五十八

 一時三十五分福岡空港着。晴れているが、薄っすらと霧雨。この経路で福岡にきたのは初めてだ。去年のオールスターのとき、甲子園から平和台へ移動したことを憶えているけれども、飛行機は大阪空港からだった。あのとき大阪空港にはすでにジェット機が乗り入れていて、一時間十五分で福岡空港に着いた。きょうは名古屋から一時間四十分。いつか北村席に立ち寄った大信田奈緒も、この経路で帰ったにちがいない。奈緒は私がオープン戦で博多にきていることを知らないかもしれない。わざわざ知らせて平安な日常生活に波を立てることもない。大吉……三歳か。この二日間にホテルに電話がこなかったら、彼女に会わずに帰名しよう。
 空港からタクシーでいく。行き先を告げた切り私が黙っているので運転手もしゃべらない。殺風景な空港通りを走り、東光二丁目で右折、博多駅の北側のガードをくぐって国道3号線に入る。屋台店がけっこうある。博多だと実感する。ビルが目立ちはじめる。竪粕(かたかす)一丁目の信号を左折、背の低いビルの連なる国道202号線、いわゆる国体道路に入る。緑橋を渡る。市電が走っていることにあらためて気づく。
「何川ですか」
「御笠川たい。ここから中洲の南に向こうとるばい。……あしたも暴るうつもりと?」
「は?」
「わかっとうよ。あんた神無月さんやろうが。博多にようこそ。いま西鉄は黒い霧でさんざんじゃけん、神無月さんが暴れんでも簡単に潰せるくさ」
「ハハハ……。今年の目標は二試合に一本です。暴れませんよ」
「いえ、腐った西鉄ば叩き潰してほしかとです。好きなだけ打ってくれんね」
 小さな中洲新橋を渡って中洲に入った。博多川沿いの川端の景色がなつかしい。変哲もない小都市ふうの街並を通り抜け、那珂川に架かる春吉橋を渡って中洲を出る。国体道路を進み、天神西通り右折して五百メートル、西鉄グランドホテル到着。目の前のS字カーブを市電が通っていく。車寄せに青海波の浮彫。処々にライオンのエンブレムが突き出している。運転手が荷下ろしを手伝ってくれた。
「あしたは満員ですばい。みんな神無月さんのホームランば観にいきよるけん。じゃ失礼します」
「池永は投げますか?」
「先発かどうかわからんが、まだクビになっとらんけん、池永も与田も投げるやろうもん」
「ありがとうございました」
 臙脂の制服と帽子に白手袋のボーイが二人出迎えて荷物を受け取る。少し狭いが格式を感じさせるロビーに入る。八カ月ぶりだ。重役椅子のようなソファと大理石のテーブル、石組みの噴水の中心に置かれた土台石の上に松の大きな盆栽、遊女らしき踊り女の描かれた西陣織の一対の掛軸、おごそかそのものの階段、すべて去年と変わらない。チェックイン。
「いらっしゃいませ、神無月さま。きょうあすと二泊のご予定ですね」
「はい」
「お部屋はスーペリアダブル、1261号室でございます。今夜の夕食は、あしたお着きになる選手、スタッフのかたがたもいらっしゃいますので、会食ではございません。地下一階のレストランでめいめいご自由にお召し上がりくださいませ。レストランは、イタリアン『マンジャーモ』、日本料理『大名蔵』、寿司『高玉』、中華料理『桃林』などがございます。午前十一時から午後十時まで何時でもけっこうです。ロビー階のバーラウンジでお食事なさることもできます。あしたの朝食はバーラウンジでお召し上がりくださいませ。七時から九時半までのバイキングでございます」
 一人のボーイが鍵を受け取り、もう一人が荷物を運ぶ。十二階か。去年は何階だったか忘れた。ボーイについてエレベーターで昇り、天井の低い幅狭の廊下を進む。清潔でいい感じだ。
「こちらでございます」
 奥の突き当りの部屋だった。荷物を運び入れ、私に鍵を渡すと、
「選手のかたがたは十一階と十二階、スタッフのかたがたは十階でございます。ではどうぞごゆっくり」
 ジャケットの上下とワイシャツをクロゼットに吊るして、ジャージに着替える。いろいろ見て回る。かなり大きなベッド、全館一括の空調、足置きつきのソファ、広めの風呂とトイレ、浴槽と便器以外はほとんど大理石でできている。重厚で狭い木製の机、置いてあるのは、ティシュボックス、コップとライオンがプリントされたコーヒーカップ、西日本新聞の朝刊。収納冷蔵庫、その水屋の上にカラーテレビ。床頭の時計が二時半を回っている。カーテンを開けて見下ろすと天神周辺の低いビルと無数の民家と、市電が通る街路を縁取る豊かな緑が見えた。霧雨が上がっている。ユニフォームをソファに延べ、一階のバーラウンジに降りた。背広を着た太田がいた。
「あ、神無月さん!」
「やあ。着いたばかり?」
「はい、一時五十分着の便で菱川さんたちときました。秀孝、戸板、谷沢もいっしょです。伊丹からは福岡行がたくさん飛んでますから、新幹線で新大阪まで出ました。江藤さんや小川さんたちは名古屋空港から五時過ぎに乗るそうです」
「福岡空港からは?」
「荷物がありますから空港バスで。部屋は何階ですか」
「十二階」
「いっしょですね。中さんたちベテラン組はだいたい十一階のようです。江藤さん、木俣さん、高木さんは十二階です。めし、どうします」
「日が暮れたら、地下一階で中華料理だな。それより、きょう走ってないんだ。那珂川沿いを散歩しがてら走ってくる」
「ちょっと待っててください。俺もいきます。ジャージに着替えてきます」
 やがて首にタオルを巻いた太田と菱川と英孝が下りてきた。
「こんちは! 神無月さん」
「よ!」
 秀孝が、
「谷沢と戸板は、出発前まで室内練習場でしごかれてたから、少し休みたいということでした」
 菱川が、
「ホテル前の明治通りを天神橋までいって西中洲へ渡り、ちょっと散歩してから天神橋を渡り戻って、そこから川沿いを渡辺通りまで走りますか」
「さすが先輩、よく知ってますね」
「知ってると言うほどじゃないけど、天神橋あたりまではな。その先の中洲はよく知らない。江藤さんや小川さんの案内がないと」
「その道筋でいきましょう」
 背の低いビル街を四人で走り出す。太田が、
「福岡は空港が近いので、ビルの背が低いんだそうです」
「ふうん」
 ケヤキ並木がすがすがしい。水鏡(すいきょう)天満宮の石鳥居を通過しかかる。
「菅原道真が生まれたところらしいです。天神の地名はこの神社に天神さまと呼ばれる道真を祀ってあるからと聞きました。寄りますか」
「寄ろう。経験できるものはサクサクとね。二度目がないかもしれないから」
 菱川がうなずく。鳥居をくぐる。参道の奥に赤い社殿がある。周囲に石の牛や異形の狛犬が据えられている。あとは木立以外何もない。献奉と書かれた賽銭箱にみんなで小銭を投げこみ手を合わせる。鳥居を出ながら秀孝が、
「道真が左遷されたというのはどこからですかね」
「京都じゃないかな。道真は平安京の官吏で、宇多天皇の側近だったわけだから。九百年ごろというのは、いまから千年以上前か」
「謀反て何だったんですか」
「さあ。宇多天皇は退位してからも上皇として勢力があったようだからね。道真は、宇多上皇に逆らう醍醐天皇側の藤原時平の讒言に遭ったと習ったから、とどのつまりは政権争いでしょ。ぼくは政治のことは知識ゼロ。いつの時代も〈いまを時めきたい〉人が悪をなすという単純な話だと感じるだけだね」
 シンプルな天神橋を渡り西中洲に入る。那珂川が流れる景色のほかに何もない。橋を引き返し、川沿いの道を探すが見つからないので、もう一度橋詰へ戻り、西中洲の端の辻に見当をつけて小道を南へ走り出す。太田が尻ポケットから市街地図を取り出して走りながら見る。
「西中洲大通りという名前です。小さな通りですけどね。このままいくと渡辺通りに出ます。いきましょう」
「ヨシャ!」
 食い物屋と民家の混じった町筋が川端らしい雰囲気を醸し出している。
「料亭が多いな」
 と菱川が言う。ただ感想を言っただけで、料亭で飲み食いしたいということではなさそうだ。
「オールスターのとき、この川端で江藤さんや小野さん、江夏、堀内、高田と飲んだことがありましたが、料理の味は店を出たとたんに忘れてしまいました。器の豪華さは憶えてます。味も繰り返しがいちばんです。たまに食うものの味は忘れてしまう。家庭料理やいきつけの食い物屋の味に敵うものはありません」
 突き当たった細い支流に沿って走る。見覚えのある道だ。たしかに、この道を走ったか歩いたかしたことがある。三光橋に出る。目に覚えがある。まちがいない。心細そうにする三人を掻き分けて先頭に出る。細道を左に右に折れて川を離れないように走る。前腕のように短い雷橋を渡る。澱んだ細流に沿って走り、ついに渡辺通りに出る。アイボリーと焦げ茶のツートンカラーの市電がゆらゆら目の前をいく。左を遠く見通すと、住吉通りと交わる大交差点。奈緒といった総合市場のある交差点だ。右は二百メートルほど先に国体道路。太田が、
「国体道路の左手に警固公園があります。寄っていきましょうか」
「オッケー」
 だれも息が切れていない。走り出す。国体道路を左折。すぐに右折して、公園の敷地に入りこむ。真ん中に四重円の緑をこしらえ、周囲を四つ正方形の緑地でしつらえた幾何学的な造りの公園だ。正方形のひと隅は円の領域で切り取られている。円の中心から勢いの弱い噴水が立ち、ところどころにベンチがあるきりだ。ボヤーッとした印象。警固神社が隣接しているが、立ち寄る気がしない。日が暮れかかってきた。
「帰りましょう」
「オシ!」
 国体道路から天神西通りへ入り、ホテル前のS字カーブまで五百メートルほどをみんなでスピードを乗せて走る。多くの病院や歯科医院と民家が混在する風変わりな通りだ。ホテルの玄関に帰り着き、一息つく。
「なんでS字に曲がってるんだろうね」
 太田に訊くと、
「江戸時代の屈曲路の名残と言われてます。去年のオープン戦のとき、ホテルの人に聞きました。福岡城の防衛力を高めるための道だったそうです」
「防衛力か。袋小路や濠の設置もそうだ。敵が攻めてきても真っすぐに進めないようにする工夫だね」
 菱川が、
「平和台球場は福岡城跡地の一部ですね。あそこがお城だったわけだ。なるほど」
 秀孝が、
「じゃ、シャワーを浴びたらロビーに集合しましょうか」
 太田が、
「めしを食いながら、池永の研究でもしましょう」
 菱川が、
「ホイキタ! ビールを先に願おうかな」
 上海料理桃林。六人掛け円卓に六人。谷沢と戸板が増えている。六人とも料理長特選コース四千五百円を注文。まず生ビールで乾杯。
「先発は小野さんか小川さんでしょう」
 戸板が言うと、太田が、
「おまえかも知れんぞ。しごかれたんだろう?」
「はい。完投力をつけるためにエネルギーの分散方法を教わりました」
「長谷川コーチだな。どんなふうに教えられた?」
「その日危ないと思うバッターには頭を使え。危ないと思わないバッターには力を使え」
 私は、
「とにかく油断をするなという意味ですね。危ないかどうかの判断は?」
「ボールの見逃し方だそうです」
 三、四人の店員がやってきた。
「冷菜九種盛り合わせでございます」
 てんこ盛りの野菜。何が何やらわからないが、うまい。ビールに合う。谷沢が目先の利いた表情で、
「あした池永は投げますかね。灰色になってきたんでしょう?」
「顔と態度を見て判断しましょうよ。灰色と思われようと、黒と思われようと、彼は野球選手としては潔白ですよ。ただ、田中勉たちと金を巡って関わったのが不運でしたね。先輩に頼まれるまま、まさか不浄な金と思わずに〈預かった〉んでしょうが、正体の知れない金を預かるという行為自体不自然だし、何の疑いも抱かなかったとしたらボンヤリしすぎです。田中勉は池永を免罪符で使いたかったんでしょう。天才池永でさえ受け取った、人間はみんな金に弱いんだという最後っ屁をかましておいて、心の底ではずる賢く計算したはずです。たぶん池永は許されるだろう、池永が放免されるなら俺だって、てね」
 菱川が、
「男がすたりましたね。高が知れた金で」
「どういう経緯にせよ、池永は不正を行っていないでしょう。ただ不運を避けきれない精神的な油断があったことはまちがいない。油断の責任はとるべきだと思います。周囲の人たちはみんなそのことをわかっていると思いますよ。ぼくも先輩に金を預かってくれと胸に押しつけられたら、イヤだと言って押し返す勇気はない。でも勇気を失った瞬間に、野球選手としての生命をあきらめるでしょう」
 みんなしんみりしてしまった。


         五十九
 
「フカヒレ姿と乾物の薬膳壺蒸しスープでございます」
「……残念ながら、池永はいよいよという場合になったら、嫉妬深いマスコミに庇ってもらえないと思います。しかし球団側は、最終宣告をくだすまでは彼に投げさせるでしょうね。一種の追悼です。ところで、空港から乗ったタクシーの運転手が、池永も与田も投げるだろうって言ってました。ぼくは無心に勝負しようと思ってます」
 スーツ姿の江藤たちがドヤドヤやってきた。明るい空気が流れこむ。
「いたいた」
 中、小川、木俣が手を挙げる。四人こぞって隣のテーブルについた。小川が、
「ボーイに訊いたら、ここに入ったと言ったからきてみた」
 中が私たちに、
「あしたは鮨にしてね」
「親分と修ちゃんとモリミチは鮨食いにいったくさ」
 木俣が、
「俺は中華を食いたかったからここでいい」
 江藤が店員に、
「ワシらも同じもんくれんね。それから瓶ビール四本」
「かしこまりました」
 私は木俣に、あまりうまいと思わないフカヒレを差し出した。
「お、もらうわ」
 中が、
「池永の話をしてたみたいだね。永易軟禁かという記事が九日に出たからね。きょうまた衆議院議員たちが公聴会を開いたよ。夕刊に載ってる。ファン代表で寺内大吉や鈴木武樹名大教授ら五人、参考人としてセパ両リーグ会長、国広元西鉄球団社長、井原事務局長ら五人が出席した。ここまでコトの内容が知られる事態になっているのに、鈴木教授の『疑わしい人物が永易のほかに二人いると言ったことが新聞記事になっているが、それはだれか』という質問に対して井原は、そんなことは言っていない、冗談です、と答えたんだ。永易失踪の真相究明を求めると、真相はわかっているがここで発表すると名前を出した人の命に関わる、と恐ろしいことを言う。それなら警察に頼れと言うと、その必要はないと言う」
「わけがわからんのう。西鉄一球団にそぎゃん集中してかぶりつく暴力団やらあるもんかのう」
 江藤が不快げに首を振る。木俣が、
「ここまで西鉄が落ちぶれたのは、いまの八百長騒ぎがきっかけじゃない。豊田とか高倉とか年俸の高い選手を次々に手離して、永易みたいな札付きの廉い選手をつかんだからだよ。ドラフトでも、将来給料が高くなりそうな大物を避ける傾向がはっきりしてる。安物買いの銭失いだな」
 私は、
「いやしくも暴力団という肩書を背負った集団は、素人を食い物にする賭博のシノギはしないと、松葉会の人が言ってました。下っ端の分派みたいな組でさえやらないそうです。ただ、寄ると触ると血の出るような話をしているえらそうな分派に出入りしている素人チンピラが、いっぱしのヤクザ気取りで、金に憂いがありそうな選手に話を持ちかけるらしいです。今回もクリーニング屋か新聞配達店みたいなところの商店主が誘いをかけたと聞きました。個人的に稼いでその金を分派の組に上納して、覚えをめでたくするためということでした」
「金に憂いがある、か。うまいこと言うのう。そう言えば、ワシに借金の話ば持ちかけおったのも、素人のチンピラやった。ワシの精神がよろしくなかったからやろう。もう二度と恥ずかしかことはせん」
 中は、
「相手がだれであれ、金を受け取って敗退行為をすれば野球協約に違反する。最低一年の出場停止処分だ。池永の名前は出なかったが、疑いが晴れたわけじゃないだろう。長引くと、もつれが出る。これからは何人も名前が出てきて、いろいろ面倒なことになりそうだね。あしたは宮沢コミッショナーを呼んでもう一度公聴会をやるらしい」
 江藤たち四人にビールが出され、私たちには、伊勢海老と季節野菜の上海蟹味噌炒めが出る。辛みと甘みがいい調合をされていて、うまいものだと感じる。ただ、北村席とちがって記憶の底の美味に届いてくるような味ではない。どこかわずかに甘ったるいのだ。私は生ビールを流しこんだ。小川が、
「そういう状況なら、ますます疑わしいやつを投げさせて汚名挽回させようとするんじゃないの? 与田、益田、池永だっけ。そいつらの一人が先発だよ」
 小川が、
「ほとんど呆れ返った野郎たちだけど、池永は気の毒だな。あいつはやってないよ。柔らかいものをチャラチャラ着て歩くやつじゃない」
「ワシもそう思うばってんが、へたな同情なんかせんと、コテンパンにのしちゃらんと」
 それからも、アワビと乾燥ナマコの上海ふう醤油煮こみ、和牛ヒレ肉の黒胡椒炒め、窯焼き北京ダック二種料理、鶏肉入り煮こみソバ、デザート三種の盛り合わせと出た。私はそれらを全員に回し、特別注文でチャーハンを食った。江藤たちが、遅れて出てくるコース料理を食い終わるのを待って解散した。まだ八時前だった。
 やはり大信田奈緒から連絡はなかった。子育てと仕事に忙しい母親としてあたりまえのことに思われた。私は安心して早めにベッドに入った。
 眠りにつく前に、フロントで入手した福岡市電の路線図をじっくり眺めた。解説に、『九州最大の繁華街となった福岡市の原動力は何と言っても、一九一〇年以来走りつづけている路面電車である。福岡市電は六十万市民半数の足として活躍し、現在全盛時代を迎えている』と書いてある。欄外に〈危惧する点〉と銘打って、悲痛な叫び声を上げていた。

 昭和三十八年に車の市電軌道乗り入れが合法となって以来、全国各都市で頻繁に渋滞が起こることになった、この渋滞はあくまで立法のせいであり、市電のせいではない。わが福岡の市電が冤罪を被って窮地に陥らないことを祈る。
         †
 三月十八日水曜日。五時起床。曇。二・一度。ルーティーン。快適な下痢便。昨夜のビールのおかげだ。シャワー。五時半。ベッドの脇で三種の神器をやってから、ランニングに出発。市電路に沿って明治通りを平和台球場のほうへ。事務ビルと民家と商店と公共建築物に挟まれた道。まだ市電は走っていない。昨夜の路線図によると、この軌道は貫通線と呼ばれ、西は姪浜から東は九大前まで通じている。曇り空の下、さわやかな空気を胸いっぱいに吸いながら走る。中央区役所、福岡第二郵便局、歯科クリニック、信金、コーヒーショップ。赤坂交差点。ポツポツ人がいる。車、スクーター、自転車が走る。
 左手に緑に囲まれた区画が見えてくる。舞鶴(まいづる)公園だ。この敷地内に平和台球場がある。内野席が広く、外野席が一段狭い普通の球場だが、どことなく風格がある。平和台球場と標識の立った電停の左手が立木の切れ目になっている。左折して、濠に架かる石畳の橋を進む。橋のたもとに営業前のホットドッグの屋台が置かれている。試合開始前になると橋の両側に露店がズラリと並ぶ。橋を渡り切り、目の前に連なる石垣を眺めながら小坂を登り詰めると、平和台球場の正面に出る。足を止める。白塀に赤字で平和台野球場と慎ましく書かれている。曇った朝の光の中で紅白の対照が鮮やかだ。正面入口上方に額看板が掲げられている。

 昭和45年 3/18 オープン戦 西鉄ライオンズ対中日ドラゴンズ

 野球という遊びを覚えてから、野球そのものに愛着を抱くまで数年かかった。貸本と映画に偏執的な寄り道をした。野球をたまに人から誘われてやるフラフープやホッピング程度のものとしか感じていなかったからだ。長嶋の連続四三振をニュースフィルムで観た瞬間、野球は子供の暇つぶしの遊びではなく、大人の永続的な名誉を伴う特殊な仕事だと認識した。
 野球に没頭するようになってからは、テレビで観、ラジオで聴き、翌日のスポーツ新聞で試合結果と打撃成績を確認した。スポーツマン金太郎、ちかいの魔球、背番号0、いろいろな野球漫画も読んだ。何度も身近で目にした中日球場と中日ドラゴンズを心から愛した。鳥獣も人間も見知らぬ遠いものは愛せない。それから十年余、二十歳になった私はいまも、ドラゴンズの勝敗に一喜一憂しながら日々を生きている。なぜプロ野球は一介の野球小僧の興味をかくも長く持続させるのだろうか。身近とか疎遠などという理屈では理解できない。わかっているのは、野球は肉体が生み出すスピードと距離の集約物であるということだけだ。
 テントを張った徹夜組が数十人いる。みんなライオンズの野球帽をかぶっている。
「おお、神無月ばい!」
 たがいに伝達し合う。彼らの目を避けるように一塁側へ回り、林の前面にライオンズの選手たちの車寄せの標示を見出す。ビジターは三塁側だろう。振り返ると、照明灯がそびえている。胸が躍る。
 林の切れ目から広大な福岡城址へ出る。さらに、城址を見渡せる土の道に出る。すがすがしい樹林の緑に挟まれた道を走り出す。曇り空が低い。樹林の向こうに海があるはずだ。やがて芝地の中に民家が等間隔で現れる。これまた広大な別天地の風景だ。こんな美しい住宅地があるのが信じられない。たまに左の芝地に足休めのための四阿が瞥見できる。見上げると、木の間隱れに石垣と土塁城郭の一部が見える。古びた公衆便所があったので立ち寄って小便をする。
 護国神社前のT字路に突き当たる。国体道路。左折。深緑のケヤキがトンネルのようにかぶさる道を走っていく。時計は六時一分。気温一・九度。これから暖かくなって、日中は六、七度だろう。すぐにトンネルが割れ、両脇の並木に変わる。諸所に〈国体道路〉の標示板が立っている。低層ビルの道。大正通りの標示板を左折して明治通りの赤坂に出る。右折。あとは帰り着くのみ。始発らしい市電と並走する。
 汗をかかなかったので、ロビーのソファで西日本新聞を読む。ソファの先客の小野と挨拶。スポーツ欄に、
 
 天馬旋風 中央署警官五十人動員
  内野座席券三日前に売切れ 外野席券確保に徹夜組七百人
 

 とある。 
「すごいものだね。立ち見が数千人になるそうだよ。みんな神無月くんのホームランを観にくる。芸能人とはちがう。彼らは芸を観にこられるんじゃなく、人気という華、つまりウワベを観にこられる。神無月くんには中身しかないんで、ウワベが見えない。見えないものには人気が出ない。ある雑誌の国民的スター人気投票でも四十九位。プロ野球選手が五十傑までに九人上がってるが、その中の最下位だ。あり得ないことだけど、私は自分なりに納得のいく解釈をしたよ。神無月くんに人気がないというあり得ないことを国民が楽しんでるってね。世界ナンバーワンの野球選手がほかの野球選手より人気がないとなったらとんでもなく不思議だろう? そのアンバランスな第一級の不思議さを、少し意地悪い気持ちで楽しんでるんだよ。だから超満員になる」
「小野さんの新解釈はありがたいですけど、どうでもいいです。野球をするじゃまをされるわけじゃありませんから」
「そう言うと思った。そんな神無月くんに添い遂げて野球をやりたいと思ったけど、私には神無月くんのような抜け上がった無心がなくてね。等身大の自分を人が見抜いてくれないと腹が立つ。小川くんもそうだろう。自己愛と言うのかプライドと言うのか、最後の譲れない線を持ってる。神無月くんにはそれがいっさいない。天馬なんだよ」
 肩が万全になったら、思い直して野球をつづけるということではなさそうだ。私にも譲れない一線がある。人を喜ばせられなくなったら退場するということだ。人がそういう形で私の存在を楽しんでいるなら何も退場する必要はない。野球をつづけようと思う。
「少し意地悪い気持ちと言ったけど」
「はい。ざまあ見ろという気持ちですね」
「そう。つけ上がるなよ、おまえなんかだれも好きじゃないんだよ、という気持ち。遠吠えだけどね」
「それでもいいんです。ホームランだけは喜んでくれてるわけですから」
 小野は手を差し出した。握手した。
「野球界では、ダントツで人気ナンバーワンだよ。神無月くんを嫌いな人は一握りしかいない。少なくとも第一線にいる人間には一人もいない。長嶋くんでさえ、きみのファンだと言ってたよ」
「はあ、そうですか。共闘しない人間に好かれるのはまっぴらごめんです」
「ハハハハ」
 七時になったので、二人でバーラウンジにいく。監督たちも含めて盛況だ。みんなで頭を下げ合ったり、手を挙げ合ったりする。小野は水谷寿伸たちのテーブルにいったが、私は仲良し連中のテーブルにつく。
「バイキングは面倒やけん、セットで盆ば受け取ったばい」
 みんなのトレイを見ると、ほとんど似たような洋食だ。オムレツか目玉焼きかスクランブル、ベーコンと厚切りハムはだれも同じ、トーストかクロワッサン(ジャムとバター付き)、コンソメスープとコンビネーションサラダは共通、種々のジュース、コーヒーか紅茶。その組合せだ。そこへカレーライスを加える猛者もいる。菱川と太田だ。私は一合釜のまま出される炭火焼きカシワめしと、ビーフシチューにした。菱川たちより量は少ないが、これでしっかり動ける。太田が、
「池永はストレートより、スライダーとシュートが武器です。ストレートは百四十キロ前半です。去年のオープン戦で神無月さんは池永と一打席だけ対決して、ライトへ場外ホームランを打ってます」
「そうだった? 球種は」
「憶えてません」
 私もまったく憶えていない。きょうもし池永が先発なら、たぶん初回で対決することになる。いき当たりばったりの思いつきで打とう。できれば彼の決め球のスライダーが落ちかかるところを打ちたい。
「よし、ごちそうさん。十時半駐車場集合。十一時からバッティング練習たい」


         六十 

 水原監督たちに辞儀をしてテーブルを離れる。一階のテイクアウト店でカツサンドを購入。みんなまねして買った。部屋に戻ると、電話が入った。
「奈緒です。お久しぶりです」
「あ、ひさしぶり。こんな朝から電話してだいじょうぶ?」
「だいじょうぶ、出勤前に母に大吉を預けにいくところです。今夜お帰りになるんですか」
「いや、もう一泊していく。……きょうのオープン戦、知ってたんだね」
「もちろんです。忘れるもんですか。きょうは残業があるので八時ごろ会社を出ますが、そのあとお伺いしてよろしいですか」
「うん、夕食のあと部屋で待ってる。すぐ帰るんだね」
「はい、九時半には帰ります。大吉を迎えにいくので。……少し危ない日です」
「外に出すから心配しないで」
「はい。……逢いたかった」
「ぼくも。きのう奈緒から連絡がないから、もうこっちの生活が軌道に乗ったのかと思ってた。もしそうなら、連絡するのもなんだと思って」
「神無月さんに逢えることだけを楽しみに生きてます。このまま十年も二十年も」
「そう……。ありがとう」
「じゃ、八時過ぎに」
「うん、待ってる。十二階の端部屋、1261号室」
 電話を切り、運動靴の紐を結び直してふたたびランニングに出る。つい二時間前と同じコース。スピードを乗せて二十分で走り戻る。ふと思いつき土産店に入る。素朴な梅ヶ枝餅二十個入りを買って、北村席へ郵送してもらうことにする。
 十時まで仮眠。
 歯を磨き、ユニフォームを着、荷物を持って駐車場の西鉄バスに集合。十時半出発。秀孝が、
「きょう池永か与田なら、狙い球は?」
「与田ならストレート、池永ならスライダー。あのう、門岡さん」
「ほいよ」
「ボールになる内角のスライダーを十球ほどお願いします」
「わかった。膝に気をつけて」
「前に出て打ちますからだいじょうぶです」
 窓の外に霧雨が落ちてきた。長谷川コーチが、
「心細い天気だな。西鉄のグレー組はきょうの公聴会の結果を冷やひやして待ってるだろう」
 水原監督が、
「暴力団が絡んでいても、ただの借金なら金で内済(ないさい)にすることができるんだが、敗退行為があったということになると……。きょう衆議院法務委員会が開かれるね。宮沢コミッショナーが呼ばれる。何が飛び出てくるんだろう。なんだかわからないことを言い合ってるからな。―グレーもブラックも、とにかく叩き潰しなさい」
「オース!」
 井上コーチが代打代走要員を告げる。省三、日野、西田、坪井、井手、竹内、三好。宇野ヘッドコーチのスタメン発表。先発小野、中継ぎ、戸板、田辺、〆は小川。打順は一番から八番までいつも通り。
「二十六日の日米戦は、ピッチャーの小川以外は控え選手中心のスタメンでいく。相手が本気だとわかったら、四回からレギュラーを投入する。今年のアメリカは弱いよ。レギュラーを使うのはもったいない」
 バスは濠を渡り、石垣を抜け、砕氷船のように人混みを掻き分けて三塁側選手専用駐車場に入る。十数人の警官が立っている。森下コーチが、
「きょうの平和台は三万四千人、超満員や。鹿児島、熊本、宮崎からもようけきとる。立ち見が五千人、場外の木にはワイシャツ着た鳥がたくさん止まっとる」
 高調子で笑う。江藤が、
「名物、人のなる木やな」
 薄汚いロッカールームに入る。スパイクに履き替え、バットのフィルムを剥がし、ミズノのグローブを持つ。狭い階段を昇って粗末な木製のベンチに座る。スタンドを見渡す。きょうは血気盛んな雰囲気がただよってこない。西鉄チームがバッティング練習をしている。見知らぬ黒人の大男が打っている。それほど筋骨たくましくない気弱そうな美男子だ。振りが大きくて荒いので、きょうは安全牌だろう。太田が、
「今年入ったアーロン・ポインターです」
 壁に何やら警告の貼り紙。どこの球場にもあるが一度も読んだことがない。框(かまち)に防球金網はなく、一本の角材を渡してあるきりだ。框の中間に太い鉄の支柱が一本立ち、最端にはコカ・コーラの大きいクーラーボックスが置かれている。少し改装された便所が空間の端にある。ベンチの上にかなり広いコンクリートの屋根が広がっている。応援の男たちがここに乗る。彼らは労をいとわない。ドラゴンズの応援チームも遠く名古屋から出張してきているだろう。
 村上と船田でフリーバッティングが終わった。ドラゴンズに交代。旗を見る。球場の外へたなびいている。バッター有利の風だ。菱川と太田がケージに入る。ピッチャーは門岡と松本。ケージの後ろに監督、コーチ、記者団が集まる。稲尾新監督が水原監督と握手をしにくる。手加減なしで、という言葉が聞こえてきた。私はグローブを持ってセンターの後方に回り、球拾いをするトレーナーやマネージャーたちの背中を見つめながら、122の標示のあるフェンスの前で柔軟をする。バックスクリーンとフェンスのあいだには客がいない。野次は飛んでこない。スコアボードを見上げる。てっぺんにチョンと突き出た時計、下にシチズンと書いてある。時計の両脇に、KBCラジオ、KBCテレビ、十五回まで切られたスコア板の下に、東芝カラーテレビ、不二家ネクター。
 太田も菱川もポンポンスタンドに放りこむ。中と高木に交代。一転してするどい打球がつづく。私は中の打球を右中間に走って捕球した。一枝と木俣。一枝はセンター返し、木俣は左中間へライナーを打つ。
 私と江藤の番になる。江藤は、三本スタンドに放りこんでさっさと引き揚げた。私は後方から中間、さらに前へと、二球ずつ立ち位置を移していく。内角のボールになるスライダーを打ちつづける。一塁線ファール、一塁線ファール、一塁ベース直撃、一塁ゴロ、ライトスタンド前段へライナーのホームラン、フラッシュ、ライトポールを巻くホームラン、フラッシュ。前に出たままタイミングを遅くする。ライトスタンド中段へホームラン、フラッシュ、ライトスタンド上段へホームラン、フラッシュ。仲間たちの激しい拍手。
「あと二球、ストライクになるスライダーをお願いします」
 ライト場外へホームラン、フラッシュ、ライト場外へホームラン、スタンドのため息、連続するフラッシュ。ケージを出る。水原監督が、
「何の研究してたの?」
「池永のスライダー対策です。立ち位置を変えて、ボールになるスライダーを打ってみました。後ろや真ん中に立つと、膝を目がけてくるので打ちにくいです。やっぱり前に出て変化する寸前に叩かなければいけません。そうすれば、ぎりぎりの飛距離でもホームランになります。タイミングを遅くすれば、中段以上のホームランを打てます。最後の二球はストライクになるスライダーを投げてもらいました。大きいホームランを打てます」
「神技だね」
「だれもまねできんたい。一塁ベンチの連中がアゴ外しとるばい」
 控え組のバッティングに移る。レギュラー陣はフェンス一周。辛辣なヤジは飛んでこない。
「好きに料理しちゃれ!」
「金づくの馬鹿どもに正しか精神ば叩きこんでくれ!」
「ワシら暴れんけん、ご心配に及ばんたい!」
 短気ではあっても正義漢の西鉄ファンは、縁もゆかりもない私たちに〈わが子〉のお仕置きを求めているのだ。
 正十二時。西鉄の守備練習。プロらしい堅実なプレイだが美しくない。中日ベンチはいっせいにサンドイッチを取り出す。霧雨が小粒の雨に変わる。グランドがぬかるほどではない。内外野スタンドに傘が開く。一枝が、
「平和台の外野スタンドはコンクリートじゃなくて、山道の丸太階段みたいになってるんだ」
「どういうことですか」
「丸太をつないでながくしたものの上にちょっと鉋(かんな)をかけて平らにしてある。丸太のあいだの足場は土で固めてるんだ。みんなケツが痛いのを屁とも思わず坐ってるわけだ。感心するやらありがたいやら」
「内野もネット裏以外は板ですものね」
 数分のあいだ雨が強く降ったので、中日は守備練習を控える旨審判に告げた。やがて雨が霧雨に戻り、係員がグランド整備にかかった。要所要所に適度の砂が入る。ラインが引き直される。
 水原監督と稲尾監督のメンバー表交換。スターティングメンバ―発表。後楽園の務台嬢に似た声が流れる。中日のスタメンは、センター中、セカンド高木、ファースト江藤、レフト私、キャッチャー木俣、サード菱川、ライト太田、ショート一枝、ピッチャー小野。三塁側スタンドが期待にざわめく。杉山コーチが、
「五回までに十点いけよ! 戸板をラクにしてやれ」
「……つづきまして後攻は西鉄ライオンズ、一番サード船田、背番号8(元巨人。ひょろ長いからだに平ら顔。たたずまいからしてダークグレイ)、二番セカンド基(もとい)、背番号4(小柄ながらホームランをけっこう打つ力持ち。打率も二割の後半と安定している。少し武張ったところがあるが、男っぷりを誇示するのは美徳でこそあれ欠点ではない。去年の秋、八百長の依頼を断固退けたと報告したのに戒告処分を食らった。悪人に話しかけられたらその時点で同類だという論法だ。池永のごとく〈預かって報告しなかった〉となったら問答無用で犯罪者ということになる)、三番センターポインター、背番号41、四番ライト東田(ひがしだ)、背番号22(初めて見た)、五番ファースト広野、背番号3(小太りの不器用そうな男。なぜかむかしから好感が持てない)、六番レフトボレス、背番号29(背高の太っちょ。西鉄の選手の動きに不審な点があると報告した男と聞いている)、七番キャッチャー村上、背番号10(たたずまいからしてダークグレイ)、八番ショート甲斐、背番号26、九番ピッチャー池永、背番号20(やっぱり投げてきた。ウォーという歓声。彼だけは九州のファンから見離されていないのだ。まちがいなくホワイトだろう)。審判は、主審中川、塁審一塁道仏、二塁小松、三塁萩原、線審は、ライト中村、レフト沖、以上でございます」
 中日の応援団はベンチの屋根に陣を張らず、内野の最前列で太鼓を鳴らし、球団旗を打ち振る。池永の投球練習を見つめる。律儀に振りかぶり、一度かがんで弾み上がるような身のこなしから腕を高く引き、大きく踏み出す。叩きつける鞭は力強い。去年はここまでの迫力はなかった。練習投球はすべてストレート。百四十二、三キロ。村上のミットがいい音を立てるが、目立った伸びはない。 
「一回表、中日ドラゴンズの攻撃は、一番センター中、背番号3」
 江藤の太い声。
「利ちゃん、イッパツ!」
 森下コーチが、
「ヨ、ホ、ヨー!」
 水原監督のパンパンパン。大量点が欲しいときの合図だ。池永が膝を弾ませ、腕を後方へ大きく引いて投石器ようにボールを投げ出す。初球、内角高目のスライダー、中はバットを小脇に抱えこんでチョンと当てる。
「ヨッシャー、決まった!」
「大量点!」
 サードの船田があわてて前進したが、途中であきらめた。賑やかな鉦太鼓。高木がゆっくりバッターボックスに向かう。木俣が、
「きょうは二本いくぞ」
「ぼくも!」
「ホームラン賞は賞金のほうがいいいいと思わん?」
「かさばらないから?」
「いや、賞金は給与振り込みだからかさばらないんだけど、細かい品物はあとで球団から送られてくるだろう? 持って帰らなくちゃいけない場合もあるしな。まあほとんどの球場は賞金だけど、神宮球場のホームラン賞って野球盤と化粧品と決まってるよね。金太郎さん、貯まっちゃってしょうがないんじゃないの」
 知らなかった。どんな球場の賞金も商品もいつも足木マネージャーが一時預かって、北村席に郵送する手続をとってくれていたからだ。
「そういうのは菅野さんがチャリティに回すと思います。そうか、それでわかった。菅野さんがくれた直人の誕生日のプレゼントが立派な野球盤だったんですよ。神宮の景品をいつも見てたせいだったんですね。ポピュラーな野球盤の粗末さを知ってたから、同じエポック社でも最高級のデラックス盤を贈ってくれたんだ」
 高木の初球、胸もとのシュート。ふんぞり返ってよける。高木はあのコースにトラウマがある。この隙に中盗塁成功。ベンチの拍手。スタンドの鉦太鼓。
「俺は子供がいないから、野球盤は親戚のガキたちに配った。化粧品は女房がストックして使ってる。そう言や、健太郎さんが言ってたけど、今年数量限定で中日ドラゴンズ優勝記念野球盤が発売されてるそうだ。俺たちが盤面にプリントされてるって」
「そうですか! 菅野さんに電話しなくちゃ」
 二球目外角スライダー、切れよく曲がってストライク。三球目外角スライダー、一塁スタンドへライナーのファール。池永がボールをこねる。高木はまた内角にシュートがくると読んで、ややオープンスタンスに構えた。セットポジションから四球目、外角に大きく落ちるカーブだった。思わず前にのめって片手打ち、当たりの悪いセカンドゴロ。犠打の格好になる。中、三塁へ。


         六十一

 ここで江藤。水原監督のパンパンパンが激しくなる。コーチ連の怒声、スタンドの鉦太鼓、応援旗のはためき。犠牲フライで一点では腑甲斐ない。江藤もそのつもりだ。スライダーに備え、少しピッチャー寄りに動いてクローズドに構えている。私はウェイティングサ―クルにいかずに、池永の球筋を観察する。初球、真ん中高目ストレート、バックネットへファール。すばらしいスイングだ。このスイングにあの程度の速球では荷が勝ちすぎる。二球目、やはり胸もとへシュート。江藤は両腕を上げて避けようとしたが、クローズドに構えていた分、よけ切れない。胸のロゴをかすめる痛くないデッドボール。江藤は手を叩いて一塁へ走る。
「池永は死球の多いピッチャーで有名だ」
 ブルペンに向かおうとしていた小野が言う。太田が私の背中に、
「三年前に最多勝を獲った年に死球王になってます。十六個」
 ボックスの前に立っていれば、スライダーが腹や胸にぶつかることはない。スタンドの大声援。私はできるだけボックスの前に出た。宇野ヘッドコーチがベンチから、
「金太郎さん、お掃除お願い!」
 一塁ベースにいる江藤が私と目を合わせライトスタンドを指差す。水原監督のパンパンパン、賑やかな鉦太鼓、はためく応援旗。池永が首を深く折る独特の格好でセットポジションに入ると、場内が静まった。江藤も中も申しわけ程度にしかリードをとっていない。初球、外角高目シュート、ストライク。喚声。
 ―そうきたか。試合前の私のバッティング練習を見ていたな。
 二球目、外角低目ストレート、ボール。いいコントロールだ。ボール一つしか外れていない。もう一球そこへストライクを投げてファールを打たせてから内角勝負だろう。ファールを打たずに見逃したらどうなる? 外角をまったく狙っていないと考えて、外角で勝負しようとするだろうか? いや内角高目にボール球を投げてくる。それで様子を見てから外角勝負だ。
 三球目、外角低目シュート、見逃す。ストライク。ツーワン。ボールをこねる。セットポジション。四球目、あごのあたりへ内角ストレート。ボール。ツーツー。次は外角だ。高低に関わらず打つ。池永は三塁走者の中を見つめながらセットポジションに入る。パンパンパン。静寂。五球目、ん? 外角高目からくる高速カーブの軌道だ。空振りを取るつもりだな。ストライクなので、踏みこみを小さくして腰と手首だけで振るしかない。腰を貯め、わずかに踏みこんでひねり、左手チョップを曲がりはじめのボールに叩きつけ、同時に手首を返す。
 ―食った!
 打球が高く舞い上がる。喚声がうねる。江藤が右手を突き上げる。中が手を叩いてホームに向かう。長谷川コーチとタッチしながら、追い風に乗った白球が左中間の照明灯と看板のあいだに吸いこまれるのを確認した。沖の白手袋が回る。池永が呆然と鉄塔を眺めている。神さま仏さまの稲尾監督がベンチの外で腕組みしている。水原監督とガッチリ抱擁。
「文句なし、またも神技!」
「ありがとうございます!」
 大歓声。球団旗がはためく。尻をポーン。出迎えの花道。小野がめずらしく感情を露わにして抱きつき、
「サンキュー! これで大事に投げられるよ」
 菱川がミシッと手を握り、
「いまの屁っぴり腰の逆ですか。上体だけ回しましたね」
「へへ、突っ立ち打法」
 タッチ、タッチ、タッチ。中と握手。江藤の抱擁。次打者の木俣と握手。
「まず一本いきましょう」
「オシャ!」
 木俣は意気ごみすぎず、気強く外角のスライダーとカーブを見逃し、ツーナッシングから内角高目のストレートの釣り球を叩き下ろして、レフトスタンド上段に一直線に突き刺した。初回ワンアウトで池永降板。四対ゼロ。長身の与田がマウンドに上がる。観察。腰の入りはじゅうぶん。真っ向から投げ下ろすストレートは糸を引くようにきれいで、スピードは池永と遜色がない。変化球も切れる。おみそれした。田中勉も重く凄みのある速球を投げていたが、彼らは八百長などやる必要があったのだろうか。江藤が、
「すごかやんか。こっちんほうが打ちづらいんとちがうか」
 高木が、
「制球が悪いという話だぞ。球の速さは田中勉を凌いでる。ノーコンでこられたら、しばし沈黙か」
 菱川が、
「沈黙しません。田中勉や米田より速いですけど、球質が軽いのでストレートを狙います」
 言葉どおり、初球の内角低目のストレートを掬い上げて、レフト場外に叩き出した。ワーンと球場が鳴る。三者連続ホームラン。五対ゼロ。これで景気がついた。つづく太田ライト前ヒット、一枝レフトオーバーの二塁打、小野センター前ヒット。二者生還して七対ゼロ。打者一巡、中、センターオーバーの三塁打、八対ゼロ。高木ファースト前へスクイズ。九対ゼロ。ツーアウト、ランナーがいなくなって江藤が伸びのびと打席に立つ。与田が縮こまっている。なかなか投げない。これはだめだ。
「根性なし!」
「怖い人たちに養ってもらわんか!」
 泣きを入れるようにベンチを見たので、たまらずピッチャー交代。
「ライオンズの選手交代を申し上げます。与田に代わりまして、ピッチャー三輪、背番号16」
 太田が、
「ドラ二の新人ですよ。社会人を六年やってます」
 観察。百三十キロ台のストレート、変化球は切れる。腰の低い穏やかな立ち居。痩せている。
 江藤は初球の外角カーブをバックスクリーン越えに打ちこんだ。オープン戦何本目かのアベックホームラン。十対ゼロ。出迎えの握手を江藤としながら、仏心がよぎる。これではならじと内角低目のスライダーを強打。セカンドライナー、基がグローブを弾き飛ばされて打球を逸らし、内野安打になる。菱川、レフトへ低いライナー、ボレスに捕球されてチェンジ。
         †
 小野は五回まで完封してマウンドを降り、戸板が八回まで完封してマウンドを降りた。九回裏に登板した水谷寿伸が、代打でヒットで出た竹之内と四球で出た船田を置いて基にスリーランを打たれ、ポインター、東田と凡ゴロでツーアウトを取ったあと二連続四球で出した広野とボレスを置いて村上にスリーランを打たれ、六点取られた。球場が大いに沸いたので、それはそれでめでたいハッピーエンディングだった。
 中日は二回以降、三輪、益田、河原、中井という継投陣から、高木、太田のソロ、一枝のツーランを交えた長短打で十三点取り、二十三対六で勝った。菱川は五打数五安打のバカ当たり、私は益田からセンターライナー、河原から右中間三塁打、中井からライト犠牲フライだった。オープン戦八勝零敗。勝利投手小野、敗戦投手三輪。三時間五十分にわたる長い試合だった。
 引き揚げるとき、西鉄ファンたちにバスを囲まれて大喝采を浴びた。
「よくやった!」
「水戸黄門!」
 実際一人ひとり力を尽くしたので、それはちがう。黄門は監督コーチ陣だ。
「来年は盛り返すけん、退治にこんでもよかぞ!」
 桃太郎か。闘った相手は人畜に害をなす鬼ではなく、鬼に脅されて不調法をした者たちなので、これも少しちがう。それでもみんなにこやかに手を振る。帰路五分の車中で足木マネージャーが、
「六時から二階真珠の間で会食を行ないます。七時半に散会します。すぐに帰る予定のない人は集まってください。なお、あしたのチェックアウトは十一時です」
 水原監督が、
「きょうはご苦労さまでした。うちらしい勝ち方でした。全選手好調だったので、あえて代打代走を使わないでやってみた。二十二日川崎の大洋戦は、六回まで控え陣でいく。二十六日の日米戦も形勢が不利になるまではそうする。二十四日の甲子園はペナントレースと同様、レギュラー中心で適宜選手交代する。二十九日の西宮はまだ考えていない。これから四試合、どの試合も三打席連続無安打の選手は交代させる。個々の選手が危機感を持って三割を目指すためです。チャンスを与えられたら、あとのない気持ちでやること」
「オース!」
 ホテルの駐車場で荷物を肩に降りる。玄関広場に蝟集する人びとの拍手と喝采の中、ロビーに入る。鍵を受け取り部屋に戻ってシャワー。ブレザーとワイシャツに着替える。荷造り。ユニフォームとジャージ、ズック靴、タオル類をしまったスポーツバッグと、バットケースを持ってロビーに降りる。フロントで郵送手続をする。持ち帰るのはダッフルだけ。江藤たちと合流し、二階の真珠の間へ。
 真ん中にわずかな空間を空けたロの字形にテーブルを回し、長辺に十六脚差し向かいの選手席三十二席、短辺に四脚差し向かいの監督コーチ席八席。壁沿いにズラリと種々の料理を置いたテーブルが並び、長帽子や短帽子かぶって正装した料理人が七、八人立っている。ウェイターやウェイトレスも十人余り立っている。一種のバイキング形式のようだ。テーブルの席に置かれた重厚なトレイを持って、めいめい好きな料理の前にいく。ステーキのところへいく選手がほとんどだ。水原監督とコーチ七人の分は係員が訊きにきて、注文どおりの品を運んでくる。私は巻き寿司各種(めし二膳分くらい)、ローストチキン厚切りを三枚、エビチリ一皿、野菜サラダを盛りつけてもらい、席に戻る。
 向かい合った選手席は必然的にレギュラーと控えに分かれる。私の側に座っているのは、一番から八番までのレギュラー、ピッチャーは小川、秀孝、戸板、小野、田辺修、水谷寿伸、伊藤久敏、野手は谷沢、以上十六人。トイメンは目立たない高木時夫コーチ、吉沢コーチなども入りこんで、江島、省三、ピッチャー陣は渋谷幸春、松本幸行、門岡、川畑、水谷則博、渡辺司、佐藤進、野手は千原、坪井、西田、井手、角席に足木マネージャーというふうに十六人並んでいる。
 上座の四人は水原監督、宇野ヘッドコーチ、太田コーチ、杉山コーチ、遠くトイメンは長谷川コーチ、森下コーチ、井上コーチ、本多コーチの四人。計四十人が一堂に会している。人は集まると、こんなにいたのかと驚く。徳武コーチや新宅選手兼任コーチ、長期休養の山中巽は当然として、若生和也、竹田和史、土屋紘、三好真一、竹内洋、堀込、伊熊といった選手の姿はない。試合後すぐにトレーナー連中と帰名したか、もともと帯同していなかった人たちだ。
 江藤と太田が両脇にいる。その両脇に菱川と木俣、その脇に……山口のあとに現れた久遠の友。そして右端と左端に久遠の父と叔父たち。
「今年のオープン戦はホームランが少ないですね」
 斜め前に座っている則博が言う。
「そうだね。初戦の四本以外はかため打ちしてないから」
 千原が則博に、
「八試合で十四本だろう。王に九本差つけてるよ」
「差なんていう生やさしいものでなかよ」
 江藤が言う。彼の笑顔を見つめる。江藤は見つめ返し、
「あと四試合で二十号まで打ちたかのう」
「はい」
 少し高い耳鳴りがくる。薄暗い林がフラッシュバックする。浅間下の坂本の大家の裏の林だ。ヒグラシが鳴いていた。声を尋ねて分け入ったこともある。翅の透明な小型のセミが高い梢で鳴いていた。あの声をごく小さくしたような音が頭の奥で鳴る。すぐにいつものシャーという小さい音に変わった。
 だれと何を話すというわけでもない。しかし、大きな満足がある。たがいのからだのあいだに流れる空気がべたべたしていない。さらさらした湿度だ。
 ウェイトレスが一人一本あてのビールを運んでくる。みんなでつぎ合う。高木時夫と吉沢が水原監督たちについでいる。戸板と矢沢が長谷川コーチたちについでいる。卑屈な感じはいっさいしない。太田が木俣に、
「近鉄の三原監督がむかし、素人は和して勝ち、プロは勝って和す、と言ったそうですけど、どういう意味ですかね」
「アマチュアはチームプレーで勝ち、プロは勝って初めてチームがまとまるということだな。しかしまちがってる。個人プレイとチームプレイは反発し合わない一体のもんだ。個人プレイがなければチームプレイに結晶しない」
「劣った個人が多数派なら、チームは勝てんちゅうこっちゃ。あたりまえのことばい。三原もそれに気づいとらん。全員三割を目指す水原さんは気づいとる」
 中が、
「九人のうち四人が平均点程度になると、常勝は難しくなる。九人とも平均より少し上になっても難しい。巨人のように二人は大砲がいないと五割は勝てない。うちみたいに、大砲が四、五人いて残りが平均点をかなり超えていると、常勝が可能になる。うちは五、六年連続日本一になるよ。うちの弱点は将来性のなさだ。控えから平均点をかなり超えるやつがなかなか出てこない。跡を継いでほしいなと思うのは谷沢くらいだもの」
「千原が出てきてくれんとのう。あれも七年目やろう。いいガタイしとるし、二十本くらいホームランば打てるようになったら安心なんやが」
 菱川が、
「杉山コーチも、今年は千原と省三を鍛えると言ってましたよ」
「鍛えても、省三は代打止まりたい。モリミチの壁は厚か」
 一枝が、
「日野は問題外として、西田も遠いな。五年ぐらいかけて、ドラフトでいい野手を採らないと確かに将来は暗い」
「金太郎さんが故障したり疲労したりしたときの控えは江島かのう。荷が重そうたいね」
 高木が、
「金太郎さんの不死身を信じよう。案ずる前に、まず俺たちが故障しないで、一つでも連覇の数を増やすことだよ。そのあとはやつらに預けりゃいいさ」



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