもありましたが、いまでは、人間は自分の心に導かれて生きてると信じてます」
ばっちゃが、
「若げうちはそれでどうにかなるばって……ヒデもいつかは嫁にいぐんだべ?」
「神無月さんと離れてこちらに帰ってきたらそうなるでしょう。郷に入っては郷、でないと、生きづらくなりますからね」
父親が、
「鷹は鷹の中で生きていかねばわがね。ほんでねば不幸だべ。あんたが一生見守ってやってけんだ」
母親が小さく辞儀をして、
「お願いします。好きにさせてやってください」
母親は台所へ退がると、油紙に包んだ肉らしきものを持って戻ってきた。ばっちゃに差し出し、
「きょう夕食に使った豚肉の残りです。豚汁にでもして食べてください」
「なも、そたらに気使わねで。いっつも届げでもらってるだげでいっぺだの」
「ほんとに、残りものですから」
「だばもらっとくじゃ。こごの肉は高級だすけ贅沢だんだ。じっちゃにもかへるべ」
ばっちゃが腰を上げようとすると、父親が私に、
「今年がら、巨人―中日戦だけは、後楽園の試合にかぎり中継で観られるようになったずよ」
「そうみたいですね」
「いままでは、巨人戦でさえめったに放送しねがったんだ。そもそも、野球観るふとが青森にはほどんどいねすけな。それが青森から出だ神無月さんのおかげで、月に二、三回べっこ巨人戦を流すようになった。だども、まんず中日戦に当たらね。巨人戦の実況は たいてい阪神戦だはんでな。神無月さんはたまにスポーツニュースに出るばりだ。神無月さんの影響でプロ野球の放送が観られるようになって、神無月さんの試合が観れねのはどったらこどだ?」
「お父さんは野球が好きなんですね」
「そごそごな。電波悪りけんど、たまに仕事場で短波放送聴いてら。短波だば、セリーグもパリーグもやるはんでな。ほんだすけ、神無月さんの大活躍はよぐわがってら。とごろで、テレビさめったに出ねくても、新聞さしょっちゅう載るはんで、神無月さんはまぢがいなぐ有名人だ。きょうも出はるのソンド(たいへん)だったべ」
「だれも寄ってきません。ヒデさんも野辺地の人がぼくに寄ってこないのを不思議がったことがありましたが、お父さんがいまおっしゃったことがすべてです。プロ野球の認知度は低いです。きょうもあえて人混みを避けるように歩きましたが、そこまでする必要はなかったようです。もともとプロ野球選手は芸能人のようにはもてはやされないので、関東でも関西でもそれほど神経質になることはないんですが、たとえ注目されてもたいてい遠くから眺められるだけで、あまり寄ってこられることはありません。寄ってこい、というオーラを出してる国民的人気選手は別ですけどね」
「だども、神無月さんは国民的……」
「ぼくは球界でも有名な不人気選手ですし、オーラも出してません。たいていのプロ野球選手は人気者ですが、寄ってこいというオーラを出してる選手はマレです。王も野村もドラゴンズの選手たちもみんなそうです。ファンが寄ってきたら応えるようにと水原監督から教育は受けてますが、なるべくなら寄ってきてほしくないというのが本音です。旗振って騒がれたい人は芸能人になるべきです」
主人は茶をすすり、
「そたらに相手にされねのに、黒い霧でここまで叩かれるのは、なしてだべな」
「清潔で健全な仕事についていると人びとから信頼されているからです。金の不正なやり取りなど、芸能界や企業世界では当たり前のことですが、プロスポーツの世界では異常なことと見なされます。だから、叩いてるんじゃなくて、ガッカリさせるなよと大声で叱ってるんだと思います。だからこそ気が引き締まります。長々とおじゃましました。じゃ、またの機会にお訪ねします。ばっちゃ、いこうか」
私とばっちゃが立ち上がると、父親と母親も立ち上がった。父親は私と二度目の握手をした。母親が、
「いずれ、来年にでもユキオといっしょに、名古屋にご挨拶にまいります。どうか秀子をよろしくお願いいたします」
「ヒデさんのことはご心配なく。幸雄くんによろしく」
「はい。帯広から札幌は遠いので、ラジオを聴いて応援すると言ってました」
「ああ、円山球場ですね」
父親が、
「いっつも応援してるはんで、けっぱってな」
「連続優勝目指してがんばります」
玄関に見送りに出た二人に手を振った。一度振り返ると、二人はまだ辞儀をしていた。国道へ出、森の道をくだっていく。
「山田くんが死んで五年がくるね。……思い出すと苦しくなる」
「来年は七回忌だな。三回忌には奥山先生や佐藤菓子が法要とお斎(とき)に呼ばれだおんた。七回忌からは親戚ばりだすけ、常光寺でひっそりやるんだべ」
「おとき?」
「法要のあどの食事会せ。山田医者はむがしから金持ちや町会議員や公務員と付き合いが多いすけ、法事にはそったらふとしか呼ばね」
「妹もそういう人と結婚するんだろうね」
「まんずな」
早ばやと家々の灯りが消えている。青黒い海辺に白い波が寄せては退いている。無常感が押し寄せる。
「帰ったらひとっ走りするよ」
「どさいぐのよ」
「あてはないけど、野辺地高校へいってみるかな」
「一里あるど」
「ちょうどいい」
「八幡さまから県道真っすぐいって、踏切渡ったら、なんぼもいがねで右にある。去年建替えたばっかりだすけ、きれいだど。風呂入れどくすけ」
「シャワー浴びるからいらない。帰ってくると十時近くだろうから、先に寝てて」
「だあ寝るってが。起きてら」
合船場に帰り着き、運動靴を履いて出る。無人の夜道。新町通りへ出、八幡宮から県道に入る。中野渡の家を過ぎ、野辺地川を渡る。城内橋という名を初めて知った。田畑に挟まれた道を走る。畑地が草地に変わるあたりから住宅が散らばりだす。廃屋が雑じっている。めぼしい商家は野村豆腐店のみ。やがて民家が肩寄せ合いはじめる。灯火のある家が多くなる。古い家並にマレに新築の家が雑じる。床屋がある。はむら理容所。桜が咲いている家がある。倉庫や事務所らしき建物もあるが、名前が書いてないので素通りする。
腕時計は九時五分。小坂を登って、大きな踏切を渡り、長々としたヒバの林を眺めながら生れて初めての土地へ入りこむ。土の道。気分が新たになる。野辺地川の支流を左手に伴って走る。畑と草地とまばらな民家と雑木林。薄明りのある家が何軒か。国道4号線に出る。枇杷野と標示のある横断歩道を渡る。右側は雑木林、左側に民家の連なり。どの家も古い。渡り口の民家の庭に巨大なヒバの木が立っていて、見渡すかぎり樹木はその一本きり。雑木林の間隙に何やら栽培されている畑がある。林が途切れて空き地になる。二叉路に〈野辺地高校200m〉が看板が立っている。右折して小坂を進む。畑、空き地、まばらな民家。
坂のいただきに野辺地高校の開放門が現れる。生垣代わりにヒバをギッシリ植えた前庭の向こうに、鉄筋三階建ての新築校舎が見えた。暗い構内へ入り、裏手に廻ってみると、いくつかの校舎群があり、手入れの届いた土の校庭が拡がっていた。三種の神器をまじめにやり、引き返す。未踏だった地を踏破。というほどのものでもないか。
ひたすら夜道を走るのみ。車とはすれちがうが、人とはすれちがわない。八幡さまから郵便局、新道、合船場。小さい声で、
「ただいま」
ばっちゃも小さい声で、
「下着持ってきたな」
「うん」
バッグから下着と洗面道具を出して風呂場へ。シャワーを浴び、頭もしっかり洗う。歯も磨く。下着を替え、ジャージを着て炉端にいくと、テレビの天気予報を見ていたばっちゃが、
「あした昼間がら雨が降るこった」
「そう。じっちゃばっちゃと話でもして、ときどき本を読んでるよ。また買い出しにいこう」
「どれ、ケツメイ茶いれるべ」
飲んでもふつうの茶との味の差がわからない。多少甘い感じか。しばらく炉端でばっちゃと世間話をする。
「桜が散っちゃうね」
「愛宕公園が? なもよ。ワッと咲ぐのは三日も先だ」
「青森の満開って少し遅いんだね。……『ありがとう』って、おもしろいの?」
「肝っ玉母さんのあど継いで、この二日に始まったばっかしだ。過労で死んだ警官だったとっちゃを尊敬してで、保育園の賄いをしてるかっちゃに嘘ついて警察学校さ通ってるのが水前寺清子。チャッキリチャッキリしてで、あんべいぐなる」
「二日っていうと、木曜日だね」
「八時から九時」
「観れるときがあったら観てみる」
開幕前・閑居その4進む
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