二十五
直人が、
「お父ちゃん、お歌」
と膝に甘えてきたので、西郷輝彦の『君だけを』を極端なスローテンポで唄ってやった。二番あたりからウトウトしはじめ、三番で完全に寝入ったので、トモヨさんが離れへ抱いていった。カンナを抱いたイネがつづいた。主人と菅野が夜の見回りに出かけた。女将と幣原とソテツが帳場に入る。千佳子と睦子が二階に上がった。
カズちゃんたちは、テレビを観ながら遅番の百江が帰るのを待つと言うので、私はジャッキを連れて夜の散歩に出た。アヤメの向かいの長屋から始めて北村席の裏手へ回る。豪壮な民家、三階建てマンション、大店の杉本畳店、秋に建設中だった建物は食品会社とそれに隣接する三階建のマンションになっていた。裏はこれですべて。
「さあ、あっちへいってみようか」
ジャッキを牽いて十字路を北へいく。一画すべて斎藤外科内科皮膚科クリニック、向かいに飯田屋敷、さらに真っすぐ北へ進み、駅西銀座の昭和通りに出る。らいおん堂から東の椿神社へ引き返す。ここだけ夜のネオンから隔絶された空間だ。ジャッキの望みどおりに境内に入り、鳥居をくぐる。無人の神社。狛犬が三対。鳥居の後ろ、拝殿の前、本殿の前。三対はめずらしい。常緑の椿を眺めながら、この土地にしっかりと根を生やしたことを実感する。あらためて椿以外の高木を見つめる。クスノキ、アベマキ、シラカシ、ムクノキ。かつて笈瀬側沿いにフジの大木があったと女将から聞いたが、いまはない。花見に見物が集まり、畑を荒らすということで伐採してしまったそうだ。そのせいか悪疫が蔓延し、伐採の祟りと見なして、各戸酒を献ずべしとなったとやら。
「酒を造るのは難しいもんで、代わりに笈瀬川の清水を使って甘酒を造って献上することにしたんやと」
献上の残りの甘酒を病人に与えたら平癒したことから、牧野五社の甘酒祭りが始まったという。どうでもいい話だが、マメに記憶している人間がいるのがすばらしい。
地面を嗅ぎ回るジャッキの好奇心を満足させてから境内を出る。角地にすこぶる怪しい広告のあかひげ薬局。このあたりからかつての笹島ドヤ街が始まる。戦後いち早くここに無断で根付いた人びとが作り上げた街だ。為政者たちは何十年にもわたって彼らをあの手この手で駆逐してきた。名古屋にきたばかりのころ、この一帯は駅裏と呼ばれていたけれど、いまは駅西と呼ばれる。裏と言わないのは、表に対する差別的な含みをなくすためだろうし、同時に実際の差別の歴史を消し去ってしまいたいからだろう。
駅前のほうへ出る。ぎこちなく大小のビルが建っているけれども、紛れもなくドヤ街の趣。一泊××円の看板を出しているホテルが多い。クリームと淡いグリーン二色の塗装に赤色の帯が入ったバスがいく。ジャッキがびっくりして腰を引く。帯に白抜きで市営ワンマンカーと書いてある。前のドアには同じ赤帯に入口、真ん中のドアに出口と書いてある。市電とそっくりな柄だ。椿町交差点から牧野小学校を回って北村席に帰る。たまたま門を入ろうとしていた天童、木村、三上、百江に出遇う。
「よう」
「あら、ジャッキとお散歩ですか」
「うん、椿神社までいってきた」
ジャッキを門内に放す。はやてのように駆け回る。女たちと座敷に入る。
「お帰りなさい」
カズちゃんたちが迎える。ソテツと幣原のおさんどんが始まる。居間で主人がビールを飲みながら新聞を読んでいる。菅野はいない。見回りから直帰したのだろう。女将は相変わらず帳場だ。テレビは金曜名画座放送中。ビング・クロスビーとボブ・ホープのシンガポール珍道中。さっそく奇妙な言い回しが耳に入る。航海の船を下りて給料を受け取った船員が女房にそっくり奪い取られる場面を見て、ボブが、
「あれが結婚生活だ。うらやましい」
と言うと、ビングが、
「女が結婚して初めて世の中が動く」
と応える。別に結婚していなくてもいいと思ったが、女が大っぴらに財布を握ることで世の中が動くという意味だろうと解釈し直した。ただ科白のやりとりがじつにおもしろい。これも下船した亭主が女房の押してきた乳母車を覗いて、
「赤ん坊、大きくなったな」
「縮んでるとでも思った?」
ボブがビングに、
「美女に見つめられたら俺はどうすると思う?」
「はあ?」
「石を投げる。命中させて、ハエのように潰す」
笑える。カズちゃんも笑っている。四百人分の間抜け、という表現もあった。百江の食事が終わった。
「観ていきたいけど、遅くなるから家で観ましょう」
腰を上げ、一家の者たちにお休みを言う。主人が、
「あした、ワシと菅ちゃんも見にいきますよ。公開収録スタジオが百名定員なので、入れなかったら帰ってきます」
カズちゃん、素子、メイ子、百江、私の五人で家路につく。
「こうして歩くの、しみじみうれしいね。やさしい月が出てるから、この路に柳の並木がほしいな」
素子が、
「なんで?」
「微笑む月と、泣いている柳の木」
「本気なのが怖いわ。くすぐったいがね」
「自分でもくすぐったいよ。でも気持ちを隠しておけないタチでね」
カズちゃんが、
「キョウちゃんの本気を怖がっちゃだめよ」
「怖がっとらんわ。キョウちゃんが格好いいから、ちょっと威張りたい気持ちになっただけや。モロにこんなこと言う男なんておらんやろ」
「どこにもね」
百江とメイ子が微笑む。
「早く帰って、珍道中を観よう」
「うちは勉強。お休みなさい」
「お休み」
素子はアイリスの隘路へ去った。彼女の背中はいつもさびしい。百江が、
「珍道中シリーズなら、二十年くらい前、モロッコへの道というのを観ました。二人の歌がすてきでした」
「シリーズをホームタウンにかけたいね」
「外国映画は簡単にいかないんじゃないかしら」
「一九二十年代から四十年代は傑作がたくさんありそうな気がする。専門家にがんばってもらうよ」
則武の居間にくつろぎ、四人で映画の後半を観る。ボブ・ホープのギャグとビング・クロスビーとの掛け合いのおもしろさを楽しむ映画なので、ストーリーらしいストーリーはない。何かがとつぜん起こり、何かがとつぜん展開する。かなり醒めたところのあるビングのボブに対するエゴな〈裏切り〉が原因で、二人とも(主にボブが)絶体絶命の窮地に陥るが、結局三枚目役のボブが寛容な心に戻ってビングを助けることで、裏切られた自分も助かるという流れ。裏切りは特定の女の奪い合いから始まり、最終的にビングがその女を獲得するという流れ。終わり方も強引だが、全編笑っていられるので当時は受けただろうと思う。いや、いまもこの茶の間で受けている。メイ子が、
「またこのシリーズ見つけたら、観てみたいですね」
百江がうなずく。私は……満腹だ。もう一膳は食べられない。それでも百江とメイ子にうなずく。カズちゃんは微笑している。
すべては益となるように働く。青高時代に聖書を開いて読んだのだったか。―懸命に生きて、死んでいった人たちの作り出した格言だ。むかしもいまも人びとは心の底でその神聖な哲学にすがって生きている。私は他人のために本気でその実現を祈るけれども、自分のためには祈らない。
11PMが始まる前に私は部屋に引き揚げ、圓生を聴きながら就寝。花筏。カズちゃんたちはしばらく歓談し、いっしょに風呂に入ってから寝たようだ。
†
十二月二十日土曜日。七時半起床。八時間ミッチリ寝た。快晴。マイナス0・4度。おはようの声を投げながら下に降りる。
「おはよう!」
まとまった声が返ってくる。
「きょうは朝めしいらないよ。席で食う」
「了解。私たちはこっちで食べるわ」
「アイリスは土曜休みだったね」
「そう、今年いっぱい。きょうはお掃除、洗濯、お蒲団も干さなくちゃ。三時ぐらいに席にいくわ。キョウちゃんはもう出たあとね」
「百江はアヤメ遅番だったね」
「はい、私も三時に席にいきます」
「CBCに着ていく服はトモヨさんに決めてもらってね」
「ゆったりした青系のジャケットにする」
メイ子が、
「茶系も似合うと思いますけど」
「キョウちゃんは何でも似合うのよ。でもブルーが大好きなのね。ユニフォームもずっとそうだったし」
うがいから始まるルーティーン。バーベル百キロ一回で止め。菅野がきて、きょうは目先を変え、北村席の裏手の飯田屋敷と斎藤外科の辻までいき、そこから西へ真っすぐ道なりに走ることにする。菅野は、
「この道は初めてですね」
「はい」
空き地の多い民家とアパートの町並を走っていく。開発区域なので新築の家屋がほとんどだ。古家を見つける気持ちで走る。辻を二つほど走ると、家並に背の高いマンションや背の低い事務所ビルが雑じりはじめる。たまに瓦屋根の板屋がある。安らぐ。
―すべては益となるように働く。
あの言葉の前には〈召された者に〉という前置きがあったことを思い出した。私にとっては、死んだ人間、生きている人間、どちらであってもかまわない。愛する他人が安堵の中で幸福であればいい。環状線に出る。ここで竹橋町は終わり、若宮町に入る。左に中村区役所。車の往来に注意して分離帯までいき、要領よく反対側へ渡る。細道に入る。一変して古民家の並びになる。すべてが二階家だ。ここまで商店は一軒もない。この古さのトタン家や板屋が現れると、名古屋のどの通りも浅野の炭屋の通りにそっくりになる。横から突き当たるT字路や、正面にずれてつながる細道を進んでいく。このあたり暮らしている子供の思い出に残りそうな入り組み方だ。小工場、中小企業の事務所、めずらしく廃屋の平家。
「うれしそうですね」
「うれしいです」
賑町。視界が広くなりはじめ、空き地があり、煙草屋があり、駐車場があり、ビリヤード場があり、トタン家の群れがあり、空に突き出したマンションの一階に喫茶店がある。むかしからあるような飲み屋、鮨屋、靴屋、蕎麦屋。開発の手は入っていない。天ぷら屋、鰻屋、また喫茶店、続々とある。といって繁華街ではないのだ。きちんと民家も混じっている。
名楽町。三つランタンの街灯が並ぶ。通行人や自転車とすれちがう回数が増える。角を曲がる自転車が一瞬私たちを振り返る。真っすぐな細い道がひどく遠く感じる。元中村町。
「もうすぐ鳥居通ですよ。空気のいい日赤のほうへ回って帰りましょう」
公園まがいの境内に出たが、燈籠と小社殿と立木があるばかりで、神社の名前はわからない。鳥居通に出た。鳥居通5の標示板。右折。民家と小ビルの並びに休憩場所はない。鳥居通4の信号を右折。中村日赤。正門の石垣に凭れて、ようやく小休止。道の向かいに七、八軒ずらりと並んだ薬局を眺める。
「たくさん走ったみたいだけど、二キロぐらいだね」
「はい、クネクネや真っすぐが組み合わさると遠く感じます」
五分ほど休み、端のたんぽぽ薬局までとぼとぼ歩いていく。走り出す。道の右名楽町、左道下町、右羽衣町、左大門町、右若宮町、左中島町、目に親しんだ遊郭街。この道筋は環状線までポツポツとトルコがつづく。これまで見逃したものも確実に見ていく。右パラダイス、ニュー令女、金波、左……かなり立派な建物。
「トルコの組合事務所です」
右、カフェ建築のみごとな遺構だが店名はない。並びに、落ち着いて実直な趣さえある牛若楼遺構、インペリアルフクオカ、左スーパーや商店の一角。辻を越えて、右民家、マンション、空き地、ふぁーすと、左ブラジル、広大な空き地。これでこの通りにはトルコはない。辻にきて、本陣消防局。駐車場と旧宅と喫茶店とマンションに挟まれた道を走っていく。道が一本ちがうので、北村席の羽衣や鯱はない。時計スイス堂、ここからは小料理屋、レコード屋、理髪店と並び、環状線まで民家のあいだに商店が紛れる家並がつづいていく。紛れこむ店は、山田時計店、高岡薬局、中島郵便局、中村畳店、えさき書店、川口表具店、アラヰ時計店、毛糸の糸華。名古屋ではめずらしい和風旅館浅野屋。道に面した玄関が立派だ。名古屋駅からは相当の奥地になるが、客はくるのだろうか。
「二十年ほど前にできた旅館です。一見遊郭ふうですが純然たる旅館です」
重厚な玄関こそないが似たような造りの民家が左右につづく。呉服のつたや、古澤工務店、則武眼科、看板いっぱいに〈はん〉、店名はない。鵜飼ふとん店。ガラス戸の向こうに壺が多量に並んでいる〈高価買取ります〉の貼紙だけの店、店名のペンキはすべて剥げている。環状線に出る。駅西銀座の出口。ここから昭和通りになる。
二十六
「庭に入りました。きょうはゆっくり走りましたね」
「自転車の二分の一くらいのスピードかな」
「もっとゆっくりでした。きょうの確認作業はすごかったですよ。別れを告げるみたいな眼で見るんです」
「別れを告げる気なんてサラサラないけど、見納めという気分はいつもあるんだ。この景色を二回見れないだろうなって。よほど開発の遅れた土地でないかぎり、それがふつうのことだから」
駅西銀座の目ぼしいところは暗記している。金時湯、みやじま電気、喫茶モーニング、中国料理冨士、軽食すず、杉戸呉服店、山田カメラスタジオ、北嶋電気、得体の知れない名央産業、看板補修をしている傘屋が建て替え中だ。冨士家雑貨店、日商ビニール、その向かいは六軒並びの食い物屋だ。その隣が椿商店会会館になっている。向かいは少し大振りのスーパー、理容六(むつ)浦、らいおん堂。向かい角地の不動産屋が更地になっている。食堂マルイ、御着物玉喜屋、中華料理平和園、コインランドリー平井。小さな看板を新しく仕立てていたので、きょう初めて平井という名前がわかった。包装用品ミヤキ商店、武田煙草店、椿神社。通りの突先(とっさき)に高層ビルが三つ、四つ見える。
「あの数が一つずつ増えていって空を塞ぐようになったら、名古屋に対する未練も少しずつ減っていくだろうな」
「…………」
「ごめん、つまらないことを言って。あまり外出しなければすむことだよね。こんなに未練のある街はないから」
「あんな派手なのは名古屋駅の周囲だけです。名駅近辺を散歩しなければいいんです。ランニングは駅西と西高方面だけだからだいじょうぶ。中村区と西区はまったくと言っていいくらい開発されません。栄に向かって走るのはやめましょう。……中日球場や熱田へいくのは笹島から南ですから、開発は激しくなりません。いつも散歩は北村席の周りをうろうろしていましょう」
泣いていた。
「ほんとにごめんね、菅野さん。外出しなければいいなんてひどいことを言って。何でも思いどおりにしたがるのは……自分の好みに没頭しすぎたり、何にでも解決を求めたがるのは、生きるのを怖がっているからですね。頑固者は難問の前で時間を無駄にする。……与えられた命に向き合うには、その命が生きていくための環境を喜ばなくちゃいけない。喜びこそ生きる希望です。周囲のものごとがどう変わっても、いままでどおり希望を持って暮らします。もうくだらないことは言いません」
「神無月さんは最高ですね。生きるのを怖がってなんかいないし、頑固者でもありませんよ。ただ、答えを求めすぎます。反省とか希望という言葉自体、そのときどきの人生を最大限に生きている神無月さんにしっくりはまらない。これまでどおり〈くだらない〉ことを言って暮らしてください。くだらないかどうか考える努力は私たちがします」
九時二十分、北村席に帰り着く。食事を終えてモダンな巣に寝そべっているジャッキの横腹を撫でる。菅野と二人でシャワー。
「なぜ菅野さんはいつもぼくの味方をするんですか?」
「この四年、くどいほど言ってきましたよ。神無月さんが誠実な人だからです。人間はそれがいちばん。私にはわかってます。神無月さんは何ごとも自分で解決する人だとね。でも、味方をして手助けしたくなるんです」
直人にまとわりつかれながら二人で遅い朝食をとる。直人はキュウリの糠漬けを指でつまんで口に納れ、すぐ吐き出す。主人が笑いながら、
「神無月さん、バッターが打ってランナーがホームインしたのに、打点がつかない場合を挙げられますか? 気にしたこともなかったでしょうけど」
「はい、まったく考えたこともありませんでした」
「エラー、押し出し四球、ゲッツー、ゲッツー崩れです」
菅野が、
「ピッチャーの自責点はかならずしも失点とイコールでないので、ややこしいです。記録員まかせでいいですよ」
トモヨさんが直人の本読み。『かばくん』。両側から睦子と千佳子が覗きこむ。大賑わいの動物園。水から河馬が姿を現わすと子供たちはビックリ。やがてごはんの時間。かばくんはキャベツをまるごと一口でパクリ。食べたあとはゴロンと転がってお休みなさい。素朴で私的な文章だ。
私は昭和十一年の歌にかかる。カズちゃんたちが集まってくる。直人親子たちもくる。題名で選ぶ。愛の歌(藤山一郎&渡辺はま子)、小唄のようだ。忘れちゃいやヨ(渡辺はま子)、遠い遠い時代に聴いたことあり。シンプルすぎて胸を打たない。ブルームーン(灰田勝彦)、アメリカの曲のカバー、これはいい。古典ジャズのナンバーをいち早く採り入れて灰田が唄ったものだが、私はこれから六、七年後のビリー・ホリデイでしか聴いたことがない。直人は飽きてパズルをやりにいった。あの夢この夢(二葉あき子)、一転して月並み。暗い日曜日(淡谷のり子)、重みのないブルース。好みでない。椰子の實(東海林太郎)、耐えがたいほど平凡。昭和十一年はここで聴き止め。きょう帰ったら昭和十二年だ。主人が、
「曲が古すぎて、ワシら年寄りにもピンときませんな。二十年代と三十年代の曲を仕入れておきますわ」
「よろしくお願いします。三十年代は名曲の宝庫でしょう」
金魚の水槽の下に放り出してあった週刊ベースボールを手に取り、縁側のガラス障子ぎわに横たわる。十二月十五日号、70円。表紙は私と鈴木啓示。
まさかの阪神・村山実監督誕生に吉田義男が憤る
ストーブリーグ真っただ中だが、今年は少し空気がちがう。トレードでだれかが出されるという話が流れると、みな、「へえ、あいつも八百長やってたんだ」となっているらしい。
これは球団関係者も同じで、トレードを成立させて選手を獲っても、その選手が八百長選手だったら大損害となる。セの理事会では「トレード要員はリーグが一括して、身辺調査をしてから配分したら」など、冗談とも本気ともつかぬ発言があった。
八百長問題とは別に球界の最大のトピックは、移籍戦線の大目玉と春先から思われていた中日ドラゴンズの江藤慎一が、神無月郷が在籍するかぎり中日を去らないと公言し、険悪だった首脳陣との関係を解消したばかりでなく、別人の様相を呈してドラゴンズの闘将として甦ったことだ。
鶴岡一人(かずと)に監督就任を断られた阪神。後藤次男監督の続投かと思われたが、なんと村山実の兼任監督を発表した。西鉄稲尾和久、南海野村克也らの青年監督ブームに乗ったか。十一月十二日、球団からではなく友人からこの話を聞いた後藤は、「そうか。まあ一年契約だったので、任期満了に伴う退団ということになるか。俺以上に吉田の心中は複雑だろう」とホトケのクマさんらしく話した。
内野手の吉田義男、投手の村山実は阪神における二大派閥の長だ。将来的にはいずれも監督になると目されていたが、順番は年齢的に吉田からだろうと言われていた。村山自身も、「もし後藤さんが辞めたら後継者は吉田さんですよ。俺はまだ二、三年投げてみたいし、その自信もあるんや」と話していた。
今回の決定は野田オーナーの強い希望だったらしいが、吉田は「社長から村山と協力してやってほしいと言われたが、考えさせてくれと応えた。いますべての面で転機を迎えている。自分のとる道をいまこそハッキリ決めなければならない」と語り、このまま退団するのではと思われている。
ドラフトが終わってひと月。中日ドラゴンズに入団した日本軽金属の戸板光、早稲田の谷沢健一、近鉄バファローズに入団した三沢高校の太田幸司、南海ホークスに入団した日本大学の佐藤道郎、クラレ岡山の門田博光らは、一月の自主トレ、二月の春季キャンプに備えて順調に入寮待ちだが、大洋ホエールズに一位指名された早稲田の荒川尭だけは「自分の好きな球団に指名されなかったので一年間遊ぶつもりでいます。入りたい球団の名前は言えません」と一人不順のもようである。
ここにも一人、野球の才能に恵まれているのに野球を好みの環境のもとでしかやりたがらない人間がいる。野球そのものが楽しくないのだ。菅野がスポーツ報知を持ってきた。
長嶋一発契約更改
……通常は選手が球団事務所に足を運ぶものだが、やはり大スターはちがう。長嶋茂雄はオフシーズンの予定がびっしり埋まっているため、十六日球団職員が気遣ってミスターの自宅を訪れ、契約更改を行なった。推定年俸八千二百万円。炬燵に入りながら、わずか五分でサイン。
横長の大きな炬燵に入り、オールバックの男に見守られながら余裕顔でサインする長嶋の写真が載っている。ワイシャツにジャケツのラフな姿だ。写真に添えられた文は、多忙な長嶋に同情した巨人球団の××広報係が世田谷の自宅を訪れて契約更改。炬燵に入って統一契約書にサイン(十二月十六日)、というものだった。
王の記事もあり、大きなダルマの前で背広を着た王が破顔一笑、七本の指を立てている。写真の注は、大手町球団本部、十二月十八日となっていた。菅野は、
「足木マネージャーの話だと、ドラゴンズはおととしあたりまで毎月の給料をロッカールームで手渡ししていたそうです。厚い茶封筒と薄いそれの差は露骨で、不快な感じがしたと言ってました」
「足木さんから聞いたことがあります。いちばん厚い封筒を江藤さんが、これワシのやろと言って持っていこうとするのを、それはマーシャルのですと引き止めると、冗談やと言って返してよこしたって」
「マーシャル……四十年までいましたね。契約更改にしても、特定の選手以外は一軍選手でさえ何の交渉もできずに判子を捺すだけで帰るんだそうです。年一回のチャンスなのにね。二軍選手なんかまとめてバスに乗って球団事務所にいき、契約書に判を捺すか、クビを言い渡されるだけ。残留組は契約書の控えが入った封筒を持ち、そのほかの選手は手ぶらでいっしょにバスに乗って帰る。残酷なものだったらしいですね」
「いまもそうらしいですよ。でも、能力の格差など残酷でも何でもないと思います。生まれてから死ぬまでの自然現象でしょう。ガッカリすることじゃなく、受け入れるべきことです。それぞれが甘んじて受け入れて、自分のできる範囲でがんばるしかない。そうするために人間は生まれてくる。たまたまある分野の能力を人並以上に備えて生まれてきたのなら、その能力を最大限に発揮するよう懸命に生きればいい。それと報酬はぜんぜん関係のない話です。プロ野球に話を戻します。好きなことをして、給料までもらえるというのは架空のできごとです。もともとプロ野球選手の給料は狂気じみた架空の金額です。架空ならいくらだっていい理屈です。プロのチームに入れてもらえた幸運に感謝して、育成選手程度の給料でもいいと考えなくちゃいけない。バッティングピッチャーで雇われた稲尾だって、五十万という金に驚いたんです。一万円あれば、田舎に家が一軒建った時代ですからね」
廊下が掃除洗濯の往来でバタバタしている。菅野が、
「名古屋でも昭和三十年ごろは、二十五坪の土地を持ってれば、三部屋程度のふつうの家が五千円で建ちましたね」
「ドラゴンズに入団した一年前は、そんな架空の金はいらない、ゼロでもいいと本気で思ったこともありましたけど、いまでは衣食住の基本賃金は必要だと思ってます。でもプロ野球はそんなものではすませてくれない。二軍の基本給でさえ一般サラリーマンよりはるかに多い給料です。加えてファンからの支援もあるでしょう。野球用品でいちばん高いユニフォームと消耗の激しいスパイクは支給されるし、グローブとバットは人のお下がりをもらったっていいし。ただ人並すぐれた才能があるというだけで、プロ野球選手は恵まれすぎてるんですよ。クビになるのは、プロとして活躍できる基準に達していないからなので、甘受して別の人生を探すべきです。プロに残れるのなら徹底的に鍛錬して野球にいそしむべきでしょう。その基準を満たすためには、金がどうのこうのなんて暢気(のんき)なことは言ってられないんですよ」
主人が、
「おっしゃるとおりですな。飲み食いや着るものに贅沢しない、車は持たない、ギャンブルはやらない、家はアパート、そして野球だけをやる、それこそ理想の野球選手の姿でしょう。そこが理想なんだと忘れさえしなければ、いくら給料をもらったって神無月さんのような使い方になるでしょうな。少しでも目立った活躍をすれば支援するファンも増えるでしょうし、生活が苦しくなることはない。能力のなさだけはいかんともしがたい。サッサと巷の勤め人に鞍替えすべきですな」
千佳子が、
「こんな記事を見ると、おまえたちほんとうに野球が好きなのって、神無月くんは苛立つわけね」
「うん、ちょっとガッカリする。ストーブリーグと言えばこればかりだからね。マスコミもなんで報道するんだろう。放っておいたって何の不都合もないし、ファンだって野球だけ楽しめるのに」
睦子が、
「球団の宣伝ということもあるかもしれませんね」
ようやく厨房に物音が立ちはじめた。
二十七
十二時半、おしゃれをした千佳子、睦子、キッコが二階から降りてくる。
「わあ、お人形さん!」
拍手が上がる。
「一足先にいって、整理券をとって並んでます」
三人で出ていく。私は天ぷらきしめんとライスですまし、トモヨさんの用意したスカイブルーのジャケットを着る。ワイシャツはそれより淡いスカイブルー、臙脂のワンタッチネクタイをする。幣原が、
「少し……」
トモヨさんも、
「派手ですね」
やはり濃紺の上下にする。女将が、
「決まったがね」
みんなで拍手する。直人が足に抱きつく。その格好で三十分余りパズルをする。私たちは手を出さず、ピースを埋めこむ直人の手さばきを見つめる。車のパズルだ。イルカ、カメ、熊、猿などの少ないピースの動物パズルから始まって、この数週間で三十ピースほどの車パズルに進んでいる。
一時半。主人たちに、
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
夢中でピースを探している直人の頭を撫で、土間のジャッキの頭を撫でて、菅野と玄関を出る。門までトモヨさんとソテツたちが送ってくる。セドリックに乗りこむ。出発。
「二時から三時の一時間だそうですから、三時から会館の駐車場で待ってます」
「お願いします。少し長引いて一時間半くらいになるかもしれませんね」
「なんてことありません」
広小路通を市電と行き交いながら直進、十分ほどで東新町の交差点近くのCBC会館に到着。優勝インタビューで一度きたことのある、屋上に放送タワーを載せた六階建てのビルだ。昭和二十六年にここから日本初の民間放送を発信した。東側にはゴーギャンかピカソの絵のような大理石モザイク壁画が貼りついている。菅野は信号一つ先を右折して引き返していった。
広い植えこみ空間を眺め、屋根のある導路を歩いて玄関に立つ。〈公開生放送・中日ドラゴンズトークショー〉のタテカンが入り口に立っている。今回も大ガラスに監督や選手の美しいカラー写真が貼られている。すでに報道陣に囲まれた水原監督と選手たち一行が、バリッとした背広姿でロビーにたむろしていた。江藤、木俣、高木たちの顔が目につく。
「よ!」
「おお!」
フラッシュの中、手を上げて彼らに紛れる。水原監督と握手。
「よしよし、元気そうだ。キャンプまでくれぐれもからだを大事にね」
「はい」
小川に肩を揉まれる。菱川や太田や秀孝たちが握手する。中が、
「金太郎さんが名古屋にきたの、伊勢湾台風の年だったよね」
「はい」
「このCBC会館の改築が完成したのもその年だ」
「じゃ、あの壁画も」
「そういうことになるね。第一スタジオもね」
「ささやかな縁ですが、うれしいですね」
見物客らしき人たちがひっきりなしに映画館のドアのように分厚い扉から第一スタジオに入っていく。一枝が、
「立ち見も入れて二百五十人ビッシリだってさ。ところで金太郎さん、三日間、慎ちゃんたちと張り切っちゃったんだって?」
「はい、ちょっと」
「俺なんか食っちゃ寝だよ。朝夜、大阪の町を十キロぐらい走ってるけどね。来月の十日ぐらいから新人の合同練習に混じるわ」
「やっぱり合同でやるんですか」
「コーチなしだから、自己スケジュールでな。俺は寮部屋を借りる。名古屋の合同練習なら、トレーナーがついてくれるだろう」
水原監督が、
「よほどケガに気をつけてやってくださいよ。十二月、一月は休養を兼ねて個人鍛練を継続しながら二月キャンプに備えてほしい、という意向を球団が打ち出したものですからね。ケガをしたら元も子もない」
時計を見ると二時十分前。係員にどうぞこちらへと正面廊下の奥へ導かれる。第一スタジオのステージとつながる控えの間に通される。黒縁眼鏡の川久保潔が立って待っていて、深く頭を下げた。
「先回と同様司会を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
水原監督が、
「こちらこそよろしく」
全員頭を下げて大テーブルにつくと、女子社員二人の手でコーヒーが出された。水原監督、江藤、中、高木、木俣、小川、一枝、菱川、太田、秀孝、私の十一人。
「いつものとおり好きなことをおしゃべりください。トークショーと銘打たなくてもみなさんは勝手にトークしてくださいますので、司会としてはラクなことこの上ありません」
やがて伊藤久男のドラゴンズの歌が流れ、川久保に率いられてステージへつづく通用口の階段を登る。盛大な拍手。喚声と嬌声。最前列に例のとおりマスコミ関係者が並んでいる。聴衆の座席はビッシリ埋まり、壁ぎわに立錐の余地なく立ち見がいる。マイクやスピーカーや、メインとサブのテレビカメラの設えも先回とまったく同じだ。ちがう点は、雛壇がなく、五脚合わせの長テーブルへ天井から五本のマイクが垂れていることと、板東がいないことだ。少年たちの数が圧倒的に多い。睦子たち三人が客席のどこにいるかはわからなかった。辞儀をしながら名札どおりの席につく。真ん中に水原監督、彼の右に私、木俣、菱川、太田、秀孝、左に江藤、中、高木、一枝、小川と座る。手拍子つきの三番までの曲が終わる。川久保がスタンドマイクを外して握り、
「みなさま、たいへん長らくお待たせいたしました。九月下旬の祝勝会につづいて司会を務めさせていただくことになりました川久保潔でございます。ええ、ストーブリーグもそろそろ終わりに近づき、球団関係者は二月キャンプに向けて完全休養に入る季節でございますが、きょうはその貴重な時間をお借りしまして、中日ドラゴンズの超豪華メンバー十一人のかたがたに、来シーズンに向けての抱負や決意などを訊いていきたいと思います。では、水原監督は最後の貴重なご発言をいただくことにして、選手おひとかたずつに伺っていきたいと思います。まず、星野秀孝選手」
「はい」
「いよいよキャンプがひと月余りまで近づいてきましたけども、いまのお気持ちの高まりはどうですか」
「ああ、いやもうほんとに、楽しみと不安と入り混じってます」
「でも、防御率ナンバーワン投手の星野さんぐらいの選手になると、楽しみのほうが多いんじゃないですか」
「あ、いや、やっぱり、開幕、最初のほうは緊張感も高いですし、不安が……やっぱり楽しみです」
会場がドッと笑う。
「ね、ぼくらも楽しみな時期をすごすわけなんですが、さて、神無月選手、二連覇に向けて、連続三冠王に向けてということになるわけなんですが、どうですか」
どうですか? 単語も言い回しも下手すぎて、何を訊きたいのかよくわからない。
「はい、ちょっと、わかりません、おっしゃってることが」
爆笑。
「連覇に向けてのチームと個人の抱負をお聞きしました」
「とにかく打ちます」
拍手。
「いいですね、その気持ちは不動ですね」
アホにちがいない。
「さあ、高木さん」
「はい」
「今シーズンは盗塁が少なかったですね」
「いや、二十個走ってます。中さんより一個多い。ドラゴンズで二位です。金太郎さんが、気づいたら盗塁王っていう手品をやっちゃったから、目立たなかったんですよ」
なるほどというざわめき。
「小川さん」
「ほい。抱負?」
「いえ、このシーズンオフはどうすごされてますか」
「だらーっとくつろいでます」
「はあ、意外に、この、小川選手はクールな感じがして、あのう、緊張することなどないのかなと思ったりもするんですけど、そのへんどうでしょう」
これはひどい。応答できない。適当に答えるしかない。小川は首をひねり、
「いや、めちゃくちゃ熱い男です」
「いつぐらいから熱くなります?」
「……いつって? いつもです」
「なるほどねえ、ハイ、ありがとうございます。菱川選手」
「はい」
「菱川さんも来年楽しみな選手のお一人ですが、いまのお気持ちはどうですか。だいぶ心に余裕が出てきたんじゃないんですか」
「不安ですね。余裕を持てる選手じゃないんで、もうほんとにがんばるしかないです」
「なるほどねえ」
この男は何も考えていない。質問と応答を聴いている聴衆はたいへんだ。ヒヤヒヤしているだろう。
「江藤選手」
「お」
「今年のチームは、もちろんV2を目指していくチームになると思うんですが、チームのムードというのはどんな感じしてます?」
ギロリと川久保を睨み、
「いい雰囲気ですばい。だれも浮かれとりません」
「はい」
「来年も選手同士切磋琢磨して優勝を目指していこうと思うとります」
私もこういうふうに親切に応えたい。
「はあ、そうでしょうねえ。会場のみなさん! ここにいるかたのうちね、二人は新しい背番号なんですよ。まず菱川選手の4番。どうです?」
答えようがない。菱川は頭を掻き、
「は、ありがとうございます」
かわした。
「もうすっかり4番に慣れたんじゃないんですか?」
「そうですね。自分がつけてる背番号は見えないんで、あまり……はい」
「でも、むちゃくちゃ似合ってますよね」
「ほんとですか。まあまあ、もっと活躍して、ファンの目に浸透していけたらいいなあと思ってます」
「ねえ、スタンドにも4番をつけたユニフォームを着てるファンもいらっしゃいますもんね」
「ま、4番をつけてこれからもいい数字を残せるようにやっていきたいと思います」
「ありがとうございます、期待してます。さ、星野さん」
「はい」
「星野さんも20番ですよ」
「はい」
「それまでは35番でしたが、いかがですか」
来年の抱負から背番号に話が替わったようだ。とにかく相手に具体的な質問ができないので、応答の下駄を預けて時間を引っ張る。
「二桁から二桁。なので、あまりその意味の違和感はないんですが、大エース杉下選手がずっと背負ってきた番号ですから、着るたびに緊張します」
「とにかく、がんばってくださいね」
「がんばります」
江藤の背番号のことはいっさい訊かない。背番号の話題の先はどうなるのだろう。
「太田さん」
「はい」
「背番号40を変える予定はないんですか」
「はい、どうでもいいです」
どうしても背番号で通すつもりか。次の質問が浮かんでくるまで。
「40てのはいいですね、でもね」
太田は応えない。来期から5に変わることも言わない。でもね、の意味も不明だ。40でもねということか。
「これから40をつけたいという少年たちも出てきますよ。でも40で通すというね」
「どうでもいいです」
たまらず水原監督が軽くテーブルを指で叩き、
「もう背番号の話はやめましょう。トークショーでしょう。彼らを勝手にしゃべらせたらどうですか」
川久保は少し顔色を変え、呼吸を整えた。あとへは引けないという態度だ。