| kawatabungaku.com 川田文学.com |
《パティ・ペイジ(1952) 涙のワルツ》
イージーリスニングにも才能と抒情の心張棒が通っていないと、聴く気にならない。十二、三歳のころには、アメリカンポップスやカンツォーネと並んで、単純明快なメロディーのジャズボーカルも頻繁に聴いた。その中に、パティ・ペイジの『涙のワルツ』があった。その何とも言えない哀愁に満ちたメロディと歌声は私の心を魅了した。胸の奥底に眠る根源的な郷愁が疼いた。
きちんと聞き直したのは早稲田時代だった。その少し前に流行った『テネシー・ワルツ』は、江利チエミの演歌調の歌唱の影響もあって、好きにはなれなかった。『ワン・ワン・ワルツ』も好みではなかった。やはりこれ一曲なのだ。
英語が多少わかるようになってから聴いた歌なので、歌詞を紐解いてみるとそれまで抱いていたイメージとまったくちがっていて驚いた。私が抱いていたイメージは、好きな男がほかの女と結婚する場面の絶望と悲しみの吐露、というものだった。ところが実際の歌詞を読んで、単なる女友だちの結婚式の情景とそこに寄せる想いを唄っているものとわかった。すばらしいメロディの曲はメロディだけを聴く。歌詞は二の次だとつくづく思い知る。
60年代ポップスの影響は甚大である。山下達郎、井上陽水ら代表的なメロディメーカーの仕事をケミすればわかる。山下は「私は60年代ポップスの奴隷です」とまで言った。井上の『クレイジー・ラブ』は頭の先から足の爪先まで60年代ポップスそのものである。―60年代ポップス。その抒情的で哀切なメロディと、美しい歌声の波動は私の胸から永久に去らない。曇りなき、光あふれる天上から降ってきた奇跡の思い出。