二十八 

 直人のおやすみなしゃい。みんなのお休みなさい。菅野が、
「プロ野球も神無月さんがいなくなったら、こじんまりに戻りますよ。それを考えるとさびしいなあ」
「さ、菅ちゃん、出かけるか」
「はい」
 女三人といっしょに出ていった。カラー放送『現代の映像』。ひとりになった受験生という題字。誇り高いが悲惨な趣がある。定時制か無名校の進学補習科の受験生のことだろうとアタリをつけて、本編は観ない。そんなことは悲惨でもないし、誇るべきことでもないからだ。キッコを見ればわかる。彼女はおそらく定時制で唯一の受験生だった。そしてそんなこと歯牙にもかけていなかった。ただ明るく自分の未来に挑戦しただけだ。
「ソテツちゃんや千鶴さんが和子さんに買っていただく靴、去年の私たちのように東京に注文しました。通学用ローファです。勝手にやってしまってすみません」
 ヒデさんやの分も注文したとはしゃぐ。
「いいのよ。私は大蔵省。あの靴は長持ちするものね」
 どんな思いがけない、ふだんと異なった景色も、こうやって明るい視界によぎらせながら通り過ぎていけばいいのだ。
「ぼくも遠征にはそのローファを履いていってるよ。履きやすいし、丈夫だし、ぜんぜん疲れない。今年も一足ほしいな。ぼくの分も追加注文しといて」
「はい。二十八センチ」
「うん」
 女将が居間にいって戻ってきて、
「これ、東奥日報から『神無月一年間のはばたき』ゆう大きな本が送られてきとるよ。三冊きたで一冊持っていきゃあ。あんたたちにも一冊」
 千佳子に渡す。ナイターの照明が輝く夜空を金色の天馬が駆けくだる表紙だった。裏表紙を見ると、非売品と記されている。ペラペラ繰って、奇をてらわずに誠実に編集した写真集であるとわかった。売り出せば好事家に売れるだろうにと思った。
「約束どおり、春に二冊目が送られてきましたね」
「ほうやね。浜中さん、きちんとしとるわ。これ、同封されとった便箋」
 日米戦の特集記事を組みたいので試合の前日に北村席に一泊したい、カメラの恩田を同行する、という短信だった。
「菅野さんに歓迎の電話をするように伝えてください。じゃ、きょうは帰ります。あしたの午後にきます」
 分厚い写真集を手に、テーブルの一座に挨拶して、カズちゃんたちと玄関を出る。睦子たち四人が門まで送ってきた。キッコが、
「入学試験て、こんなに簡単に受かるものなんやろか」
「簡単だった?」
「難しかった」
「そう感じたんだったら、確実に受かるよ。それが入試の不思議さだ」
 睦子と千佳子がニッコリ笑った。
「ファインホースのお手伝いしたり、お嬢さんの本を借りて読んだりしながら気を紛らすわ」
「みんなで映画でも観にいったほうがいいよ」
 千佳子が、
「買い物しがてら、ボーリングをしにいきましょ」
 門の外で手を振って別れる。
「いよいよ巨人戦ね。小川さんと高橋一三かしら」
「たぶんね。だれがきても打つ」
「十三日に帰ってくるのね。七日から十二日までの六日間か。中休みは?」
「九日と十一日。その二日間はランニングだけですまして、だらだらするよ」
「食事と睡眠はしっかりとってね」
「うん。……千佳子の両親は何も言ってこないの?」
「ときどき北村に丁寧な礼状をよこすみたい。千佳ちゃんもムッちゃんも、親子でちゃんと連絡とり合ってるようよ。二人とももう大きいから親子の問題はどうにでもなるけど、メイ子ちゃんの子供ぐらいの年齢だと難しいわね」
 百江が、
「おじいちゃんおばあちゃんになついてるみたいですからね……。盆暮れに里帰りして、あとは養育費を送るくらいでお茶を濁してるようです。四、五年してご両親が還暦過ぎて元気がなくなったら、娘さんも考えるんでしょうけど、母親のもとにきたいと言うかどうか。ふるさとではメイ子さん、評判が悪いそうですから。それでも高校にいくくらいの齢になったときに、名古屋に出てきたいかどうかハッキリ確かめたほうがいいですよね」
「確かめる必要はないでしょう。いまの流れのままに、向こうで中学高校上げたほうがいいと思う。無理におじいちゃんおばあちゃんと引き離すのはよくないと思うわ。本人が故郷を出たいという気持ちになったときに、万全の態勢で受け入れてあげればいいのよ」
「そうですね」
「そのときは一戸を構えなくちゃだめだけど」
「いつでも私の家を使ってください。息子は席のほうに遊びにこさせますから」
「それもメイ子ちゃんしだい。でもありがとう、百江さん」
 素子が、
「三上さん、うまく子供を呼び寄せたんやろか」
 カズちゃんが、
「農家と言っても、大阪は都会だから、うまくいかないんじゃないかしら。衝動的に出ていっちゃって、みんな後悔してると思うわ」
 百江が、
「信子さんは男の人の家族に溶けこめたようで、ずっとアヤメに勤めると言ってますけど、しずかさんとれんさんは辞めました。トルコのほうに戻るそうです」
「なんだかよくわからないけど、あの人たちのことは忘れましょう」
 そう言いながら忘れないのがカズちゃんだ。カズちゃんは特殊だ。私は特殊でない。愛する者以外は忘れる。人の歴史が何十万年、何百万年つづいているか知らないが、去った者への無関心を基盤にしてつづいてきた。私はその人間の一人だ。素子が、
「うち、きょうお姉さんのとこに泊まるわ」
「だいじょうぶ?」
「うん、中にたくさん出してほしい。だから最後にしてもらう。うち十秒もかからんと天国にいってまうで、ちょうどええ。便利なのか悲しいのかようわからん」
「便利でも悲しくもなくて、とてもいいことよ。とにかくメイ子ちゃんが帰ってきてからね。私の部屋に五つ蒲団を敷いて寝ましょ」
「うん。あしたお姉さんたちといっしょに出るわ」
         †
 三月七日土曜日。七時起床。晴。一・五度。きょうまで早番の百江はいない。早番の日はかならずおにぎりを一つ食べて出かけるらしい。ルーティーン。ふつうの便、ふつうの耳鳴り。シャワーのあと、手足の爪を切り、耳垢を取る。三人の女と食事。遠征前のステーキを一枚食わされる。三人、キスをして出勤。
 菅野と凌雲寺まで。往路速く、復路ゆっくり。シネマ・ホームタウンの工事の進捗具合を見て帰る。まだ一階の入場階あたりの工事をしていた。ここに二階の基底の床部分がかぶさり、それから何カ月もかけて階段状の観劇部分と映写部分ができ上っていくのだろう。
「換気設備と冷暖房設備に時間がかかるでしょうね。地下でボイラー焚いて、床暖房になるんじゃないかな。冷房はおおきな空調機でしょう。立派な三百人館になりますよ」
 ふと、柴田ネネはもうこないだろうという気がした。そして、世良別館の園山勢子も芦屋竹園の設楽ハツもこないにちがいない。それどころか、三人ともこの半年のうちに退職してしまっているだろうと思った。明石の西海つららはまず確実にこない。すべて今回の北村席のできごとから敷衍できることだった。離れたところにその人の生活は厳としてある。人はそばに暮らしていないかぎり離れていくのは人間世界の摂理だ。
 則武に戻り、東奥日報の写真集を見る。新しく知り合った仲間たちのなつかしい顔、永遠に知り合えないだろう観客たちのなつかしい顔。私が独りで写っていることはほとんどなく、たいていだれかに混じって写っている。そして、なつかしい一つひとつの球場。たどり着いた私の棲み家。
 百江が帰ってきて掃除洗濯にかかる。私は牛巻坂。百江がコーヒーポットを持ってくる。きのう書いた部分の手入れ。二時まで。これでしばらくお別れ。ジャン・クリストフといのちの記録を手に机を離れる。
「先にいってるよ。少し直人と遊んでやる」
「はい、洗濯物とお蒲団を入れてから、四時過ぎにいきます。席の門のところに記者が何人かいましたよ」
「巨人戦の意気ごみを聞きたいんだろう。適当に応えるよ」
 門前の四、五人の記者たちが遠慮がちに寄ってきて、
「あしたの巨人の先発は小笠原のようです」
「そうですか」
「高校時代のチームメイトに対して手加減するということはありますか」
「ありません。ぼくはだれに対しても手加減しない。そういう質問は小笠原に対しても失礼です。彼は剛球投手です。全力で戦います。……浜野さんはどうしてますか」
「今年は島野とともにファームで出発です。昨年はファームで二勝挙げました。あしたのベンチには救援の控えで入るようですね」
「野間文芸賞の候補を辞退なさったようですが」
「ぼくには思想も、芸術の天賦もない。ぼくの作品自体が児戯(じぎ)だとハッキリ言っておきます。文芸界になくてもいい作品です。どうかいま言ったぼくの言葉を活字にしてください」
「新美南吉賞は受けられるそうですね」
「児戯を喜ぶ人びとがくださる賞はいただきます。二度とこの種の質問は受けません。では出発の準備があるので失礼します」
 フラッシュが光った。
 緑の濃さが増した芝庭で、直人とジャッキとしばらくボール遊びをする。
「直人、おまえのユニフォームは背番号がついてたか」
「はち」
「そうか。じいじたちと野球を観にくるときは着てきなさい」
「うん!」
 座敷に入ってコーヒー。新幹線の切符を菅野から渡される。六時四十三分ひかり、八時三十五分品川着。品川からタクシーで三十分弱。九時ニューオータニ到着か。ちょうどいい。
「これからはほとんどナイターだから、当日の朝出発でいいな」
「おとうちゃん、おみやげ」
「お、何がいい?」
「とうきょうタワー」
「うん、わかった」
 晩めしになる。手羽元と手羽中の甘辛ソテー、ホウレン草のお浸し、マッシュポテト、大根のコンソメ煮、どんぶりめし。ほかの者のめしは炊きこみチキンライス。直人はそれをケチャップで炒めたオムライスとクリームシチュー。カンナは柔らかごはんと、手羽中のほぐしと、クリームシチュー。ジャッキは甘辛煮をクリームシチューで浸しためし。北村席にしては質素な夕飯。
「さっき、門にいた新聞記者たちが、あしたの巨人の先発は小笠原かもしれないと言ってました」
 ヒデさんが、
「青高三年生のとき、小笠原くんがエースでしたけど、味方が打てなさすぎて勝てませんでした。やっぱりプロ級の人だったんですね」
「うん、今年五勝くらいはすると思う。対戦するとなると、複雑な気持ちだよ。打ちたいけど、勝たせてやりたい気もする。でも結局、真剣に打ち負かそうとするだろうね」
 主人が、
「ほかのチームから勝ち星を挙げなさいということやね」
「そうなりますね。もちろん打っても負けることがあるでしょうが」
 カズちゃんが、
「小笠原くんは何度か青森市営球場で見たけど、気持ちのいいピッチャーだったわね。球が速かった」
 百江とソテツがダッフルとスポーツバッグを土間の上がり框に置く。ソテツに、
「枇杷酒と、サントスの挽き粉とフィルターをバッグに入れといて」
「はい。ドリップセットを送りましょうか」
「そうして。お湯はホテルにあるから」
「あしたには届くと思います」
 納戸部屋へいき、ジャージをブレザーに着替える。カズちゃんとトモヨさんが用意したのは、厚手の濃い灰色のツイードの上下だった。座敷に戻り、しばしの別れの挨拶をする。


         二十九 

「そうだ、カズちゃん、ほらあれ、花ござ、と言うのか花むしろと言うのか、柄つきのゴザがあるでしょ? あれを勉強部屋に、椅子の後ろだけでいいから敷いといてほしいんだけど。落ち着いたデザインのものをね。板床はなんか寒々しい感じがして」
「福岡か岡山の茣蓙(ござ)ね。見つけて敷いとくわ」
 女将が、
「イグサで織ったものやろ。大門あたりの畳屋さんに注文すればええわ。名鉄にも売っとるかもしれん。二畳か三畳くらいのものしか売っとらんのとちゃう?」
「二枚買えばいいじゃない。冬は暖かいし夏は涼しいし。音楽部屋にも敷こうかな」
「うん、音楽部屋にも敷いたほうがいいね。席のステージ部屋はいらない。演奏の雰囲気が壊れる。じゃ、いってきます」
「いってきや」
 トモヨさんが、
「いってらっしゃい。席のことはご心配なく」
 カズちゃんが、
「何かあったらすぐ電話してね」
 賄いたちが、
「いってらっしゃいませ」
「いってらっちゃい、おとうちゃん」
「いってくるよ。おたがい六日間、元気でいよう」
「うん」
 直人とカンナの頬にキスをする。千佳子が、
「帰ってきたら山口さんのリサイタルですね」
「うん、それを楽しみに帰ってくる」
 睦子が、
「六日間おからだにお気をつけて。テレビで応援してます」
 百江が、
「おケガをしないように重々注意してくださいね」
 声をかけるみんなに笑顔でうなずき、ダッフルを肩に掛け、スポーツバッグとバットケースを手に提げる。靴を履く。見上げているジャッキの頭をなぜる。主人と菅野も靴を履く。ヒデさんが、
「私もお見送りにいきます」
 と言って靴を履くと、睦子と千佳子とキッコが微笑しながら同じようにする。
「改札まででいいよ。人が寄ってくるから新幹線ホームは危ない」
 男二人と女四人を除いた一家が上がり框で見送り、ソテツとイネと千鶴と幣原がジャッキといっしょに門まで小走りにいく。
「いってらっしゃいませ」
 ソテツたちが門前で頭を下げる。男女六人が駅まで同行する。ヒデさんが、
「すごい……。郷さんはどこへいっても太陽なんですね。とうとう永遠の人のそばで暮らせるようになりました」
 睦子たち四人がまた微笑し合う。主人が、
「ワシらはもう一年以上も神無月さんといっしょに暮らしとりますが、まったくその気持ちが薄れんのです」
 菅野が、
「出会ったときからだと五年ですが、社長の言うとおりです。薄れないどころか、年々濃くなります。神無月さんはただプロ野球選手としてまじめに生きてるだけなのにね」
 キッコが、
「神無月さん、プロって何?」
「うーん、むかしはプロプロってうるせえよ、えらそうに、と思ってたけど、このごろは自分だけのプロの観念が定まったんだ。まず、周囲に期待されていること、次に、自分としてやらなければならないと信じることを万遍なく、揺らぎなくできること。つまりそういうふうに生きてる人はみんなプロだって。一介の母親であれ、ブルーフィルムの役者であれ、そう思っている人はそうできなくなったときが引退のときだね。だから早々に引退する人もいれば、死ぬまで引退しない人もいるということだよ」
 主人が、
「みんなプロですか。……ありがたい」
 改札で男二人といつもの握手。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
 女四人と握手。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
 改札員に切符を切らせて振り向き、笑いを交わす。手を振り階段を上る。ホームに滑りこんできたひかりのグリーン車に乗りこむ。一時間五十分余の旅。浜松、静岡、三島、新横浜まで、目を疲れさせないために目をつぶってすごす。眠らずに目をつぶるだけなので、こんなとき音楽か落語があればいいなと思う。新横浜で目を開け、品川まで十分間、都会の景色を眺める。どのビルにも目を留めない。八時三十五分、品川着。都会だ。さっそくチラチラ見られだす。気温三・七度。高輪口に出てタクシー乗り場に出る。二、三人待って、目の前につけた車の運転手にダッフルを示す。いき交う人びとから、神無月だ、神無月だ、という声がする。三十代の運転手は飛び出してきてトランクを開ける。荷物を私から受け取ってみずから収める。急いで運転席に戻って自動ドアを開ける。
「どちらまで」
「赤坂のホテルニューオータニ」
「はい。六本木から赤坂へ抜ければ三十分かからずに着きます」
 愛想よく応え、上機嫌で出発する。
「間近で見るととんでもない美男子ですね。うれしいなあ。あしたは巨人戦ですね」
「ええ、オープン戦でたった一試合です」
「日刊スポーツに、巨人の先発は神無月選手と高校同期の小笠原ではないかという予想が載ってました。複雑な心境でしょうね」
「はあ、親しい友人でしたから。打ちたいし、勝たせたいし」
「わかります。でも打っちゃうでしょうね。これ国道15号線です。泉岳寺を通って赤羽橋へ向かってます。国道1号線に入ります」
 慶應大学、三田病院と教えられながら過ぎ、赤羽橋。
「ここから桜田通りと呼んでますが、1号線のつづきですよ。右手にあるのが有名な芝公園。東京タワーが見えますね」
「はあ」
 イルミネーションが夜空に美しい。直人の土産。どこで手に入れようか。
「東京タワーのミニ模型は、やっぱり東京タワーにしか売ってませんか」
「はい、二階か三階の土産物売り場で。ほかで売ってるという話は聞いたことがありませんね。だれかに頼まれたんですか」
「はい、子供に」
「神無月選手のお子さん?」
「隠し子です」
「プッ! ユーモアありますね」
「ハハハハ」
 この数日間のうちにここまで買いにこよう。左折。
「外苑東通りです」
 今池のようなビル街を抜けて、飯倉片町の信号に出る。
「このあたりが六本木です」
「それほど派手な街じゃないですね」
「ビルの中が派手なんです」
 信号を右折するとき右を見ると、東京タワーが真正面に見えた。
「右手の緑は麻布小学校の生垣です。ここから溜池の交差点までは、いわゆる六本木通りですね」
 左手はイチョウ並木のビル街がつづく。六本木二丁目の交差点。
「右側の緑の向こうはサントリーホールです」
「酒を飲ませるミルクホールですか」
「アハハハ、ミルクホール、ハハハハ」
 溜池の交差点を左折。
「外堀通りに入りました。もう少しで着きます。ところで、先日甲子園のライト看板の上に記念ポールが立ったそうです。神無月選手のホームランが通過したあたりです。それから中日球場では、百六十八号のボールをガラスケースに入れて正面入り口の廊下に永久展示することになったそうです。おめでとうございます」
「どうも」
 溜池山王、赤坂見附と過ぎ、永田町を右手に見て、馴染みの弁慶橋を渡る。紀尾井町通りだ。
「気難しいかただと新聞雑誌に書いてありましたが、気さくなので驚きました。……あの」
「サインですね、いいですよ」
「ありがとうございます! 私、品川タクシーの及川と申します」
 紀尾井坂から回って、例のスロープのふもとにつける。薄いカバンを小脇に挟んで車を降りる。私も降りる。トランクから荷物を三つ抱え下ろして私の足元に置く。カバンから色紙とサインペンを取り出し、
「いつ何どきどんなスターと遇うかわかりませんからね。常に用意してます。ただのスターじゃない、ぴょんと日本一、世界一の人に巡り会っちゃった」
 差し出された色紙にサインする。教えられた名前と日付を書き添える。
「ありがとうございました! 一生の自慢の種ができました。子供はまだ五歳ですが、大きくなってこの色紙を見たらびっくりするでしょう。同僚は遊びに来たやつだけに見せます。天下の天馬のサインですからね、簡単には見せられませんよ。じゃ、一年間、いやこれから何年もつつがなくご活躍をつづけられることを祈っております。失礼します」
 深く礼をして運転席に戻った。運転手は常務ノートにメモをし、料金を受け取らずにメーターを上げて去っていた。私はタクシーのテールランプに直角に礼をした。
 チェックイン。いつものとおり丁寧な挨拶をされる。五階八号室。荷物をカウンターに預け、なだ万にいく。閉店まで三十分ある。たまたま入口で看板灯のコンセントを抜こうとしていた城山店長に、
「こんばんは。城山さん、お元気ですか」
「おお、神無月さん! いらっしゃいませ。おひさしぶりです。ことしも始まりましたね」
「始まりました。今年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。ご丁寧に畏れ入ります」
 小座敷に案内される。隣の座敷から賑やかな人声がする。仲居が手拭きとメニューを持ってきた。
「一平くんはお元気ですか」
「はい、中三になりました。神無月さんのサインを机に飾って、勉強に励んでます。自分は運動音痴だし、勉強もなかなかうまくできないが、職人の技術には興味がある。特に料理に興味がある。いまは中学生の本分である勉強を一生懸命やるつもりだ。でも、中学を出たら料理人の道を目指したい。神無月さんのように精いっぱい一つのことに挑む人間になりたい、と言うんです。私は高校大学と進んでほしいんですがね」
「そういう生き方に人間としての美点を見出さなかったんでしょう。父の姿にあこがれるというのはすばらしいことです。ぼくの姿にもあこがれてくれたのはうれしいですが、それは付け足しで、跳び箱の踏み板でしょう。弾みをつけようとしているだけです。跳ぶべき箱は城山さんです。城山さんの技術と情熱にこれだという美点を見つけたんですよ。応援してやるべきです」
「……ありがたいお言葉です。卒業までに気持ちが変わらなければ応援してやることにします。もちろん見守ることもし、教えることもします」
 メニューを傍らへ押しやり、
「そうしてあげてください。勉強というのは、発見した道がないとき仕方なくやるものです。きょうは正式なコース料理でなく、単品をいただきたいんですが」 
「はい、何でもお作りしますよ。何にしましょうか」
「カツ丼をお願いします。それからビールの小瓶を」
「承知しました」
 仲居といっしょに退がった。十時四十分。今年も〈住み慣れた〉部屋に荷物を解いた。ブレザーを吊戸棚に掛け、ジャージに着替える。机の上にジャン・クリストフと、数カ月記すことのなかったいのちの記録を置く。感懐にかぎらず、牛巻坂で思いついたことでも書くつもりだ。
 三号室から七、九、十一、十三号室とドアを叩いて回ろうと思って廊下に出たが、変更になっていたら見知らぬ人に迷惑をかけるのでやめた。部屋に戻り、いのちの記録を開く。

 ホームランの意味。空を背景に、牛や木の命を打球に再生すること。本気でそう考えたわけではない。ふと感じただけ。こんなことを言ったら、臼山は喜んで書くだろうが、言わない。

 ルームサービスでコーヒーを頼む。ドリップセットはあした届く。五分ほどして届けられたコーヒーを飲みながら、ジャン・クリストフ。青年、二。
 引っ越した家には中庭がある。反対側の棟の一階にザビーネという名前の二十歳の借家人が住んでいた。上下二室も借りている。寡婦になったばかりで、幼い娘が一人いる。二室のうち下の一室を使って小さな小間物屋をやっているが、働き者ではなく、十五歳の小娘を雇って彼女に店をやらせ、自分のおさんどんもさせている。店の景気は悪かった。実直一途な大家一家は彼女が気に入らず、近隣の者たちといっしょになっていつも悪口を言っていた。
 店の前には中庭と別区画の小庭がついている。中庭とは蔦の絡んだ針金の生垣で仕切られている。庭は荒れ放題。娘はいつもそこで土いじりをしている。クリストフは窓越しに二階のザビーネが無頓着に下着姿で動き回るのを見る。部屋を片づけない不精な女で、愛嬌のある顔をしているのに化粧っ気もなく、したがって男っ気もなかった。クリストフは熱心に彼女を観察した。徐々の接近。
『愛されなくとも彼女は平気だった。そのゆえにまただれでも彼女を愛した』
 抱き合おうとして抱き合わない。苛立たしくなって本を閉じた。


         三十

 三月八日日曜日。七時五十分起床。晴。四・四度。枇杷酒から始まるルーティーン。ふつうの軟便。尻だけシャワー。ジャージを着、運動靴を履き、首にタオルを巻いてロビー階に降りる。エレベーターで中と遇う。
「よ、おはよう。ランニングは遠慮するよ。キャンプで少し溜まった水を抜いたばかりだから。試合は出る」
 ロビーのソファで新聞を手に憩っている仲間たちと遇う。一枝が、
「きたきた。待ってたぞ」
 挨拶を交わす。八時十五分を回っているが、みんな朝食はまだのようだ。中は挨拶をすますと最上階のビュッフェへいった。
「みなさんきのうの夜に着いたんですか」
 高木が、
「そう。きょうくるのは健ちゃんだけだろうと思ってたら、やっぱりきのうの夕方にきたよ。先発だし、ホテルを十時半出発じゃね」
 全員なだ万弁当を注文する。
「いくか!」
 江藤が大声を出す。裏口を通って清水谷公園へランニングに出る。江藤、高木、一枝、菱川、太田、秀孝、谷沢、戸板、私を入れて九人。小川と木俣はきょうの打ち合わせのため不参加。
 圧倒的な緑に包まれる。時計回りに走り出す。紀尾井町通りに沿って心字池を巡りはじめる。花の咲いていない藤棚をくぐり、書院ふうの民家を二、三軒過ぎ、一周を終えるあたりで大久保公碑に出る。碑の脇からつづく、石で縁取った土の階段を登る。延々と議員宿舎までつづく。緑の中を登り切り、緑の中をくだっていく。心字池に戻る。
「もう二周!」
 無言であと二周する。出入り口前の空き地で三種の神器。片手腕立て五回ずつ。江藤は三回ずつ、戸板と谷沢は一回でダウン。
「江藤さん肘だいじょうぶですか」
「全快たいね。えずかけん、三回以上はせん」
 高木が、
「俺も片手腕立てをつづけたおかげで肩が全快したよ」
 サツキで朝食。玄米オムレツ、モーニングステーキ、醬油漬けイクラめし一膳。高木は八穀米めし一膳とクロワッサンとヨーグルト。
「早めに弁当食うからこれでいい」
 戸板が、
「片手腕立てはハードですね」
「おまえピッチャーやけん、肩と肘の強さに拘らんといけん。ときどきでよかけん、右五回から十回はできんようにせんとな。腕を鞭のように振れるだけの肩の力で足りると思うとると、いずれ壊すばい。しょっちゅうやると腕が太くなる。週に二回くらいでよか。できるようになったら週に一回でよか。谷沢は五回以上やれんば、バッティングのための前腕と上腕の筋肉が鍛えられん。五回以上できるようになったら、やっぱり週に一回でよかよ」
「はい」
 菱川が、
「神無月さんは二十回やれるけど、参考外だね。それにいつもやるわけじゃない。気が向いたときだけだ。へんに筋肉がつくと、からだの動きが鈍くなるからね」
 私は、
「力がつきすぎると、ものごとを軽くやるようになっちゃう。その分どんよりになる。敏捷に全力で振ったり投げたりしないと野球は美しくない。適度の筋肉じゃないとそれができない。片手腕立ては肩と肘の基本力維持のためにやってる。バーベルは月に一回くらい娯楽でやる」
 秀孝が、
「毎日やるのは?」
「ほぼ毎日やるのは、ランニングと、三種の神器と、素振り。ランニングは五キロから十キロ。ごくたまにやるのは、一升瓶と、ダンベルと、倒立腕立て」
「まったくやらないのは?」
「野球の練習じゃないけど、他の球技とゴルフとボーリング」
 一枝が、
「笑わしたいんだろうが、笑えないぞ」
 太田が、
「さ、支度していきましょう」
「おしゃ」
 自室に戻り、バットとグローブとスパイクを乾拭き。しばらく窓外の緑をぼんやり眺めてから、ユニフォームに着替え、運動靴を履き、帽子をかぶる。荷物を持ち階下に降りると、水原監督やコーチ陣やベンチ入りの選手たちが玄関にたむろしている。トレーナーやマネージャーやスコアラーたちもいる。三日ぶりの挨拶を交わし合う。待機していたホテルのバスに乗りこむ。仕切り綱をつかんで叫ぶファンの群れ。両手を広げる警備員と松葉会の人びと。前三列を占める監督コーチたちを除いて、めいめい勝手な席に座る。私はかならず江藤と座る。後楽園球場まで十五分の旅。歓声と嬌声の中を走り出す。太田が、
「始球式は千葉茂五十一歳。昭和十年代二十年代の巨人の名セカンドだそうです」
 小川が後ろの座席からヌッと顔を覗かせ、
「どっからそんな情報仕入れるんだ」
「新聞の隅っこに載ってますよ」
「俺は新聞の隅っこなんか見ないぞ」
 宇野ヘッドコーチコーチが、
「千葉さんは引退してから十五年になるね。六年ほどいっしょにやった。小さい人で百七十センチない。バットを肩に担いで寝かせて打つライト打ちの名人だった。飛行機を怖がってぜったい乗らない」
 太田コーチが、
「スタメンいくぞ。先発、健太郎」
「おし!」
「バンテは小野親分」
 小野さんがいたのかと振り返ると、最後部より少し前の席で木俣や控え投手たちと歓談していた。
「三番手以降は投げたいやつがブルペンにいってアピールしろ。五日に投げたばかりの戸板、水谷寿伸、田辺、渋谷は無理するな。どうしても投げたいというなら止めん。打順は五回までの予定で、中、高木、江藤、神無月、木俣、菱川、太田、一枝。六回から一番ショート日野、二番サード坪井、三番センター江島、四番ファースト谷沢、五番セカンド江藤省三、六番キャッチャー新宅、七番ライト千原、八番レフト伊熊。六回以降は打てなくても引っこめない。ほか、代打代走に西田、井手、竹内を予定してる」
 大雑把だが、これが神軍と呼ばれるゆえんだ。桜田濠、半蔵濠、二松学舎大を通って九段坂上に出、靖国通りを右折して田安門、九段下、神保町の交差点を左折、水道橋を渡って後楽園球場到着。水原監督が、
「今年からホームラン噴水はなくなったよ。八年間の命だった。あれはうるさかったからよかったね。ベンチ端からレフトとライトスタンドのポールぎわ十四、五メートルまで一段低かった内野スタンドが大拡張されて、ジャンボスタンドというものになった。照明灯がそのスタンド上部に取りつけられた。照明灯はこれまでどおり八基だね。これまでのポールぎわの場外ホームランはジャンボスタンドの下段に飛びこむだろうな。ジャンボからジャンボにかけてのスタンドはこれまでどおりだ。ジャンボのせいで日立と大丸の大広告ネオンは消えたよ。残念なことだが、四月から白黒の全電光式スコアボードになる。手書きのなつかしさとはさよならだ」
 内外野全面に貼られた美麗な天然芝と、スコアボード両側のパイオニアの広告を思い出した。長谷川コーチが、
「困ったことに、ブルペンがファールゾーンから内外野接合部の狭い空間に移動した。遠いぞォ」
 足木マネージャーが、
「収容人員は三万八千人から四万二千三百人になりました。甲子園球場にあと五千人と迫る数字です」
 中が、
「金太郎さん、後楽園球場を作ったのは、金太郎さんが高校時代をすごした飛島組なんだよ」
「へえ! 知りませんでした。甲子園球場は?」
「大林組」
 杉山コーチが、
「みなさん何でも知ってますな。野球クイズに出てもいいくらいだね」
 十時四十八分、後楽園球場正面玄関にバスが到着する。ものすごい人だかりの中へ降りる。彼らを搔き分けて入口を抜け、回廊を歩いてそれぞれの部屋に入る。監督室、コーチ控室、マッサージ室、素振りの鏡部屋、そして私たちのロッカールーム。ほかに回廊には関係者食堂や、公式インタビュー室がある。インタビュー室はめったに使わない。
 ズック靴をスパイクに履き替え、グローブとバットを持ってベンチに入る。巨人のバッティング練習が終わりかけている。国松と末次が打っている。ケージやベンチに群がる数十人のカメラマンたち。高層ビルのようなジャンボスタンド。そこまでするかという感じだ。外野の看板と同じ高さの看板が鉢巻のように場内を一周し、その下が一階席、その上が同じ幅で二階席、ジャンボスタンドはさらに建て増しされて、背高のビルのように空に突き出している。あそこまでいくのはたいへんだろうし、あそこからでは選手が米粒のようにしか見えないだろう。日立と大丸の大広告ネオンはみごとに消えている。今月で最後の手書きスコアボードが美しい。右打席でのめり左打席で反り返る柴田の打撃を見る。感心しないが力持ちだ。打球がよく飛ぶ。
 遠くライトファールゾーンのブルペンで二人のピッチャーが投球練習をしている。一人はテルヨシだが、もう一人はわからない。テルヨシのフォームがますます美しくなっている。もう一人のピッチャーよりはるかに球も速い。背番号が見えない、と思っているうちにほかの二人に入れ替わった。打球に注意せよと務台嬢の声が響く。あのブルペンの位置はライト線レフト線のヒットのじゃまをするかもしれない。
 入場を十一時少し前に早めたようで、続々と客が入ってくる。あっと言う間にスタンドは九分の入りになった。ベンチの前に出てネット裏を見た。貴賓客ばかりのようで幻滅する。それでも目を凝らす。いた。中段の上方。大沼所長(いまはちがう役職だろう)、飛島さん、三木さん、山崎さん、佐伯さん。日曜日の午後一時。年間招待席にこないはずがない。手を振る。気づいて思い切り振り返す。カメラマンの一団が私に向かって走ってくる。あわててベンチの奥へ引っこむ。江藤に、
「大沼所長たちがいました」
「ほうね。うれしかな。がんばらんば」
「はい!」
 王と長嶋が〆で打ちはじめた。王の左足の安定度、長嶋のタイミングのとり方に目を凝らす。どちらも私にはない卓越したものだ。
 十一時五分巨人の打撃陣がベンチに引き揚げた。千原と西田がケージに入る。バッティングピッチャーは佐藤と門岡。私はレフトのブルペンに向かってゆっくり周回をはじめる。レフトポールを過ぎて左中間あたりまでは拍手が湧いていたが、そこからは巨人ファンのスタンドが静まり返った。ポールからセンター定位置へダッシュ、二十秒休み、そこからライトポールへダッシュ、休み、センターへダッシュ。フェンス前で鏑木に手伝ってもらって柔軟。菱川と太田の打球が飛んでくる。コーチたちが拾い集める。
 ブルペンに小川と小野がいった。五分交代ぐらいで続々と次のピッチャーがいく。渋谷、伊藤久敏、松本、若生、川畑。彼らが三番手候補か。江藤とケージに入る。三塁側スタンドから大きな拍手が上がる。ネット裏は静かだ。カメラマン連中が集まり、盛んにフラッシュを光らせる。二人でポンポンとスタンドに放りこむ。二人で看板に当てる。
「ジャンボに入れたれや。ワシャ無理たい」
「百三十五メートルくらいですよ」
「引っ張り切らん。ふつうの場外のほうが美しか」
「やってみます」
 門岡の内角低目のストレートをポール目がけて引っ張り上げ、どうにかジャンボスタンドにぶちこむと、球場全体から轟然と拍手が上がった。巨人ベンチの面々がボーッとした表情で眺めている。ケージの後ろで水原監督と川上監督がそれを見やりながら立ち話をしている。帽子を取り、辞儀をして別れた。
 高木と一枝に交代。左中間とレフト線へするどい打球が飛ぶ。たまにスタンドインもする。高木は打ち終えると弁当を食いにいった。私と江藤はベンチでゆっくり見学。木俣と谷沢の打球がするどい。当たっている。木俣は一本レフト看板に打ち当て、谷沢は最後にライトスタンド中段にライナーで突き刺した。
 十二時十五分。巨人の守備練習。私たち弁当組はロッカールームへいき、そうでない者は選手食堂へ急ぐ。菱川が、
「おもちゃのブロックで組み立てたみたいで、なんか……」
 太田が、
「あのデコボコは違和感がありすぎですよ」
 一枝が、
「お客さんが気の毒だ。選手は小さすぎて迫力がないし、ボールがほとんど見えないだろう。打球の方向がわからない。一階の客がワーッて騒ぐのを聞くだけじゃないの」
 私は、
「中日球場だけはこういう事態を避けたいですね」
 中が、
「避けられないんじゃないの。ここまではならないと思うけど、改修改修で、十年もしたら別物になってるよ」
「せめて電光掲示板くらいですんでくれればいいんですけど」
「……二、三年はだいじょうぶだろう。小山さんなら―」



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