十九
映画館に着いた。カズちゃんに白封筒を渡そうとすると、
「帰りに食事をおごってもらうから、あとで使って」
青春の鐘の上映まで二十分ほどあったので、最初から観ることにした。カズちゃんとメイ子が売店で菓子や飲み物を仕入れる。優子がホールの壁に掲げられた男優や女優の写真を見上げながらソテツに、
「このオバサン顔の松尾嘉代って、テレビでよく見るわよね」
「うん、ただいま十一人でしょ」
ポップコーンの袋を配っていたメイ子とキッコが寄っていく。
「その人も日活です。ニューフェイスの四期と五期の間に五、六年あるんです。そのあいだの俳優募集は公募でした。松尾嘉代はそのころ日活に入ってます。日活を辞めてテレビにきたのよ」
メイ子が優子とソテツに言うと、キッコが、
「テレビにくる前に、にあんちゃんや、潮騒に出てたやろ。吉永小百合をいじめとった」
「そうでしたね」
それ相応にみんな映画を観ているのだ。ソテツばかりはやはり要領を得ずにキョロキョロしている。カズちゃんと千鶴がペプシコーラを配っている。五時半開映から一とおり観終わった客たちが出てきた。素子が、
「さ、入れ替わりやが」
両手に観劇のおやつを持ってゾロゾロ館内に入る。五十人も客がいない。それでもめいめい好きな席につくというのではなく、後ろのほうの席に左右二手に別れて固まった。右手後ろの私の両脇にソテツと千鶴、私の前に睦子と千佳子が陣取り、左手後ろのカズちゃんの両脇に素子とメイ子、カズちゃんの前に優子、信子、菅野が座った。
ブザーが鳴り、幕が開き、館内が暗くなる。わくわくする。オールナイト上映はニュースを流さない。付近の商店の宣伝も流さない。すぐに青春の鐘が始まった。日活マークと鐘の音。題字『青春の鐘』。舟木一夫の歌声。水色の空、鳴る鳴る鐘は……。
サッカーをする大学生たちが望遠撮影で映される。部員の一人がまちがいなく主人公だと予想がつく。一転して羽田空港。東大法学部を出た俊秀が新婚旅行に飛び立つ。小憎らしいインテリ顔の小高雄二だ。デッキで見送るのは父親らしき政府高官とその家族。さらに一転して、政府高官の居宅。小学六年生のハルオ(名門中学を受験することになっている)、姉は松原智恵子(兄は新婚旅行に飛び立った小高雄二)、高官秘書は藤竜也。松原の婚約者という設定だ。
そこへ新任家庭教師の舟木がやってくる。新潟は長岡出身、素朴な好漢。冒頭の大学のサッカー部キャプテンだ。いちおう名の通った大学のようだが、この一族の男どもは東大以外の人間に真の価値を見出さない。少しばかりの名門大学では不足を覚える。おまけに勉強よりもガッツと体力を叩きこもうとする能天気野郎ときては憎しみまで湧く。受験生の肉体を鍛えてほしいわけでもないのに、なぜこの家に舟木が雇われたかは謎だ。舟木に好意を抱いているのは寡黙な祖母と姉と中学受験生のみ。これで全体が読めた。ゆったり確認しながら観れる。受験生と家庭教師との友愛、舟木に対する姉の恋愛感情、母親と父親の舟木に対する揺さぶり、秘書の嫉妬と悪行。ハッピーエンドだけはまちがいないだろう。予想の当たり外れの細かなバリエーションを楽しむことにする。
新婚旅行から戻った秀才の兄は、受験生の弟に小難しい質問を仕掛けて煙たがられるくらいで、障害となるような何の役割も果たしていない。謎だ。サッカーカーにかまけて勉学に励む様子のない舟木は、一流新聞社に入ることを目標にしている。謎だ。ただし独立独行の男特有の爆発力は窺える。その舟木が、松原に近づかないことを条件に無試験入社を保証するという母親の申し出を受け入れる。謎だ。それ以前に、近づかないも何も、藤竜也の許婚という目で見ているだけで、舟木は松原に言い寄ってさえいない。わざわざ舟木の下宿を訪ねてきた母親の意図が不可解だ。藤竜也の嫉妬からくる謀りごとか。母親の帰りぎわに、舟木がくどく入社の言質を取ったりするのも解せない。しっかり荒唐無稽の展開になる。
受験生と松原は里帰りする舟木にいっしょについていく。藤竜也も同行する。このとき舟木は尊敬する兄に自分の(汚さ)を告白する。大学を出て就職を断念した(?)兄は、たとえ汚いことをしても希望を実現しろと言う。なんだ、舟木の言質取りは本意だったということか? それはないだろう。兄は地元に青年を引き留めることで町作りに尽力すると決意し(?)、丘の上に〈青春の鐘〉なるものを建設していた。彼は大学にいかなくてもよかったのではないか? ところで受験生は、地元の女に恋をする。藤竜也は姉弟が受験と婚約をないがしろにする気配をにおわせていると報告する。そのせいで舟木は高官一家から排斥される(言質は有効のまま)。舟木を排斥したことをなじる松原に、母親の口から舟木との約束事が暴露される。松原は舟木の行為を許せず、本心を訊きに舟木の下宿にいく。舟木は自分は汚い男だと居直る。え? この期に及んでも? ちがうんだと言えよ。あんたの家庭を壊したくないから、約束するふりをしたんだと言えよ。面倒くさくて屈服したくなるイヤな相手じゃないだろう。自己主張して受け入れてもらいたくなる気に入った相手だろう。松原は別れを告げる。ええ? 人間を見抜けないのか。
苦しい勉強生活に引き戻されたことに耐え切れず、受験生は恋した女を求めて家出する。松原の連絡を受けて下宿から駆けつけた舟木は、一家の者たちに極悪人扱いされて罵られるが、即座に罵り返す。ここだけは小気味よかった。それからたちまち受験生の行先を推測し(恋心を知ってた?)、故郷へ松原と直行する。恋する女の花嫁行列を茫然と見つめる受験生を発見した舟木は、社会の木鐸となる夢を捨てて、そのままふるさとに居つく気持ちを固める。家出少年を追ってきただけではないのか? 居ついて何をする気だ? 兄の決意と自分の希望はちがうだろう。私もここに暮らしていいですかと松原が問う。心から歓迎する、と舟木は答える。歓迎? 客人扱い? 愛を打ち明け合っていないからには仕方のないことかもしれないが、たがいの距離が遠すぎる。彼らにとって人生は常に漸近線だ。接点は永遠にやってこない。ここにいたい、ではなく、ここにいていいですか。きみをこの手に抱きたかった、ではなく、歓迎する。客の都合、客との距離。たしかにハッピーエンドではあったけれども、歯がゆいハッピーエンドだった。受験生は舟木と松原の恋愛成就を喜ぶばかりで、受験の結末は不明。舟木を罵った高官一家と藤竜也の後日談もない。受験生が恋する女と結ばれるとか、舟木が自力で新聞社に好成績で受かるといった意外なバリエーションの楽しさはなく、ただ苛立ちが残った。
館内が明るくなる。ソテツが感動している。
「結ばれてよかった」
結ばれてないぞ、あのままかもしれないぞ。千佳子と睦子が振り返り、ソテツにニッコリ笑いかける。十人ほど客が入ってくる。私たちはいっせいにポップコーンを噛み、ペプシを流しこむ。館内が冷えるので、女たちのほとんどが小便に立った。私もしておくことにする。
なつかしいアンモニアのにおい。売店と言い、ロビーや回廊と言い、便所と言い、どの映画館も銀映や保土谷日活と同じだ。だからこそ同じ場所にいるようで落ち着く。ブザーが鳴っている。席に戻ると睦子が、
「北国だと、ボイラーで焚いた温水を床下に配管してあるのがふつうですけど、ここは配管の数が少ないみたいです」
花ひらく娘たち。びりびり神経に響く吉永小百合の歌声。どこか気取りがあるのがいやだ。着物を着て和文タイプの仕事をしながら閉じ籠もっている姉の役。セックスのことばかり話題にするさばけた妹は和泉雅子。その類の話を毛嫌いするオクテの姉をいつも世間知らずとからかっている。弟二人も和泉に便乗してからかう。彼らの喧騒を団欒と観てノホホンとしている両親。そこへ弟たちの恋人二人が、それぞれの兄を連れて訪問する。浜田光夫と杉良太郎。この暇そうな兄たちの正体がなかなかわからない。一人がインターン学生で、もう一人がボンクラ会社員と知れるのはずっとあと。
吉永の家族一人ひとりが密着しすぎていて、常に和気藹々なのが異様に映る。訪問客二人も高校時代の同級生で、デートまで四人仲よくというのも……やりすぎではないか。そんなところへ浜田の父親が脳溢血で倒れる。そこから物語が動きだす。父を安心させたいので吉永を嫁にくれと浜田が言い、両親ではなく吉永がハイと承知する。信じがたい。浜田の危篤の父親が病床で、かならず結婚するという証に目の前でキスをしてくれと頼む。信じがたい。死にゆく人間がそんなものを見たいはずがない。
父親の死後、母親の浮気が発覚する。浜田は、こんな乱れた家庭の男と結婚してはならじと、酔いつぶれて吉永の家の玄関にへたりこみ、破談を宣言する。信じがたい。それからは口にするのも面倒なスッタモンダの挙げ句、ある夜、泥酔している浜田を吉永が迎えにいき、めでたくもとの鞘に収まる。その夜浜田と吉永が肉体関係を持ったことが、後日吉永の寝物語で和泉に吐露される。つまらない。しかも、浜田は泥酔していなかった可能性が高い。嘘くさい。まあ、青春の鐘よりも多少人間味のあるところかもしれない。杉と和泉が同日に式を挙げるのは付録。セックスをめぐる青春騒動。大勢の人びとにとってセックスは大切な上にも大切な儀式なのだと痛感する。
どちらも一時間二十数分の映画。十一時四十分になるところだった。ロビーに客があふれている。これからオールナイトもたけなわになるのだろう。いいタイミングで観た。菅野が、
「いったん北村席に戻って、車三台でいきましょう」
カズちゃんが、
「三蔵(みつくら)通をずっといって、にこみ亭よ。二時までやってるから」
「承知の助。一度入ったことがありますから」
ソテツが浮きうきと歩きながら、
「映画っていいですねェ。ときどき観にいこうっと」
皮肉っぽく笑う女は一人もいなかった。
セドリックに菅野と私とソテツと千鶴、クラウンにカズちゃんと素子とメイ子とキッコ、ローバーに千佳子と睦子と優子と信子が乗って、北村席のガレージから出発。深夜の名駅通を走って笹島の信号を越え、三本向こうの三蔵通へ入る。簡素なビルの列、イチョウの並木。灯りはビルの窓から洩れるものしかない。
「千鶴ちゃん、おもしろかった?」
菅野が訊くと、
「うちはシックリせんかった。主人公って、わざとらしいほど潔癖に描かんとあかのかな」
私は、
「青春映画って潔癖映画のことなんだ。胸を爽やかにするための清潔な映画だから、セックスは口先だけに留める。日本人は人間を総合的に描くのが不得意でね、セックスはセックス映画にまかせるんだね」
ソテツが、
「……セックスは大切ですよね。セックスで恋を超えた愛を知ることができるから。でもああいう映画で描かれると」
「そう、違和感があるよね。それでも、ストーリーに矛盾や疑問点がなければ、青春映画にかぎる」
「疑問点がありましたか」
「たとえば、家族が一人ひとりくっつきすぎてる、つまり関心を持ちすぎてる。現実ではありえない」
菅野が、
「石坂映画もそろそろ終わると思いますよ。いずれ思い出上映されるようになるでしょう。二、三十年したら」
並木がナンキンハゼに変わる。堀川を渡る。
「天王崎橋です」
左手に広小路通の納屋橋が見える。黒い堀川に街灯りが映って美しい。伏見通に出る。左手に御園座が見える。二分ほどで百メートルの久屋大通。百メートルいき、突き当たって右折。十メートルもいかずに左折。
「これが浜田光夫の女子大小路です。その先の武平(ぶへい)通と交わった二十メートル向こうににこみ亭があります」
十二時十一分。白いネオン看板に『にこみ亭』の黒文字。
「着きました」
目の前の青空駐車場に次々と車を入れ、十二人降り立つ。暖簾は淡いサファイア色。黒字で〈名古屋名物味噌煮込みうどん〉の染め出し。味噌煮こみは苦手だ。
「おととしか去年開店したって聞いてたけど、きれいな店ね」
手動ですと書かれた引き戸を滑らせてゾロゾロ入る。清潔で明るい店内だ。先客五人。小上がりに三人、八人掛けカウンターに二人。四人掛けテーブル二卓には客なし。
「いらっしゃいませー!」
ミニスカート穿いた中年のオバサンがメモ帳片手にカウンターの端に立っている。白衣をつけ、助さん格さんふうの青い鉢巻をした四十代の店主が店内を見回している。夫婦だろう。二人ともきびきびしている。テーブル二卓を八人の女たちが占領し、カズちゃんと素子と私と菅野は入口に近いカウンターの端に並んで坐る。菅野はさっそく煙草に火を点ける。客たちのテーブルを見ると、一品一品かなり量が多い。カズちゃんがテーブル席を振り向いて、
「あなたたち注文は?」
オバサンが寄っていく。味噌煮こみうどん三人(ソテツ、千鶴、メイ子)、鶏煮こみうどん二人(キッコ、優子)、親子煮こみうどん三人(信子、千佳子、睦子)。オバサンはカウンター席に戻ってきて、カズちゃんと素子が味噌煮こみエビ天うどん、菅野がざるきしめんと漬物の盛り合わせ、私はきしめんとライス。
「ここは手打ちと言っても、スイトンぐらいのちょうどいい硬さです。奥さん、あちらのテーブルにも漬物の盛り合わせね」
「はーい」
私は菅野に、
「なんで女子大小路って言うの」
「いまは大府に移転してますが、六、七年前までこの近所に中京女子短大があったんですよ。ここはその短大の西側の路地だったので、地元の商店主たちがそう呼んでました。浜田光夫の事件が新聞に出てから有名になって、一般的にそう呼ばれるようになりました」
二十
続々と注文の品が出てきた。私のきしめんは……油揚げ、ホウレンソウ、カマボコ、長ねぎ、素人が作った具の多いインスタントラーメンのいでたちだ。何だこれという感じ。麺の食感はワンタンの皮の感触。醤油ダレは東京の立ち食いそばの味。これならめしも食える。黙々と食う。カズちゃんは、
「さっぱりした味噌味でおいしいわね」
「手打ちゆっても、硬すぎんでええわ」
素子とうなずき合っている。テーブルの女たちはものすごく熱そうな煮こみうどんをフウフウやって食っている。みんな、おいしいを連発している。菅野はその様子を眺めながら、ざるきしめんをさらりと平らげた。白菜、キュウリ、ニンジンの漬物に横から箸を出して口に入れると、絶品だった。菅野が、
「いけるでしょ?」
「はい。半ライスと漬物の盛り合わをせください」
菅野も同じものを頼んだ。二人が食い終わるころ、女たちもようやく食い終わった。
「お腹いっぱい!」
千佳子が満足げの声を上げる。
「ごちそうさま!」
「おいしかった!」
オバサンと店主がうれしそうにうなずいている。ほかの客の腰が重いのを訝しく思って見つめると、食い終えたドンブリのツユにライス入れて、オジヤを作っていた。漬物の盛り合わせを五人前土産で買った。
会計は六千円もいかなかった。一人五百円もかかっていない。それでもみんなにありがとうを言われた。
―好きなやつに使ってこそ金やで。
「あしたは八時にランニング開始ですね。きょうはすぐ寝ないと」
車中で菅野が、
「中商のニュースを観て、うちでもお願いしますという電話が殺到してるそうです」
「ぜんぶ断ってください。千年小学校で打ち止め。来年は、講演という講演はすべてお断り。今後の静かな人生に向けて、できるだけ寡黙になっていきたいんです」
ソテツと千鶴が息を殺して聞いていた。
†
十二月十四日日曜日。七時半起床。快晴。四・七度。五時間睡眠だが、頭はスッキリしている。カズちゃんたちはまだ寝ている。ルーティーン。庭で屈伸運動。コーヒーをいれて飲む。
八時から菅野とランニング開始。カズちゃんたちが起きてきて、
「いってらっしゃい」
足が軽い。グローブを持つ手を交互に換えながら、スピードを上げすぎないよう注意する。西高正門から菅野は手を振って引き返した。
天神山公園、児玉小学校、西陵商業と過ぎ、康生通二丁目の環状線に出る。歩道橋を渡り、堀越の昇竜館を目指す。到着。屋内練習場と玄関のあいだにバンが停まっている。あれでくるのだとわかる。立寄らずに素通りする。例の土手道に出る。県道202号。この道に出るとかならず、シロの老いた顔を思い出す。
名西橋の低い橋げたをくぐり、一段低い土手道に移る。十分ほど走って、庄内公園野球場到着。八時四十分。名古屋西高まで二十一分、西高からここまで十九分。計四十分。走った距離の感覚は六キロ足らず。道はいつも思ったほど遠くない。
グランドを一周しはじめると、バンが土手の駐車場に到着した。星野、菱川、太田、江藤の順で降りてくる。水谷則博も降りてきた。みんな私と同じジャージに運動靴姿だ。オス、オス、と言いながら周回に加わる。
「わざわざきていただいて、ありがとうございます」
「みんな渡りに船やったっちゃん」
菱川が、
「三日間は大幸のほうへいかなくてすみますよ」
太田が、
「一月の自主トレ待ちの二軍選手がほとんどで、ただがむしゃらで、量にばかりこだわるんです。付き合いませんけど退屈で」
五周回って、協力し合いながら柔軟、キャッチボール、五十メートルダッシュ五本、素振りめいめい納得するまで。太田のバットを借りた。私は百二十本プラス三種の神器。バックネットの前で、太田、菱川江藤がティバッティングをする。集合。車座になる。江藤が、
「こんなもんでどうや、金太郎さん」
「十二月としてはじゅうぶんでしょう。特にキャッチボールは効果的だと思います。肩はすぐダレますから」
星野が、
「十二月に練習したいときは、このメンバーを誘ってここにくることにします」
「ピッチャーは投げすぎないように気をつけてくださいね」
則博が、
「一月からは大幸も忙しくなるから、それからボチボチ投げるようにしますよ」
「江藤さん、肘は?」
「ほぼ完治したんやないかのう。きょうはピリッともこんかった。もう半年、きつい守備練習ばせんようにしたら、ほとんどもとどおりになるやろう。お、ローバーがきおった。ワシらも引き揚ぐるばい」
一足早く五人はバンで引き揚げていった。運転していたのは菱川だった。ローバーのそばに睦子と千佳子が立っていた。
「お疲れさま」
「いや、ぜんぜん疲れなかった。二人を見たとたん―勃っちゃった」
睦子がヒャッと声を上げ、千佳子と笑顔で手を取り合った。千佳子は、
「あの河原の森へいきましょう。ムッちゃん、きょうは……」
「だいじょうぶ。千佳ちゃんは危ないんでしょう?」
「そうなの。出してもらってね」
「そうする」
二人は車中のバッグを手にした。河原の鬱蒼とした立木の繁みまで三人小走りでいく。二人は小暗い木陰でスカートの下のパンティを脱ぎ落とし、私に抱きつく。私はたがいにキスをする。スカートの裾から両手で探りながら二人の股間に指を入れると、微妙に温度のちがう膣が収縮する。
二本並んだ立木に手をつかせ、スカートの裾を尻から背中まで思い切りまくり上げる。寒空の下に、胴のくびれから尻、太ももにかけて、豊かで温かい肉づきが現れる。ジャージを下ろして千佳子に挿入する。何ほどもしないで亀頭が急速にふくらみはじめる。
「ああ、気持ちいィィ! 出さないでね、神無月くん、ムッちゃんのために出さないで、あ、神無月くん、イク!」
尻を突き出して心地よさそうに悶える。動く。
「も、いいです、もう、いいです、ううーん、イク!」
千佳子は曖昧なことを言わない気性の女だ。射精するなと本気で言っている。私は引き抜いて、後ろから腹を抱き締めて存分に痙攣させた。
「愛してます、愛してます、あああ、イク!」
尻を向けて待っている睦子の股間を吸う。
「ああ、気持ちいい、……がまんします」
指を入れる。
「あ、郷さん、そうしたら、もう……イ、イキます、イク!」
ふるえる尻を抱えて射精まぎわのものを挿入する。睦子は数秒で連続のアクメに入る。
「あああ、好き好き好き、愛してます、あ、熱い! イク、イク、イク!」
抜いて千佳子に、
「あ、だめ、すぐ、イクウウウ!」
抜いて睦子に入れたところで限界がきた。
「睦子、イクよ!」
「ハ、ハイ! 私もイク!」
吐き出した。
「ああーん、イックウウウ!」
川の岸さえ見えない樹林の中で、二人の女は何の気兼ねもなく激しい愉悦に浸った。遠く樹林の上方に高圧線を架け渡した鉄塔が何本も見えた。
睦子は股間を大切に拭き取ったティシュをバッグにしまった。そのあとで下着を穿き、一人、私のものを口で清潔にした。千佳子が肩をふるわせながら、
「神無月くん、いつもごちそうさま」
と言って懸命にパンティを穿いた。睦子は私の下着とジャージを引き上げ、
「ありがとうございました。きょうもすばらしいセックスでした」
三人軽快な足どりで車に戻る。睦子が、
「セックスをすると、何日間か頭の働きがよくなるんです」
「私もよ。からだじゅうの血が澄んだみたいになるというか」
千佳子はエンジンをかけ、車寄せから出た。筋雲の浮かぶ空が高い。
「あいつと出会ったのは十歳―」
「え?」
千佳子が運転席から振り返った。
「まだ子供だった」
睦子が、
「康男さんですね」
「うん、ぼくにとってただ一人の男伊達。義のためには命を惜しまない。あいつは中学生のときに光夫さんに連れられて売春宿にいき、童貞を捨てた。つまりセックスをしたわけだ。康男のことをあれほど親身に思っていたお兄さんが、康男の身にならないことをするはずがない。人が義人であるためには、人生の早いうちにくだらない好奇心を捨てておくことが必須だと知っていたんだ。いま、空を見上げたときふと思った。心を占める一つひとつの好奇心を捨てていって初めて、地上の社会よりも広い空を見上げる気持ちになれる……空のように好奇心から解放された気持ちで、その空の下で生きているすべてのものを見つめる……」
202号を降りる。
「康男さんは、そういう人だったんですね?」
「そうはいかないさ。空のようにというのは、ぼくの思いついた比喩だ。どんな人間もすべての好奇心を捨てることはできない。光夫さんも康男も、この世への好奇心を義俠一本に絞ろうと努力している人間だ。好奇心を一本に絞ると、静かで、孤独な人間になる。そういう人間が何を考えているか知りたくなるけど、たぶん考えというものはない。お兄さんは康男も自分と同じように、好奇心を〈義〉一本に絞ってほしかったんだろう。それがまちがっていたと感じて、学校へいけと言った。……まちがってなかった」
千佳子が、
「一本に絞れる人って、まずいないですよね」
「一人もいない。孤独は耐えられないから。何とか孤独に耐えて、好奇心を一本に絞って生きようとする人間は、人とうまくやっていても、頭の中は謎のように見られる」
「なぜでしょう」
「一本であることそのものが謎なんだ。ふつうの人間は、幼いころは希望という名前でいくつもの将来の定職候補を抱えてる。末は博士か大臣か、というやつだ。いくつも可能性があることに人は安心して生きる。……そういう人間とちがって、康男には幼いころから定職があった。ヤクザという定職だ。登竜門らしい登竜門はない。知恵や暴力で義を貫徹する素質が必要なだけだ。小学生でも定職に就ける。ものすごい美だ。名利、身分、社会的成功に関心を抱かない美。……彼らの生活は、頭目に忠誠を捧げ、義理人情を一途に体現し、社会的な利益の獲得に忙しくしない姿勢で送られる。……忙しくしていれば、社会的な成功につながる多くの要素を検見(けみ)できる。忙しくしていれば、当然たくさんのことに手慣れてくる。そのすべてを完璧にするよう慎重に準備するようになる。そんなことできっこないので、誇大な空想世界に生きるようになる。何をしたか、何をしたいかを空想する。どうなりたいかも空想する。空想世界に取り囲まれて、現実はかすんでいく。忙しくないならば、定職だけを一途に考えるので、現実はかすまない。ほんとうに生きていると言えるんだ」
「郷さんは生きてますね」
「いまはそう実感してる。ボールの手応えも、二人のお尻を抱いた手応えも、自分の定職の手応えだと信じられる。現実そのものだと感じられる」
「私も……生きてます」
千佳子が、
「どうすれば、いつも生きてることを実感していられますか」
「いつも、というのは難しすぎる。自分の美学に叶う好きな仕事を一つして、好きな相手と言葉とからだを接する。その生活を励ます彩りを素直に喜ぶ。……だから、定職だと思えないものは一つひとつ捨てていけば、その実感は確かなものになるだろうね」
いつの間にか四車線の広い道路を走っている。国道22ROUTEの三角標識が立っている。上堀越から鳥見町、堀越南、せいぜい四階建ての背の低いビル街を走る。康生通二丁目の信号から環状線に入る。環状線というのは国道22号線のことだと知る。熱田神宮9kmの標示が出てすぐ八坂の信号になった。左へいけば八坂荘。
上更の信号を左折して菊ノ尾通りに入る。右側のビルが高くなる。研(とぎ)の父親を見舞いにいった済生会病院。左側の民家の家並は低い。よしのりと入ったスナック詩音。押切の交差点。名無しの通りを市電が渡っていく。二年前のいまごろ、この交差点の電柱のスピーカーから布施明の歌声が落ちてきた。
二十一
菊井町。駅前ビルが固まりはじめる。那古野町の三叉路。ここを百江と歩いた。きれいなんだからもっとおしゃれをするようにと彼女に言った。彼女は笑ってうなずいた。……定かでない。ついこのあいだのことなのに。
正面に中央郵便局。則武のガード。睦子が、
「このガードをくぐって浅野先生と宮中にかよったんですね」
「一人で下校しただけ。登校は西口まで浅野と徒歩。このガードはかならず下校のときに通ったけど、憶えていることと言えば、節子の靴音が追いかけてきたことだけだね。……何のための時間だったんだろう」
「郷さんの守護神が与えた遠回りの試練です。試練に合格したから、最後に救ってくれました」
ガードをくぐり終えて明るい十字路に出る。千佳子が、
「ここから浅野先生の家までの道を憶えてないでしょう?」
「うん、西口からも憶えてない。何十回も歩いたのに」
「神さまは遠回りの試練といっしょに、記憶喪失のご褒美も与えたんだと思うわ」
直進して、いつか工場内を見学させてもらった山田曲物(まげもの)の前に出る。左折。清正公通の中村消防署に突き当たる。初めて見る景色だ。左折して笈瀬川筋。右折してコメダ珈琲。
「ここか」
「ガードから直進した分、ちょっと遠回りしました。遠回りしても、目的の場所はかならず見つかるわ。何のための時間だったのかなんて嘆くことはありません」
「……ほんとだね」
いつもの景色。休日のアイリス、土台の改築成った百江の家、椿神社、赤ひげ薬局、駅西銀座。このあたりから瓦屋根、二階建ての家が目立ってくる。駅ビルの裏手に当たる区域だ。この古色を帯びた町並もいずれビルに侵食されていくのだろうと思う。
小麦粉・雑穀後藤商店、右折。雑貨小崎商店、左折。牧野小学校、塀に沿って走り、突き当たって左折。北村席到着。グローブを手に狭い車から降り、ふだんより広く感じる牧野公園を眺める。公園の幅すべてに向かい合って北村席の立木が繁っている。十台ほど停まれるガレージ、その裏手にファインホース、数寄屋門から庭を含めて、道の辻まで北村席の宏大な敷地だ。全体を北村杜と呼んでもいい。
玄関戸を開けると座敷から賑やかな笑い声が聞こえてきた。厨房の音がバックグラウンドのように鳴っている。睦子たちが笑い声の中へ紛れていく。トモヨさんが直人といっしょに出てきて、
「お風呂できてます」
「サンキュー」
飛びついてくる直人の頬に唇をつける。満足した直人は座敷へ走り戻る。シャワーを浴び、湯に浸かる。千鶴が脱衣場の硝子越しに声をかける。
「着替え、置いとくでね」
「ありがとう。天ぷらきしめんと、どんぶりめし用意しといてね」
「はい……」
すぐに戻り、
「言ってきました」
しばらく立ち去らない気配だ。私は察して、
「……時間、いいの」
「うん、神無月さんのからだ流してくるって奥さんに言ってきたで。出してええ日」
「おいで」
裸の胸を揺らして入ってくる。羽衣の裏で交わった最初の感覚を思い出し、勃起する。湯船にいっしょに浸かる。口づけをし、胸を揉む。首にかじりついて跨ってくる。
「神無月さんはつづけてできるからだいじょうぶだって、奥さんが言っとった」
「きょうのことわかってたんだね」
千鶴は動きながら、
「もちろんやよ。あしたは優子ちゃんとキッコちゃんがいくって」
「二日連続で昼間というのは気分が乗らないな。きょうの夜にしようって言っといて」
「うん、言っとく。……ああ愛しとる、神無月さん……」
言いながら一度気をやり、離れて後ろを向き、湯殿の床に手を突く。
†
きびしい冷えこみがつづいた。翌日、翌々日と、五人の仲間と汗を流した。十五日の迎えは千佳子が一人できた。二人きりのときの千佳子は満ち足りた顔をして寡黙だった。助手席の私も何も話さず、満ち足りた気分で道の景色を眺めた。
「もうズーズー弁は話さないの?」
「帰省したときだけ話します」
「イネはいつまでもズーズー弁だね」
「青森から出てきて以来、ずっと籠の鳥だったからよ。あのきれいな顔に似合ってるのが不思議」
話し出せば会話が流れる。
「山口はいますごい活躍なのかな」
「地歩固めの時期は終わったみたいです。おトキさんからの連絡だと、東京のテレビ各局のアフタヌーンショーに駆り出されて、五分くらいずつ弾いたそうです。二つほどのコンサートホールの演奏会にゲストとして呼ばれて、何曲か弾いたとも言ってました。年末の豊島公会堂が初リサイタルになるんですって」
その夜は客部屋で、優子とキッコ二人と褥をともにした。深夜、則武に帰った。
十六日は菅野と主人が迎えにきた。一時間ほどの練習を終えたあと、二月キャンプの再会を約し、握手して別れた。主人と菅野も握手した。帰りの車中で菅野が、北村席の食事は日本一うまいと話題を出したのがきっかけで、きのうと一変して賑やかになった。私は、
「よく戦後の食糧難て聞きますけど、そんなにひどかったんですか?」
菅野は、
「終戦一、二年はひどかったです。愛知県、特に名古屋市は米の備蓄量は日本一だったので、木の根を食うというほどじゃありませんけど、自分で作物を植えられない人は政府からの配給だけが頼りでした。都会の人間は配給では足りませんから、農村に買い出しにいきました。買い出しは違法なんですよ。それで、闇市が立つことになる。これも取り締まられる。愛知県は他県より取締りが緩やかで、それで助かった部分はありましたね。でも食欲は満たされない。結局は、国鉄近鉄名鉄沿線の農家にひそかに買い出しにいくんですが、インフレなんで農民が現金をいやがる。彼らがいちばんほしがる衣料品、靴、地下足袋、酒と交換ということが圧倒的に多かった。せっかくそうやって苦労して手に入れた食料も取り締まりの警官に取り上げられることが多くてね。社長、北村席は戦後の食糧難をどうやって乗り切ったんですか」
「食うに困らんかった。不思議に思うやろな。この商売が役に立ったんだわ。女たちの実家はほとんど農業や漁業をやっとる。そこで戦後三、四年は、モノで借金返しをしてもええゆうことにしたんや」
「なるほど。あのころは全国的に、学校以外のあらゆる土地に、米、麦、野菜、果物といった作物が植えつけられましたものね。いろいろな家畜も飼育されたし。ましてや農家となったら」
「ほういうことや。学校の校庭にもサツマイモやカボチャを植えることがあったで」
「はあ、そうでしたね。そんな中でも、子供たちは元気に遊んどりましたね。特に野球。土曜日曜もなく、ほぼ毎日。私は二十代の半ばでしたので、ただ見てるだけでしたが」
やっぱり野球の話になる。
「ワシもそろそろ四十やった」
「そこへかぶせて、ラジオテレビが広まって、中日が優勝した昭和二十九年の夏には日本短波放送が開局して、毎日プロ野球を放送するようになりました」
「ほうやった。日本短波とプロ野球ナイター中継は切っても切れん関係やった」
「解説は小西得郎、飯島滋弥。名調子でした」
「テレビの最初のプロ野球中継を憶えとるか?」
「はい、昭和二十八年の夏です。NHKの阪急対毎日戦、一週間後にCBCが巨人対阪神戦」
私は、
「母が言うには、戦後すぐ、白井義男とダト・マリノの試合を父とリングサイドで観たということです。血が顔に飛んできたって」
菅野が、
「お母さんが? ……あり得ないですね。後楽園の世界タイトルマッチは昭和二十八年です。お父さんとお母さんは別居してたでしょう。神無月さんを野辺地に預けて、三沢で働いてたときじゃないですか?」
「……そうですね」
父と母が東京でひそかに逢っていたとは考えられない。これも嘘だったか。
「力道山がとつぜん引退してプロレスラーになったのも戦後すぐです」
「おお、柔道日本一の木村政彦とタッグを組んで、シャープ兄弟と戦ったな」
「空手チョップ。プロレスブームですね」
「八歳か九歳ぐらいでしたか、父を保土ヶ谷へ訪ねていったとき、街灯のテレビで若乃花栃錦戦を観ました」
「おお、大相撲もブームやった」
「昭和三十五年に栃錦が引退して、栃若時代から柏鵬時代へ」
「ぼくにはちょうど、横浜から名古屋へです。ポップスは五十年代から六十年代へ。すばらしい小学生時代だった」
「小学生時代だけじゃありませんよ。神無月さんの生まれたころからガラガラと世の中が変わっていったんです。美空ひばりの登場、時代劇スターの盛り上がり」
「見たこともないのに、メンコなどでよく知ってるという人たちですね。阪東妻三郎、片岡千恵蔵、嵐寛郎、市川歌右衛門、月形龍之介、中村錦之助、東千代之介」
主人が、
「月形までは大正以降の俳優ですが、中村錦之助や東千代之介、ほかに大川橋蔵や市川雷蔵なんてのは三十年も新しい。山形勲も片岡たちよりは十歳も年下です」
「中村錦之助は、横浜の反町東映で、七つの誓いを観ました。山賊オンゴの顔を忘れられない。主役の役名は忘れました」
菅野が、
「五郎です。オールスター総出演の映画でした。龍之介も千代之介も橋蔵も山形勲も、伏見扇太郎や千原しのぶや丘さとみも出てます。なんとかの巻、なんとかの巻っていろいろあるんですが、私も一本だけ観ました。大人にはつまらない映画だった。オンゴ役は吉田義夫と言うんです。阪神の吉田と同名だけどオの字が男と夫でちがいます」
「映画俳優の美男美女というのは、あの時代で決定しましたね。オンゴの怪物面は特殊だった」
「ラジオドラマの『君の名は』も女たちのあいだですごい人気だった。昭和二十七年から二十九年にかけての連続ドラマで、神無月さんのちょうど野辺地三沢時代で記憶の薄いころでしょう」
話は尽きない。
「映画はリバイバルのオールナイトで観ました。佐田啓二と岸恵子。イライラした。男の性に合わないドラマです」
「ハハハハ、約束しても逢えそうで逢えない」
「周囲の頑迷な強制で嫁にいくというのが許せない。野菊の墓もそうです。共感できないんですよ。家出でもして、逢えるまで苦労して生きていればすむことでしょう」
主人が、
「たしかにね。和子ならそうするわな。男の子も大人の男もほとんど野球を聞いとった」
「名作と思いこまされた映画も苦手です。二十四の瞳とか、しいのみ学園、何年か前の愛と死を見つめて。原作はよかった。感動をわざとらしく作り上げるという姿勢を周囲が認めることが苦々しい」
「相変わらず辛辣ですね。神無月さんの生まれた年に湯川秀樹が日本人初のノーベル賞。とんでもない勘ちがいで私も息子に秀樹とつけました。古橋廣之進も同じ年にロスアンゼルスオリンピックで三つの世界新記録。とにかく華々しい出発をした戦後でした」
「ドラゴンズが二十九年に初優勝したあとの球界はどんな様子だったんですか」
私は話を野球に戻した。菅野が、
「それから五年間は巨人のセリーグ五連覇、この間、中日は二位が二度、三位が三度。いちおうAクラスを通しました。パリーグは南海、西鉄三連覇、南海。西鉄は日本シリーズも三連覇。明るい話題ばかりの戦後に水を差したのが―」
「伊勢湾台風」
「はい。明治以降における最大の自然災害です」
「その街をいま走ってる」
「不思議ですね」
北村席帰着。庭石伝いにも会話がつづく。ジャッキが駆け寄ってくる。
「巨人五連覇の後期には、長嶋入団、西沢退団、明暗クッキリです」
「そのあとの五年間からぼくの野球人生が始まりました」
主人が、
「大洋優勝、雨雨権藤、桑田、江藤やね」
「はい。濃人の悪政のせいで残っている人は何人もいませんが、その時代へぼくはタイムスリップできたと思ってます。その人たちがいなくなったら、ぼくの野球人生も終わりだと決めてます」
「いさぎええの。最後はだれかな、高木さんかな」
玄関に着いた。ジャッキは庭へ遊びに戻っていく。
「ただいまあ!」
「お帰りなさい!」
昼めしどきだ。ここには食糧難の欠けらもない。