四十三

 小川が、
「最後の夜だ。新人ども、ウォンタナに飲みにいくぞ」
 控えのほとんどが立ち上がる。二軍選手の中にも羨ましそうにするいくつかの顔がある。しかし、彼らにはあしたからキャンプの延長のようなきびしい練習が待っている。背筋を伸ばした礼をして、キャッスルホテルへ帰っていく。
 水原監督、本多二軍監督、七人のコーチ連、トレーナー二人、江崎スコアラー、足立マネージャーは、中や小野といっしょに自室に引き揚げ、高木と一枝は小川や新人九人といっしょに玄関から出ていった。先輩三人は財布係だ。シーズン中の高木は試合が終わるといちばん先に帰る。キャンプ中とは言えこんなことはめずらしい。私は、江藤、木俣、菱川、太田、秀孝とロビーに出て、コーヒーを飲む。木俣が、
「モリミチさんと俺は教育リーグというやつで、ドラゴンズで初めてアメリカへいかされたんだよ。昭和四十年だから入団して二年目だ。モリミチさんは五年目。フロリダのタンパというところだった。十一月ひと月いて、帰国するとき、セネタースのセカンドにこないかってモリミチさんに声がかかった。俺はぜんぜんだったけどね。もしモリミチさんがいってたら、日本人大リーガー第一号だったな。どうすんのって俺が尋いたら、そんなもんいくかって言ったよ」
 菱川が、
「とんでもないポテンシャルですね。うちの下のやつらと比べものにならない。だいたい二軍が一軍といっしょにめしを食うなんて、前代未聞ですよ。入団から六年、一度もなかったなあ」
 木俣が、
「水原さんが二軍を大事にするのは、ローテーションの五、六番手のピッチャーがほしいからなんだ。バッターじゃない。二軍にいるバッターはまず先がない。伊熊、井手、三好なんてのを見ればわかる」
 江藤が、
「五、六番手とか七、八番手のピッチャーゆうても、新人の渡辺、佐藤、田辺、渋谷、松本は即戦力やろうし、秀孝と則博と土屋が引っこ抜かれたいまは、もうほかにおらんやろう」
「いないなァ。一人も。……みんな今年も一軍登板なしでしょうね」
 私は、
「また高木さんの話をしますけど、ドラゴンズは彼のおかげでだいぶアウトを得してますね。抜けそうなボールがめったに抜けない。処理したあとも平然としてます。それどころか憮然としてます。クールビューティ」
「極端なこと言うと、モリミチさんはバッターが打つ前にからだが動くんだ。するとバッターがそこに打つ。どうしてそんなことができるんだと訊いたら、おまえのミットを見ればわかると言ったよ」
 太田が、
「ポジショニングがすごいということですね」
「そうだな。たった一度だけど、こんなことがあった。バッターがサードゴロを打った、セカンドがカバーに入る、そこまではあたりまえだ。でもな、サードの暴投をノーバンで捕れる位置までは走れないよ。それをモリミチさんはやった。ビックリこいた。すごいなあって褒めたら、木俣、おまえもうカバーにこなくていいって言われた。そんな重たいもつけて走ってたら疲れるだろう。俺がぜんぶ捕るからって。キャッチャーもいちおう一塁カバーに走るからね。それからいままでずっとラクしてる。いくようなふりをして、いかない。コーチが見てるからふりはする」
 笑い声がいっせいに上がる。木俣もいっしょに笑って、
「これも何度も話したことだけど、モリミチさん毎日ユニフォームを替えるからね。ユニフォームだけじゃない。ストッキングやアンダーソックスも替える。試合後はかならずスパイクを磨くし、アンダーソックスはゴミ箱に捨てて帰る。俺はそれを拾って、家で洗って、次の日に穿いてく」
 さらに大きな笑いが上がった。菱川が、
「車も三年で替えるんですってね」
「うん、車検ごとにね」
 江藤が、
「むかし北陸シリーズの帰りに、真っ赤なベンツに乗せてもらったことがあったばい。飛ばし屋やったっちゃ。十時に福井を出て、名古屋まで四時間半の予定時間を二時間半で帰った。米原から大垣まで、名神高速を百五十キロで飛ばすんやけんなあ」
 秀孝が、
「そのスピードで事故起こしたら、確実に死にますよ」
 太田が、
「家族もちなんだから自重しないと。プロ野球選手の自動車事故は多いから」
 江藤がポツリと、
「いつか金太郎さん言っとったことがあったろう、名古屋に家ば建てて、家族を呼んだらどうかて」
「はい」
「じつは恥ずかしゅうてずっと言わんかったばってん、五、六年前、東山動物園の裏に一戸建ての家を借りて、女房子供を住まわしとったことがあったっちゃん。二年ぐらい」
「へえ!」
 木俣が驚いた。
「足木さんだけが知っとう。ほかはだれも知らん。ワシが寮住まいの格好ばして、あまり東山に帰らんかったけんな。帰るときは、新聞記者やら、仲のよか柿本やら権藤やら引き連れて、家でどんちゃん騒ぎばするときだけばい。なんでその家ば引き払うて福岡の家に家族ば戻したかちゅうと……家族が哀れになったけんたい」
 秀孝が、
「どうしてですか」
 菱川も太田も身を乗り出した。
「首位打者二年連続で獲って、年俸が一千万超えて、いい気で浮かれとるころやった。ホームで巨人戦があるたびに、熊本から両親が出てきて、ワシのバッターボックスに一喜一憂するっち。女房も子供も巻きこんでな。勝っても負けても家で大宴会たい。近所からお手伝いまで呼んで、飲んで食って騒ぐ。娘のビニールプールば庭先に出して、氷水入れてビールばわんさと冷やす。記者たちが好きなように取りくさってガンガン飲む。娘が、孝子ちゅうんやが、悲しそうな顔しての、あれ私のプールなのに、てボソッと言いよった。その家は、深夜になると動物の鳴き声が聞こえてくるごたる静かな住宅地やった。ばってん、巨人戦になると、大散財たい。近所の商店街から食材やら酒やら次々に配達される。かならず庭でバーベキュー。ワシは調子に乗ってギターば弾いて大声で唄いまくる。何べんも警察に通報されたっちゃん。マーシャルとも仲ようしてな、女房がカタコトの英語ばしゃべれたけん、マーシャルの奥さん連れて松坂屋なんかへいってやっとった。そうやって周りの人間に給料ば使い散らして、残ったほとんどの金を熊本の親兄弟に送った。せっかくそぎゃんよか環境に家ば構えたのに、ワシのバカさかげんで家族に苦しか思いさせてしもうた」
 菱川が、
「それで自動車整備工場の―」
「おう、バカタレよのう。そんなわけで、女房子供ば福岡に帰した。やつらもホッとしたやろうもん」
 新聞記者ばかりでなく、ボールボーイや用具係やグランド整備員にも配慮のある接し方をする江藤の真骨頂を覗き見たように感じた。菱川が、
「それで、四十二年くらいから寮に住みこんじゃったんですね。思い出しますよ。試合が終わってから、寮部屋でユニフォームを着たまま江藤さんたちが飲んで食ってる。山賊の酒盛りですよ。おもしろいから仲間に加わって飲んで食う。そのうち、ギター持ってこいになる。神無月さんとはまたちがったいい声でね、飽きないんですよ。その弾き語りが十一時くらいまでつづく。杉山コーチがやってきて、おまえらユニフォームのままでそりゃねえだろ、て笑いながら言うんですよ。叱りたいのはそこじゃないのに、叱るに叱れない。まだ希望に燃えてた井手もいたっけなあ」
 木俣が、
「何年か前、放棄試合になりそうなことがあったですね」
「あった、あった。その四十二年の九月の巨人戦。西沢監督が塁審の判定に食いついたやつな。はっきり憶えとる。ワシが関係しとった」
「はい。佐藤公博と板ちゃんで四回までに三点取られた。むこうは金田が投げてて、六回を終わって、葛城さんのホームランが出て三対一。七回表、金田がライト前ヒットで出塁して、一番の柴田がレフト線にヒット、ツーベースを狙って二塁へ走ろうとしたら、金田が二塁に止まってる。次の日の新聞によると、足を捻挫したくないという理由だったそうです」
 それはないだろう。走れ走れの金田が。
「柴田はあわてて二塁近くから一塁に戻ってきよった。葛城さんから伊藤竜彦へ渡った中継ボールがワシのミットにスパーン。柴田の足にタッチしたっちゃ」
「塁審の円城寺がサッとアウトの手を挙げたんですよ」
「おお、したら柴田が怒りくさって、円城寺さんば突き飛ばしよった。一塁コーチの荒川と三塁コーチの牧野が円城寺さんに突っかかって、荒川が喉輪ば食らわしてくさ。五十八歳の喉ば絞めるか? 根性腐っとる」
「二塁から〈走ってきた〉金田までその場にいましたよ。たまらんという感じで、円城寺がセーフてジェスチャーしたんですよ。西沢監督を先頭に、近藤コーチと本多コーチと杉山コーチが血相変えて飛び出してきて、とうとうあの温厚な西沢さんが円城寺の胸をついて―」
「座布団、弁当箱の乱れ飛びたい」
 また円城寺か。九年ぶりにその名前を聞いた。しかしコトの張本人は走塁をサボった金田だなと思った。太田が、
「円城寺って、あれがボールか秋の空の」
「うん、そいつだ。西沢さんに胸を突かれて、苦し紛れに、責任をとって辞めますと言った。西沢さんは、ほんとうだな、その言葉忘れるなよって」
「円城寺さんがセーフてひっくり返したのがいっちゃんいけんばってん、あの西沢さんの言い方はいけん。辞める前に判定の正義ば行なえて言わんば」
 菱川が、
「俺そのときベンチに入ってて、細かく憶えてます。フェンスの金網を壊して客が乱入しだしたんで、白ヘルかぶった警官が二十何人もズラッと並んでね、円城寺辞めろという野次と対峙してる感じでした」
 木俣が、
「二十何人は機動隊だ。中署や中村署や熱田署から百人の応援部隊がきた。フェンスにズラーッと並んだからな。ベンチの奥にいた野崎オーナーがグランドに上がって、騒ぐな、もうあいつはクビだから、ってスタンドに向かって大声で叫んだのにはびっくりした。そばで聞いてた金田が、なんてこと言うんや、バカヤロー、それが球団幹部の言うことか、って怒鳴ってね」
 なぜか笑えた。私は、
「審判のクビの話じゃなく、判定の話じゃないんですか。みんな判定のこと忘れてたんですか」
「ワシもそう思っとった」
 菱川が、
「それどころじゃない状態だったんです。調子づいて松田常務までベンチから飛び出していって、バカヤローとはなんだ、取り消せ、とやりだして、わけがわからない。球場のあちこちで客同士の小競り合いまで始まって、もうスッタモンダですよ。結局判定はセーフのまま、柴田と西沢監督が退場になったんですけど、判定ひっくり返されたうえに西沢さんまで退場になったんじゃ納得いかない。ドラゴンズの選手は勝手にベンチに引き揚げる。江藤さんもノロノロ最後にベンチに帰ってきました。俺たち控え組は、ロッカールームに戻って帰り支度を始める。どうせ試合はなくなるからお呼びはかからないと思ってましたから。その服装で待機してたけど、何の連絡もない」
「ワシはベンチでじーっと座っとった。何があっても試合だけはやり終えんといけんて思うてくさ」
「ベンチを覗いたら、江藤さんたちがぼんやりグランドを見てましたね」
 江藤はくだらないことには怒らない心根の人間だ。大好きな野球ゲームの完遂だけを願う少年だ。試合中止になった雨空を見上げつづけた少年。正月も素振りを欠かさない男という新聞の見出しを中学生のころに見た覚えがある。ベンチにじっと座っていた江藤の背中が浮かんだ。胸の奥深いところが疼き、そしてかぎりなく安堵した。
「一時間何分か中断して、試合が始まったっち。斜めに倒れとった金網ば応急処置で真っすぐにしてな。照明灯の春日井シトロンソーダちゅうネオンばはっきり憶えとるばい」
 秀孝が、
「菱川さんたちはユニフォーム着直してベンチに戻ったんですか」
「そう。試合再開のアナウンスがあったからな」
 木俣が江藤に、
「あのまま放棄試合になるところだったんですよ。そうなると、連盟に制裁金を払い、相手チームに賠償金を払わなくちゃいけなくなるんで、かなりの出費です。ファン離れも相当なものになるし」
 太田が、
「制裁金は二百万、賠償金は三百万です。暴行したほうのチームの負担です。ただその試合の場合、西沢監督も退場させられてるので、賠償金は、いってこいでゼロ、制裁金だけ連盟に分担して払うことになると思います」
「はいはい、よく知ってるね。ま、いい具合に、鈴木セリーグ会長から両チームのフロントに電話が入ったようで、審判の不手際を問題にしてもしょうがない、放棄試合にしちゃいかん、あくまで試合続行しろって」
「退場させられた西沢さんがワシの肩に手を置いて、ここは悔しいが、慎一やってくれ、頼む、て言ったっちゃん。渡に船ばい」
 菱川が、
「聞いてました。江藤さんが笑って西沢さんの腕を叩き、よし、みんないくばい! って。その一声で九人が守備に散りましたね」
「三対一で負けたばってんが、七回以降は、板ちゃん、伊藤久敏、河村がビシャッと抑えた。円城寺さんはあれから自宅謹慎したまま引退ばして、野崎オーナーもその年に小山オーナーに交代したのう」
 しみじみと言った。繊細さが滲み出た。不意に、江藤と水原監督はよく似ていると気づき、二人の強い絆を確信した。もちろん二人と私たちチームメイトとの絆も確信した。二人こそ、野球を愛する心においても、人を愛する心においても、全幅の信頼を置ける〈チームリーダー〉なのだ。二人とも闘いたいだけの〈将〉ではない。無意義な闘いの結果を知っている。根にシニカルな資質を持っている私にはとうてい務まらない役回りだ。彼らに揶揄されたり、軽視されたりする選手は、ドラゴンズでは成長が危うくなる。


         四十四          

「江藤さん、ひさしぶりの家族の団欒、のんびり楽しんできてくださいね」
 私が言うと、江藤はギョロ目をやさしくすぼめ、
「ゆっくりもしとられんたい。二十六日には名古屋に帰る。二軍の練習に顔ば出す予定やけん。よか素材見つけたら金太郎さんに見てもらうばい。秀孝ば見つけた男やけんな」
「最初に見つけてくれたのは江藤さんですよ」
 菱川が、
「それにしても星野、どうやってドラゴンズに入団したんだ?」
「謎でしょう? ぼくは群馬県立沼田高校という小さな学校で軟式をやってたんです。硬式野球部はありませんでした。いくら全国に張り巡らされているスカウト網とは言え、群馬県の無名校で、それも軟式野球部の情報まで把握してるとは考えづらいです」
「ほりゃそうやの」
「ぼく、ふだんから、プロの入団テストがあったら教えてくださいって監督に言ってたんです。その話が学校の事務員のかたに伝わって、そのかたの先輩だか知りあいだかが東大出だった関係で、なんとなく井出さんの耳に入ったんですね」
 菱川が、
「井手の? じゃ井手の紹介か」
「と言うか、井手さんが田村スカウトに、こんな話を聞いたって伝えたんです。そしたら田村さんが見てみるかということになって、わざわざ沼田高校にきてくれたんです」
「世紀の一瞬ですね」
「田村さんの直観は鋭いけんのう」
「いや、どこまで本気だったかわかりませんよ。尾瀬でも見物してみるつもりできたのかもしれません。学校の昼休みを使って〈入団テスト〉を受けました。田村さんがキャッチャーをやってくれて。緊張してボールが高目にしかいかないんですよ。そしたら、ベース板にぶつけてみろって言われて、そこを目がけて投げたら、田村さんのお腹に当たっちゃって」
「伸びたんやな。田村さん、ビックリしとったやろう」
「はい。その一球がよかったみたいで、東京に出てこいって言われました」
「東京?」
「杉下さんのお家があったんです。そこの庭で何球か投げて、よしって言われて、その年のドラ八で指名されました。契約金二十万円」
「それで春季キャンプですね」
「はい、二軍スタートです。とんでもない人ばかりで、少しだけあった自信をすっかり失いました。本多二軍監督にみっちり絞られて、六十キロしかなかった体重が五十五キロまで落ちました」
 太田が、
「上背は百八十あるよね」
「百七十八です。とにかく痩せっぽっちで、スタミナがないですから練習についていくのが精いっぱいでした。で、寮に帰ったら何は置いても食べることに専念しました。正岡真二さんと相部屋で、夜もコソコソいっしょに食べに出ました。寮長が軟式出身の大友工さんで、いろいろ硬式野球について教わりました。硬式は軟式とは総合的に使う体力がちがう。あの人の口癖は、しっかり食ってしっかり野球をやれ、です。おかげで、一年で十キロ増え、筋肉もつきました。そのあいだに一軍のバッティングピッチャーにも駆り出されて、たまたま江藤さんに投げたんです。そしたらあとで呼ばれて、いい球投げるやないかって褒められたんです。江藤さんは本多二軍監督にも進言してくれて、それからは二軍の試合の登板が増えました。二年目に、つまり去年ですけど、神無月さんのバッティングピッチャーをしてみろと命令されたんです」
「そしていまがある、ちゅうわけやの」
「はい。小野さんやリリーフのかたたちの調子がいま一つだったようで、よく使ってもらうようになりました。木俣さんにもしょっちゅう励まされました。力抜いて投げても直球は江夏より速い、でも直球だけで勝負するな、変化球も磨いて自信をつけろって」
「体重は?」
「七十三キロです」
「もうちょいやの。一軍でのこの半年はきつかったやろう」
「はい、種類のちがうきつさでした。力の使いどころと気持ちの集中度が、二軍とはぜんぜんちがいます。対戦する相手が超一流なので」
 江藤は菱川に視線を移し、
「菱も二軍は経験ありなんやろう? 騒がれて入団した大物新人やったばってん」
「はい、一年目ぜんぶと三年目にほとんど。俺の場合、ムラッ気、生意気、根性なしが代名詞で、鼻つまみでしたからね。仕方ないす。杉山二軍監督の推薦で一軍の試合に出させてもらって、何本かホームランも打ちましたけど、ツーストライクを取られるとパタッと打てなくなるという悪い癖が治らなくて、おととしまでひどい打率でした。五年間温情で置いててもらってたようなものです。倉敷のオヤジはチンピラヤクザですけど、義兄がペンキ屋をやってるんで、プロを辞めて帰ってそこの世話になるかなと思ったこともあります。……ラッキーでした。去年神無月さんに出会って、目と脳味噌のウロコを剥いでもらって、人間革命というやつを起こしました。ランニング、筋トレ、〈工夫のある〉素振りを三倍に増やしたんです。大食いもやめました。試合中によく腹痛を起こしてましたから」
 茶色い無精ひげをなぜながら笑う。
「大食いはよか。神経細かくすると胃にくる。おまえは図太く思い切って振るところがよかったい。神経たけて小細工したらいけんぞ」
「はい」
 夜も更けてきた。
「遅うなった。寝るか」
「江藤さん、今度ぜひ弾き語りを聴かせてください」
「こっぱずかしか。そのうちな」
 私たちは解散した。廊下で木俣が、
「最後のクイズ、やる?」
「はい、やりましょう」
 木俣の部屋で、明石最後のコーヒー。
「俺、いつも感心するんだけど、金太郎さんは太田と則博と戸板以外のやつには全員敬語を使うね」
「はい、プロ以前から顔見知りで同年齢の人には対等な口の利き方をします。それ以外の人には敬語を使います。そうしないと、なんかへんだなという感覚がからだにあるんです」
「すばらしい感覚だよ。見習わなくちゃな」
「そんな必要ありません。木俣さんや江藤さんの言葉遣いに違和感はありませんから」
「そうか。じゃ、きょうは二問やって、これからは臨機に自由質問ということにしよう。キャンプ総まとめの最終問題を二つ作ったんだ」
「はい」
 木俣は質問ペーパーを持ってきた。
「ワンアウト満塁」
「はい」
「打者がファースト後方にフライを打ち上げた。審判がインフィールドフライを宣告。打球がファールグランドに流され、追いかけるファーストと一塁ベースにいた走者が接触したが、ファーストは捕球した。この場合の判定は?」
「守備妨害とフライアウトか。ダブルプレーでチェンジ。……単純すぎますか」
「うん。判定は一塁走者のみアウト。ツーアウト二、三塁で、同じ打者で試合再開」
「はあ……よくわかりませんが」
「ファールフライなので、ファーストと一塁走者が接触した時点でボールデッドかつ守備妨害。走者アウトでワンアウトのみ」
「ファールは取消ですか?」
「いや、ただのファールとしてワンストライク」
「接触して、フェアフライ捕球の場合はどうなります?」
「守備妨害と打者アウトでスリーアウト」
「もう、ナゾナゾですね」
「難しいやつを考えたんだよ。金太郎さんをクタクタにしてやろうと思って。現場では何年にいっぺんかしか起こらないだろうね。じゃ、最終問題」
「はい」
 二人コーヒーヒーをすする。
「雨天の試合。先攻チーム八回の表まで、00010003、後攻チーム七回の裏まで、0300000、ここで雨が強まり、雨天コールドゲームが宣告された。勝敗はどうなるか」
「それ、わかります。後攻チームの勝ち」
「正解! 説明せよ」
「えーと、五回で試合成立後、先攻チームがある回の攻撃中に同点以上になってコールドゲームが宣告された場合、サスペンディッドゲームやサドンデスにしないで、それ以前の表裏の回までの合計得点で勝敗を決する」
「大正解!」
「木俣さん、よくキャッチャーのリードがいい悪いなんていいますが、どういうことですか?」
「そんなもの、ないよ」
「え……」
「俺にはリードの良し悪しなんてわからない。正解不正解がないから。なぜかというとね……野球のボールカウントは十二種類ある」
 考える。ゼロワン、ゼロツー、ゼロスリー、ワンゼロ、ワンワン、ワンツー……ツーツー、ツースリー。十一種類。フォアボールを一まとめに考えると、十二種類ということになる。たしかにそうだ。
「ピッチャーはだいたい球種を三つ持ってる」
「はい」
「三掛ける十二で三十六種類。ファールで同一カウントが重なることもあるので、最低三十六種類は考えなくちゃいけないことになる。そんなことキャッチャー考えると思う? わからなくなっちゃうよ。おまけにピッチャーは十二人いるよ。どうやって考えればいいの。一人ひとりに出す球種のサインまでちがうことが多いんだよ。いくら頭がよくても無理だね。だから適当にサインを出す」
 まちがいなく謙虚に言っている。それを肌で感じてサインを出してるはずだ。怪気炎とは無縁の、木俣の〈大きさ〉が響いてきた。
「キャッチャーの良し悪しは別のところにあるんですね。信頼感とか、打撃がいいとか」
「そのとおり! もう一つ、うちのピッチャーみたいに感性がいいとキャッチャーを有能に見せるな。サインどおりに投げないで打ち取る感性ね。アハハハハ。じゃ、寝よう。三週間のキャンプ、ご苦労さまでした」
「ご苦労さまでした!」
 廊下で食事から戻ってきた高木と遇った。
「あ、お帰りなさい」
「よう、達ちゃんとクイズ?」
「はい。きょうは二問でおしまいでした」
「達ちゃんも慎ちゃんといっしょに自主トレいきたいのはやまやまだろうけど、女房孝行しなくちゃね。それも一種の自主トレだ」
「江藤さんはどこで練習するんですか」
「二軍といっしょに、中日球場。汗をかきたいだけらしいけど」
「三月一日のオープン戦は中日球場ですね」
「そう。南海戦。三日の広島戦も中日球場。そう言えば、大リーグのオールスターのホームラン競争に金太郎さんをゲストで呼ぶなんて記事が出てたよ。どうするの」
「水原監督がいってこいと言えばいきます。少しでも躊躇したらいきません」
「いくときは足木マネージャーがついてくだろう。英語できるから。とにかく、人さらいに遭わないでよ、日本球界がたそがれるからね」
「くどいですよ。二メートルの人たちと遊びたくありません。飲み会はどうだったんですか?」
「松本幸行が強い。健太郎どころじゃない。ヤクルトの石戸二代目になるんじゃないか」
「酒仙ピッチャー」
「うん。あとの新人は飲めんやつばかりだ。金太郎さんといっしょ。戸板なんか、一滴もやらなかった。猫かぶってるのかもしれないけど」
「高木さんには、キャッチボールは大きくやると教わりましたが、ほかに気をつけることはありませんか。守備でもバッティングでも」
「バッティングはおこがましいよ。守備だって俺は内野だし、外野については詳しくない。どう打球が飛んできても、足さえきちんと動けば、ふつうに捕っていればいいんじゃないの。風があるときは考えなくちゃいけないだろうけど。ワンステップでチャッと投げるかツーステップでタメて投げるか、それは状況で判断すればいいことで」
「どちらも強い球を投げるようにしてます」
「それを受けるほうは張り切るよね。キャッチャーなんか、返球がワンバンでスピンしてくるとうれしいだろう。そうだ、訊きたかったことがあった。フリーバッティングのときなんか、金太郎さん、打たないで外野にいって、よく膝曲げて走り出しそうな格好で立ってるだろう、捕球もしないでさ。あれ何してるの」
「ああ、あれですか。打者が打った瞬間に、そのボールがどこに飛ぶかを予想してるんです。落下点に早くいくことがいちばん難しいことだと思うんで。走りながら捕るのは、目が揺れて捕球が不確実になるから早く落下点にいってゆっくり捕る、そのためのイメージトレーニングです」
「拝み捕りはめったにしないね」
「はい、球道がグローブで隠れてしまいますから、顔の左右、特にグローブ側で捕るようにしてます。ランニングキャッチやスライディングキャッチはよほどのときしかやりません」
「すごく研究してるんだなあ。足は速いし、見切りはうまいし、金太郎さんは球界最高の外野手だよ。だれも教えることなんてないさ。じゃ、お休み」
「お休みなさい」


         四十五

 二月二十三日月曜日。高木と別れたあとバタンキューで寝たので、爽快な目覚め。七時四十分。曇。五・五度。かならず暖房を切って寝るので、自然な気温の中で起きられる。ルーティーン。形のある軟便。シャワー。身の周りを見回し、ダッフルと小バッグが置いてあることと、忘れ物のないことを確認してから、ワイシャツとブレザーを着て二階のメールに降りる。入口近くのテーブルに足木マネージャーが待機していて、新大阪までの切符を渡される。プレートに惣菜を盛り、隣のテーブルにつく。バイキングの棚が近いので大食いの菱川と太田がいた。ポツポツ選手たちに切符を渡している足木マネージャーに話しかける。
「キャッスルの選手たちと同乗ですか」
「いえ、あっちは何本か前の列車です。二軍マネージャーが切符を手配します」
「二軍にもマネージャーがいるんですか」
「はい。きのうも二軍のテーブルにいたんですが、目に留まらなかったでしょう。津島さんという三十九歳のかたです。もと広島のピッチャーでしたが、六年やって自由契約になり、一年間中日のファームで選手としてやって、戦力外通告で退団して以来ずっとドラゴンズの二軍マネージャーをしています。二軍のバッティングピッチャーもこなしたりして、すばらしい縁の下の力持ちです」
「マネージャーは朝早くから起きてるみたいですが、何をやってるんですか」
「またいつもの好奇心ですか?」
「選手って、裏方が何をしてるかよくわかってないですからね。なんか気持ちの居具合が悪いでしょう」
「なるほどね。私もたった一年間の選手をしてたころ、裏方のことはよくわかってなかったですけど、神無月さんとちがって気持ちの具合は悪くなかったですね。鈍感だったんでしょう。裏方になって初めて、たいへんな仕事だなあってわかりました。まあ、マネージャーの仕事はいろいろありますよ。まず本社からの連絡事項のチェックですね。試合があるときはメンバー表の準備、スタメンを書いたりなど。いちおう試合前に監督とのミーティングがあります。挨拶くらいですけどね。つづいてコーチとのミーティング。それからメンバー表記入。そのあとは、むかしは練習前の朝礼というのがあったんですが、去年からはありません。それから試合準備。スコアブックの用意。ベンチにホワイトボードをさげて、ベンチ入りの選手やスタメンを書くのね。球場運営スタッフにメンバー表を渡す。キャンプ中は、紅白戦と阪急戦以外はこういう仕事はなかったです。いつもどおりだったのは、遠征の部屋割り作成、それをホテルへ郵送、移動切符の手配。私の場合、練習の手伝いはしないです。アップの手伝い、ノックのボール渡しはたまにやることはありますね。試合が始まるとベンチの端っこに待機します。雨天中止の場合は、一日のスケジュールを立てます。と言っても、自分のスケジュールですけどね」
「……ミスをしちゃいけない仕事ですね。野球選手はミスを基本にして個人的な成果へ結びつけていくようなところがありますけど、全体を統監する仕事はそうはいかない。ワンステップをなるべく少なくしなくちゃいけない。監督もコーチもそうでしょうね」
「一瞬のうちにそこまで考えますか。神無月さんのことを会話の天才という選手が多いですが、たしかに聞きじょうずでしゃべりじょうずだ」
「そんたうり!」
 太田と菱川が箸を挙げた。
「菱川さん、一軍と二軍の最も大きなちがいは何ですか」
「小は洗濯と食い物とボール、大は実力差と球場と年俸」
 いっぺんにわかった。ボールというのは新品ボールのことだ。第二球場にいったとき、ボールはすべて薄汚れていて、縫い目が開いているものもあった。太田が、
「神無月さん、俺、神無月さんのまねはほぼ百パーセントできないんですが、一つだけできることがあるんです」
「なに?」
「ポール間ジョギングとダッシュです。フェンス沿いじゃなく、直接ポールからポールへのやつです。神無月さんもフリーバッティングの最中にやってますけど、俺もそうです。あれ、打球が飛んでくるんで危ないんですけど、打球の気配を感じ取る勘も磨けるんですよ。だから守備にもめちゃくちゃ役に立ってます」
「そう。そう言えば太田の守備範囲と素早さがぜんぜんちがってきたね」
「……神無月さんは自分の長所がまったくわからないでしょ?」
「そんなのあるの? ホームラン以外に」
「……やっぱりそうきますよね。野球はぜんぶ長所に決まってるでしょう。そんなんじゃないですよ。明るさです。あっけらかんとした明るさです。いまも足木マネージャーと話をしてる様子から、好奇心が尋常じゃないことはわかりますけど、好奇心が旺盛な人はいくらでもいます。取り立てて長所とは言えません。とにかく朝日のような明るさです。暗い夜にいたみんなを照らす明るさです。神無月さんは人が言うように静かな人ですが、舌を向いたことがないんです。視線がいつも明るく上を向いてる。それもまねしようと思ってます。なかなかまねできることじゃないですけど、これは一生まねします」
 菱川が、
「タコ、明るさだけじゃないんだ。神無月さんには涙があるんだ。いろんなところで涙を流すのを見てきたろう。励ましの陽も照らせば、慈しみの雨も降らす。平和台のオープン戦の帰りのバスで寄せ書きを書いたとき、俺の言葉に目を潤ませていたのを俺は知ってる。あの涙で俺は完全に生き返ったからな。一生の恩人だ」
「生んでくれてありがとう、でしたね」
 足木マネージャーから選手たちがどんどん切符を受け取っていく。彼の目が水っぽく光っている。
「太陽と雨……いいですね。神無月さんは明るく泣く人です。ほんとにみなさんは真剣に褒め合いますね。六十歳の監督から十九歳の選手まで、中日ドラゴンズの老若隔てない友情に、私はいつも感動してます」
         †
 グリーンヒルホテルのメンバー全員が明石駅の高架ホームに立った。ホームに集まっていたファンたちが、ジャケット姿の選手どもを遠巻きに取り囲む。球場で買ったものだろう、ドラゴンズの三角小旗を手に持っている。一人の少年が菱川の背中に、
「菱川さん、きのうはべっちょないやったか?」
 菱川が振り返ると、そばにいた姉らしい女学生が通訳をするように、
「だいじょうぶでしたかって」
「は、躓いただけです。ご心配してくださってありがとうございます」
 菱川は四十五度の辞儀をした。二人も丁寧に辞儀を返した。ほかのファンたちが安心したように笑った。彼らの中に、つららの薄化粧の顔があった。私は注視し、笑いかけて辞儀をした。つららも辞儀をした。彼女の周囲のファンたちも辞儀をした。水原監督が、
「予定に変更がなければ、また来年またお世話になります。このたびはありがとうございました」
 いっせいに小旗が振られる。地元の新聞記者たちのフラッシュが光る。六両編成の急行列車が滑りこんできた。群衆の中の何人かが別の車輌の乗降場所へ移動していく。
「後ろから二両目です!」
 駅員が私たちを誘導する。一車輌を借り切っているのだ。タラップを上がる。業者の手で弁当が乗降口に積まれる。監督コーチ陣を中ほど前向きに、全員いっせいに座る。後部空席にダッフルが、網棚にバッグが置かれる。
 十一時三十五分、出発。ホームで旗が振られる。選手たちも窓を開けて手を振ったり、窓ぎわに立って辞儀をしたりする。私もつららに手を振った。つららは手を振り終えると深く辞儀をした。
 マネージャー、トレーナーたちの手でさっそく弁当と駅茶が配られる。一時間もしないうちに新大阪に着いてしまうので、みんなすぐに紙包みを開けて箸を使いはじめる。
「百人はいましたね」
「ありがたいものだ」
「来年も明石ですね」
「私はその予定だが、静岡の話も出ている」
 監督たちの声がする。
「交流戦は考えものだね。茶話会が厄介だ」
「申しこまれたら仕方がないでしょう」
「いや、断ることはできる。最終週の紅白戦だけでじゅうぶんだと思うよ」
 神戸、三宮と停車していく。あっという間にみんな弁当を食い終わる。ドラゴンズ付きの記者が通路をいったりきたりしてシャッターを押している。通路を挟んだ横の席の太田が、いつもの一九七○年スポニチプロ野球手帳をペラペラやっている。彼のネタ蔵だ。表紙は太田幸司。水原監督が、
「ジャイアント馬場くんのようなロマンスはだれも芽生えなかったかい?」
 ベテラン連中がサワサワ笑うだけでだれも答えない。秀孝が、
「ジャイアント馬場がどうかしたんですか」
 一軍登録の新人たちも興味ありげに水原監督を見る。江藤が、
「馬場正平が巨人のピッチャーだったことは知っとうと?」
 自信なさげだがみんなうなずく。中が、
「巨人は戦前から昭和三十四年まで明石にキャンプを張ってたんだ。水原さんの時代の選手たちは、よく地元のタニマチの家に招かれて天ぷらを振舞われたそうだ」
 水原監督が、
「私の巨人監督時代十一年間のキャンプは、最後の三十五年の宮崎を除いてぜんぶ明石だよ」
 私は、
「去年今年とお招(よ)ばれはなかったですね」
「お断りした。歓迎会と歓送会をやってもらうのが恒例だったが、気を緩めずに最下位脱出を図りたいのでと言ってわかってもらった。今年は、連覇を目指してるのでと言って断った。その分、ホテルの部屋割りを贅沢なものにし、食事にはごちそうを増やしてもらった。明石のタニマチは伊藤さんという石油販売業を営む資産家でね、そこの三女が元子さんだ。馬場くんの初キャンプの昭和三十一年に出会ってる。馬場くんはそれから五年間巨人に在籍した。一軍成績はゼロ勝一敗。二軍の最優秀投手賞を獲ってるんだけどね。三十四年に大洋に移籍した矢先、風呂場で転倒して戸のガラスで腕を切る大ケガをして、プロを断念した。それが道を開いたとも言えるけどね」
「元子さんは知性派ですか? ジャイアント馬場は読書家で有名ですけど」
「知性派だ。そういう要素もあるだろうけど、百七十六センチもある女性だから、その点でもこの人だと惹きつけられたんだろうね。馬場くんの足は三十四センチもあって、伊藤家に招かれたとき、ふつうのスリッパじゃ入らないというので、元子さん姉妹が特別大きいスリッパを作ってあげたんだ。中でもいちばん美人の元子さんに馬場くんは惹きつけられた。それが二人の馴れ初めだよ。元子さんはえらい人でね、馬場くんのプロレス生活を支えるのはもとより、実家から結婚を大反対されてるので、何年か前に両親のもとを離れてロサンゼルスに家を借りて、馬場くんが渡米するたびにそこで同棲生活を送ってるようだ。いずれ実家の籍を抜いてどこか他家に養子に入る予定らしい。結婚するためだね」
 小川が、
「監督、いやに詳しいですね」
「いまも馬場くんと連絡をとってるからね。まだ彼は三十二歳だよ。森昌彦や国松彰と同期だ」
 一枝が、
「馬場がピッチャーをしてたのって、たった十年前の話なんですね。大むかしのことだと思ってました」
 私もそう思っていた。
「長嶋、王といっしょに何年か野球をやった人物だよ。明治大正の人じゃない」
 江藤が、
「プロ野球の十年ちゅうのは、ふたむかしやけんな」
 太田が、
「そのころもグリーンホテルでしたか」
「このホテルはできて二年目だよ。それまでは大手旅館という変わった名前の旅館だった。明石公園入口前の道を真っすぐいってガードをくぐったあたりにあった。高架駅になる前はあのガードは開かずの踏切だった。二軍の宿舎はどこだったのか皆目思い出せない。アパートみたいなところだったなあ。……きみたちを見てると、つくづく長嶋茂雄という男と比べてしまうよ。彼はきみたちとはぜんぜんちがう有名志向のミーハーでね、自分を売りこむプロだった。新人の年の開幕前には金田と対談するし、シリーズ後には石原裕次郎と対談するし、年末には新宿コマの巨人軍ファンの集いで率先して挨拶するし、家にいるときはサインをマメに書くし、外に出るといつもマスコミに囲まれて、カメラの中心でホクホクしてた。私もいっしょになって浮かれたときがあったのが恥ずかしいよ。私もがんらいミーハーだったからね。彼は入団前から日本じゅうの人気者だったんだ。あれから十年以上経っても、そんなプロ野球選手は一人もいないだろう? 金太郎さんにしてからがこれだよ。岩のように静かだ。有名志向でないからマスコミも寄ってこない。天覧試合のホームランなんて何百年も語り継がれるだろうね。なんせ天皇の国だからね。金太郎さんの百六十八本も江藤くんの七十本も、たぶん、引退したら霞(かすみ)と消えてしまう。でもね、私はそのおかげで神々しい気分になれるんだ。……私はきみたちを誇りに思うよ。いっしょに岩になるよ」
 男どもはまぶたを押さえた。


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