十三

 名古屋駅の壁時計、円盤をいくつか広げた得体の知れない電波塔、名鉄バスの始発駅になっている日本交通公社、ふんだんな水量で上がる噴水、右手に方角指示の矢印を高く掲げた青年像、美しく均衡のとれたワンマン市電、舗道を揃っていくミニスカート、縦横にいき交う車の群れ。目を洗う。大名古屋ビルヂングの森永の球形広告塔、銀行や映画館の看板を突き出した毎日ビルと豊田ビル、名鉄百貨店の大阪万博までのカウントダウン電光板も目を洗う。則武のガードをくぐり、文江さんの家の前を通って、コメダ珈琲、アイリス、椿神社と笈瀬川筋をいく。後藤商店を右折して、牧野小学校から牧野公園、北村席に帰り着く。
「ああ、わが家だ!」
「帰ってきましたね!」
 ボストンバッグと紙袋を後部座席から取り出し、数寄屋門の格子戸を開けたとたん、主人夫婦とトモヨさんがジャッキにまとわりつかれながら早足でやってきた。
「お帰りなさい!」
「ただいま!」
「早かったですな」
「向こうを九時に出ました」
 女将に紙袋を差し出す。
「角上楼手製の珍味です。晩めしで食いましょう」
 ちょうど早番の賄いたちが遅番の賄いたちと入れちがいに、
「失礼します」
 と言って玄関から帰っていくところだった。遅番はいつもだいたい二時前後に交代して夜の十時前後に帰っていく。カンナを抱えたイネ、ソテツ、幣原がやってくる。式台に上がりカンナの頬をつつく。愛に気づいても愛を理解できない、欲望のかたまりのような人間から生まれた〈愛らしい〉子。ソテツがボストンバッグを私と菅野から奪いながら、
「ここがいちばんでしょう?」
「うん、それを確かめるために出かけていくようなものだね」
 台所にいた賄いや、座敷にいた近記れんや木村しずかが玄関に出迎える。
「お帰りなさい」
「ただいま」
 菅野に、
「お疲れさまでした」
「ほいよ」
 座敷へいく。ガスストーブが効いている。北村席の暖かさだ。賄いたちは洗濯物の取り入れや蒲団叩きに裏庭へ。落ち着く。千鶴とソテツが男どもにビールとつまみを出す。つまみはごく素朴なナスとキュウリの糠漬け。縁側の窓辺に肘枕で寝転がる。菅野がだれかれに問われるままに、あるいは問わず語りに、旅や宿の話をしている。主人が、
「一人客で五万円台、二人だと七万から十万という金額はべらぼうやね。東京の高級ホテルよりも高い。ワシはただ、料理がうまいということで勧めたんやが―。そこまで高いとは知らんかった。フグコースをとると宿代に一万円上乗せゆうのもべらぼうや。それだで、歓待せんでええ言ったのを誤解したんやろう。安うしてくれゆう意味で取ったみたいやな」
 女将が、
「あれこれ世話焼かんといてゆう意味やったんやけどな。ただみたいにしてくれゆうことやなかったんよ……。まあ、神無月さんが五万円置いて、うまく形にはなったわ。神無月さんが繊細な人間やとすぐ見抜いて、つまらんサービスを申し出てまったとあわてたやろから……角上楼さんも恩を売った感じがせんで、胸撫で下ろしたやろう。で、また来年もいくん?」
「約束しましたから。一人でいって、電車の終点からタクシーでいくのもオツです」
 菅野が、
「車の四時間、五時間は疲れます。その形で私もいっしょにいきますよ。いいですか、神無月さん」
「もちろんです。一年にいっぺん、十万円の部屋ですごしましょう」
 主人が、
「そんなに苦労していって高い金払うのもどうかと思うがなあ」
 女将が、
「初対面の人に義理なんかあれせんのに」
 千鶴が、
「うちはわかる。神無月さんはそういう人やもん」
 幣原もやってきて、
「自分を気に入ってくれた人には、どうにかして応えてあげようとするんです。驚きますけど、わかります」
 主人が、
「神無月さんの人のよさを咎める気はないよ。一度贅沢な旅館を経験しとけばええと思っただけやから。まさかもう一度いくと約束するとは予想できんかったけど。まあ二度顔を出せば向こうさんも納得するやろうし、神無月さんの親切に感じ入って、もう無理は言わんようになるやろう。再来年は自重したほうがええです。仏の顔も二度まで。三度となると、ワシらも気の毒で見てられませんわ。あ、そうだ、神無月さん、ミズノからグローブ届きましたよ。パーンと修理して、紐も新品になっとりました。土間の納戸にしまってあります」
「ありがとうございます。十四日からの自主練に間に合ってよかった。同じようなミズノのグローブもあるんですけど、微妙な使い心地がね……」
 菅野が、
「そうか、あさってから江藤さんたちと庄内川原でしたね。私はランニングの途中から引き返して、十一時ぐらいに迎えにいけばいいと」
「はい」
「私か千佳ちゃんがいきます。それより中商があしたですよ。十時半には控室に入らないと」
「木俣さんは九時ごろにきて、母校をなつかしみながら歩き回ってるだろうな。中商ってほんとにいい響きだ」
「野球王国愛知県の文化と言ってもいいですね」
 キッコが二階から降りてきて、
「お帰りなさい。上に聞こえとったよ。人がええなあ、神無月さんは。自分をだれやと思っとるの。そんな高いとこ、二度といったらあかんわ。おえらいさんを五十万とか百万で泊めるタワケのホテルもあるらしいけど、アホクサ。本人が金を出すわけやないし、国か会社のおごりに決まっとるけどな。本人にしてみれば、勝手におごらせとけちゅうくらいの気分やろう。とにかく、ちょびっと食べ物がうまいからゆうて、お客さんから五万も十万も取ったらあかんやろう。おえらいさん本人も出したらあかん。千円ぐらいのチップならええけど」
「ぼくはおえらいさんじゃないよ」
「何言うてんねん。とんでもないおえらいさんやで。神無月郷にきてもらうだけでええ宣伝になるさかい、ありがたや、ありがたや、やろ。おまけに、手ェかけんといてくれて頼んどるくらいのラクな客やもん、一円も取ったらあかん。ぜったい自腹なんか切らせんゆうのがちゃんとした接待とちゃうん? なんかその旅館、中途半端なんよ。せこいゆうのか、料理代取ったり、神無月さんから〈お包み〉受け取ったり。そんなことされたら、ふつうはあとでそっとお返しするもんやで。高い金取るのは小ガネがある贅沢モンにまかせとけばええことや。まあしゃあないわ、来年いってやるて約束してまったんなら、神無月さんの気質として、どうしてもいくことになるんやろう。……でも、そんな高い金出すの理屈に合わんわ。もっとデンと構えてほしいわ。それができんなら、気使わんでええチンマリした宿屋にいくことやな」
 トモヨさんが、
「キッコちゃん、そこまで言わなくてもいいのよ。お義父さんも郷くんも申しわけない気持ちになっちゃうでしょ。みんなよかれと思ってしたことだから。お義父さんは郷くんによかれと思って、郷くんは旅館の人によかれと思ってね。理屈はキッコちゃんの言うとおりだけど、利益がらみの思惑にうまく対応できないやさしい性質が絡むと、キッコちゃんが頭にくるようなことが起きるの。私は、一度いったらもういかないというのがいちばんいいように思うわ。でも、やさしい人の行動はじっと見守ってるにかぎるの。自分もやさしい気持ちになれるし、なんだか快適よ」
「……ほんとはあたしもええ気分なんやけど、向こうにしてみれば、わざわざ訪ねてもらったゆうありがたみはないと思うんよ。自分とこがええ店なんで勝手にきたんやろうって気持ちやないかな。銀座の飲み屋みたいに。それだと、神無月さんが損しとるような気がして」
「損も得もないのよ。じゃ、直人を迎えにいってきます」
「あたしもいっしょにいくわ。ついでに学校にいってくる」
 ソテツが小さなビニール袋を差し出し、
「はい、おにぎり一個。自転車漕ぎながら食べてって。神無月さんのお土産の鯛そぼろというので作ったの。台所のみんなで試食ずみ。おいしいわよ」
 私は、
「半分は菅野さんの分だよ」
「わかってます。冷蔵庫に入れて冷やしてあります」
 二人が出かけると、女将と二、三人の賄いが帳場に入る。主人と菅野が出かけた。私は幣原に、
「こんなに早く見回り?」
「月に一回、寮の備品の点検です」
 私は玄関に出て、革慣らしのためにグローブに何度も硬球を叩きこんだ。弾みもほとんどなく、スタッとボールがキャッチングポケットに吸いこまれる。ジャッキが見つめている。
「よし、ベリーグッド」
 睦子と千佳子が、ただいまと明るい声を上げて帰ってきた。
「お帰り」
 私も明るく応える。千佳子がジャッキの頭を撫でながら、
「角上楼、どうでした」
「食って、寝て、散歩して、いつもと同じ」
 アヤメの中番も帰ってくる。笑顔の百江と優子と信子がいた。厨房では五時出勤の三上たち遅番組が簡便な食事をとっている。睦子が、
「ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・ホーム」
「うん。虹の彼方は北村席だね」
「それと野球場。帰還用の靴は菅野さんの車です」
 千佳子が、
「ちょっと愛知県の先っぽまで散歩してみたかっただけですよね」
「そ、どうでもいい好奇心」
 グローブを納戸に戻し、座敷へいっていっしょに金魚を見た。からだを振って指に近づいてくる。
「やっぱり金魚はこのまま座敷にいたほうがいいね。かわいらしいし、席のアクセントになってる。大きくならない品種みたいだし、冬の池に放すのは残酷だ」
 睦子が、
「宗近棟梁が言ってましたけど、北村席の池は外気の温度の影響を受けない清水なんですって。笈瀬川の地下帯水層に管を通して湧き出させてるので、一年じゅう十四度から十六度。だから池に放してもだいじょうぶなんですけど、いつもいっしょにいる人たちと離れちゃったら金魚たちもさびしく感じると思います。その意味で残酷です」
「魚にも心があるからね」
 餌を少しやった。
 アヤメの遅番組が出ていった。夕飯の仕度がたけなわになる。直人とトモヨさんが帰ってきた。
「おとうちゃん!」
「直人!」
 抱き上げる。
「おかえりなちゃい」
「ただいま」
 頬に頬を寄せる。幣原がジャッキの首に鎖をつけて散歩の用意をする。
「どこまでいくの?」
「飯田屋敷まで。お寺みたいに大きな建物があるでしょう? むかしの遊郭です」
「ああ、角地を全部占めてる家だね。あれ、遊郭だったの」
「駅のそばではいちばん大きな遊郭でした。飯楼(はんろう)と呼ばれてました」
「あそこから牧野小学校、牧野公園と戻ってくるわけだ」
「はい、一キロも歩きません。何の芸もなくいって帰るだけです」


         十四

 鎖を牽き、ミニスコップを手に庭に出る。まず一周させて排泄させるようだ。直人がついていったので、私たち三人もついて出た。庭の外れでジャッキは排尿と排便をした。小便は土をかぶせただけにしたが、便はかなり深く掘って埋めた。門を出て、裏の長屋から住宅街へと歩いていく。道ゆく人たちがジャッキと直人のかわいさに目を惹かれ、思わず立ち止まる。私たちににこやかに辞儀をして去っていく。
「ほんとに光が歩いてるみたい。神無月さんたちも」
 幣原がうれしそうに言う。
「二十日は千佳子の誕生日だね。靴とバッグ、忘れてないからね」
 千佳子は、
「二十一日が幣原さんの誕生日なんです。そのときでいいです」
 幣原が、
「私は何もいりません。プレゼントという齢でもありませんし、千佳子さんのお祝いのごちそうに便乗します。……こういう毎日が最高のプレゼントです」
 一軒の家の生垣で直人が立ち止まる。曇り空に映える蝋梅(ろうはい)の黄色。
「少し咲くのが早いな」
 睦子が、
「お正月ごろの花ですよね」
「うん。なんで蝋梅って言うのかな」
「蝋細工みたいにカチンとしてるからだって聞いたことがあります」
 幣原が、
「花の少ない時期に咲くうれしい花ですね。とてもいい香りなんですよ」
 千佳子が、
「正月を過ぎてから咲く花ってあるんですか?」
「冬牡丹。寒牡丹とも言うね。キャベツやブロッコリーみたいな葉牡丹もある」
 幣原が、
「牡丹の歌で何かありますか」
「好きじゃない俳人だけど、高浜虚子の歌がある。―そのあたりほのとぬくしや寒ぼたん。ほのとぬくしや、は耳触りが悪い。ほのかにぬくしがいい」
 直人とジャッキが先を促す。庭のある民家やトタン造りの民家のあいだに、丸いベランダを突き出したシャレたマンションが建っている。新しい。すぐそばに空地がある。
「あそこにも建つな。どんどんこうなっていくんだね。それ以外の感想はないけど」
 竹橋町の信号まで出、太閤通を少し歩く。案外家並は変わらない。くたびれたようなビルや民家や商店が並んでいる。すぐに住宅街へ戻る。トタン家や板壁の家が増える。伊良湖ほど駐車場は多くないが、狭いコンクリート空間が結構ある。土の空間はない。これではジャッキの排泄場所は見つからない。
「なるほど、ジャッキは庭で大小するしかないな」
 飯田屋敷。唐破風からはっきりと妓楼建築だとわかる。玄関の柱と壁は、渋茶や桜色の豆タイルで飾られている。かつての顔見世バルコニーの上にある少しカーブのある屋根は、寄棟屋根の上に切妻屋根を載せた錣(しころ)屋根で、まるで仏閣のようだ。睦子が、屋根を見上げる私の横顔に、
「人には似合った生き方ってあると思うんです。命を永らえるやり方です。……郷さんにやさしさは似合わない。やさしくされるほうはうれしいでしょうが、郷さんには似合わない。どんなふうに生きても私はそばにいますけど……ただ、自分の言行に拘らないためには捕獲……と言うより、狩りそのものがいちばんだと思います。それがいちばん似合ってるし、郷さんはずっとそうして生きてきた感じがします。言葉も行動も」
 千佳子が、
「捕獲というと欲望の色が濃くなるけど、狩りというのがピッタリ。そうして生きている神無月くんがいちばんセクシーね」
「狩りなんかしてたら、忙しくて、愛する者への関心が薄くなるね」
 睦子が、
「バッターボックスはいつも狩りです。女の人を相手にするのも一種の狩りです。百万回狩りをしてやっと薄まるくらい、郷さんの愛情は濃いものです。直人ちゃん、疲れた?」
「つかれない」
 直人は、一部廃屋になっている飯田屋敷をキョロキョロ眺め、タイルに触ったり、朽ちた窓に嵌めこまれた板に触ったりする。牧野小の裏手に出る。直人は三階建て校舎を見上げる。
「正門に回ってみよう」
 ジャッキの鎖を幣原から譲り受け、半周して正門に回る。バックネットのある土の校庭だ。校舎の大きさと古さがわかる。プールも体育館もある。樹木は桜と松と……もう一つは剪定で刈りこまれているのでよくわからない。ジャッキが牧野公園へ急ぐ。
「子犬だからといって公園内では放せない。鎖を持ったままいっしょに走るよ」
 直人はとつぜんしゃがみこむとジャッキを抱き締めた。幼い心に、生きものに対するいとしさが不意に湧き上がってきたのだろう。愛情の芽生え。この心は生涯変わらない。私の分身も愛の人間だった。ただ、愛の人間は爆弾になり、英雄になる可能性がある。日本人は英雄を好まない。役人が好きだからだ。お役所気質―彼の前途を不安に思う。千佳子が、
「神無月くん、このごろめっきりむかし話をしなくなったわ」
「そりゃいけない。自分じゃいつもむかしの中に住んでる気持ちなんだけどね。むかし話をしなくちゃ何ごとも始まらない。現在が充実しないからね。人間の質が低下しはじめてる兆候かもしれない。先ばかり見るやつは下等だよ」
「先なんか見てないくせに」
 睦子が、
「郷さんは、ほんとうは過去を思い出すことも、未来を思い描くことも、少し億劫に感じる人です。特に未来のことはほとんど語りません。めずらしいほど〈いま〉が好きな人なんです。郷さんがむかし話をするのは意外なアクセント。とっても新鮮。真剣に生きるってそういうことだと思います」
 千佳子が、
「ときどき、アクセントくださいね」
「過去がたくさん積み重ならないと、むかし話にコクが出ない」
 幣原が、
「人の何倍も生きた人生です。語ろうと思えばいくらでもあるでしょう」
 牧野公園についたとたん、ジャッキが首輪を引っ張りだした。私もいっしょに小走りになる。子犬の走行スピードとは言え、かなり速い。少なくとも私のふだんのランニングスピードより速い。鎖が引っ張られる。鎖を離せば走り回って手に負えなくなる。土の新しい環境がめずらしいのだろう。牽かれながらでもいっしょに走ってやる。三分ほど迷走しているうちに、ようやくジャッキに飽きがきた。すかさず抱き上げる。みんな大笑いしている。直人も女の子のような声を上げて笑っている。ジャッキは舌を出してハアハアやっている。私も彼より激しくハアハアやる。睦子に鎖を譲った。
 ジャッキは庭から土間に飛びこみ、夕食をねだる。主人たちもカズちゃんたちも帰っている。直人といっしょにみんなで手を洗い、すぐ夕食になる。カンナは離乳食、すべてすりつぶしの、粥、野菜、豆腐、白身魚、茹で玉子。直人はめし半膳の鶏そぼろ丼、茹でニンジンの星型カット、コーンたっぷり、細かく切った小松菜大さじ一杯ぐらいを載せてある。それにミートボール二個。うどんダシのタマネギとニンジンのスープ。ビールの肴に角上楼のフグの和え物。幣原に、
「直人、けっこう食うね」
「だいたい大人の半分です」
 直人は、けっこうくう、と得意そうにスプーンを挙げる。私たち大人は、麻婆春雨、セロリとザーサイの和え物、長細い銀紙ケースに入れたチクワのマヨネーズ焼き。それとシメジの味噌汁。やはりどこかサッパリしていて口に合う食事だ。主人と菅野はしばらくビールをつぎ合うが、やがてめしにする。めしはたいてい一膳だ。
 いつものように直人があくびを始めると、別の時間が動きだす。トモヨさん母子とイネが風呂に去り、きょうは角上楼のウイスキー入りのケーキが切られた。菅野の分一枚と遅い帰宅組の分一枚と、トモヨさんとイネの分を残し、大人たちで残りをペロリと平らげた。
 テレビの時間になる。トルコの遅番がチラホラ出かけていき、踊りとか活け花の予習や復習をしたい者は二階の十畳の稽古部屋へいく。女将に、
「踊りのお師匠さんて見たことないけど」
「私が土日の暇なときに教えとるんですよ。三人ぐらいにな。お華のほうは相変わらず週に一回きてもらっとる」」
 テレビを観るじゃまだというので、この数日のうちに雀卓は二階の端の娯楽部屋へ片づけられた。一階の浴場の斜め上の部屋だ。出窓がトモヨさんの離れに向いている。いまだに北村席のすべての部屋を見て回ったことがない。相部屋も含めて、二十部屋はあるにちがいない。菅野が、
「あしたは九時半に出ます。ランニングは西高正門まで」
「了解。あさっての菅野さんの引き返し点ですね」
「はい」
 風呂上りの直人がお休みなさいを言いにきた。きょうの日没だ。みんなで手を振る。
         †
 十二月十三日土曜日。正六時起床。晴。四・四度。二日ぶりにうがいから始めて一連のルーティーン。マシン十五分、片手腕立て十回ずつ、倒立腕立て十回、バーベルは二日置きと決めて、百キロ三回。庭に出て素振り九コースふつうの力で二十本ずつ計百八十本。からだの回転のタイミングを取り戻す。
 ステーキ百グラムを切り分けたものが皿に載る。付け合わせはジャガイモと大根おろしとブロッコリー。ニンジンと千切り大根のサラダ、豆腐と白菜の味噌汁、どんぶりめし。カズちゃんたちはハムエッグとレタスサラダと味噌汁。酒のあてのような角上楼の土産品は持ち帰らなかったようだ。
 八時。菅野と西高往復。かなりスピードを上げて走る。
 北村席に帰って、二人でシャワー、洗髪。軽くヒゲ剃り。コーヒー。九時。スーツを着る。ネクタイはせず。テーブルに主人と菅野と向かい合い、〈中商〉の予習。
「中京高校に関する本というのがなくてですね、神無月郷のマネージャーという名目で教務部のほうへ問い合わせました。大正十二年中京商業学校創立だそうです。甲子園優勝八回、春二回、夏三回、準優勝春三回。昭和二十三年に中京商業、四十二年に中京高校と改称。校長職は歴代梅村家が継いでます、これまで五十数人のプロ野球選手を輩出してます」
 何の役にも立たなかった。九時半、カンナの頬をつつき、ジャッキの頭を撫ぜ、名大生二人と玄関を出る。登園するトモヨさん母子ともども主人夫婦に門扉まで見送られる。セドリックに乗る。
         †
 十時五分、中京高校正門着。門脇に大きな立て看板。
    
   
心に響け!球魂 
 
中京高校設立三周年記念
 講演 木俣達彦氏 神無月郷氏


 新聞記者やカメラマンが十人ほど群がっている。うれしいことに彼らの中に木俣が立っていた。私たちが手を振るのに応える。門を入った右手の駐車場に車を入れ、睦子たちと降りる。ワッと報道陣が取り囲む。菅野と名大生二人は講演会会場という矢印のほうへ早足に去っていく。木俣と連れ立ち鉄筋三階建て校舎の玄関に向かう。
「名古屋駅からは市電で?」
「タクシー。三十分ちょい」
 ひさしぶりに目を射るフラッシュ。報道員たちもゾロゾロ移動する。
「出身者の利だな、俺の名前が上だなんてさ」
「上も下もありません。プロ選手歴の順番ですよ」
 玄関土間の両脇に物納れを兼ねた下駄箱がしつらえてある。目の前が広い廊下になって左右に貫いている。そこに教職員たちがズラリと立ち、拍手で出迎える。年老いた教師が多い。そこにも報道関係者が何人もいる。教師全員声を合わせ、
「ご来訪いただき、光栄です!」
 一教師がスリッパを並べて置き、廊下へ招じ上げる。
「どうぞ応接間のほうへ」
 外観とちがって一つひとつの教室がふつうのしつらえであることに安心する。青高ほどは古くもなく、回廊も複雑でない。窓の上部の壁に、十メートルほどの間隔で〈真剣味〉と書かれた額が掲げてある。そのモットーどおり、私たちが通り過ぎる横顔を教室の内部から目にしてもても、詰襟姿の生徒たちはへんに浮き足立たない。
「きょうは十時半で授業終了ということになっております。千五百人ほど体育館に集まって聴講いたします」
 玄関棟の廊下の半ばまで歩き、応接室に入る。校長と副校長らしき人物が立ち上がり最敬礼する。
「木俣選手、神無月選手、ご来訪感謝いたします」
 握手。フラッシュ。
「どうぞ腰を下ろしていただいて」
 私と木俣がソファに腰を下ろすと、教師やカメラマンたちはサッと入口付近に控えた。女子職員の手で茶が運ばれてくる。立ったまま校長と副校長が名乗り、テーブルに向かい合って腰を下ろす。
「シーズンオフとは言え、ペナントレース優勝、日本シリーズ優勝のあとのお忙しいスケジュールの中をお越しいただき、ほんとうにありがとうございました。きょうは生徒たちの前で短くも長くも存分にしゃべっていただければありがたいと存じます。木俣さんは当校を卒業なされてからいかほどになりますか」
「六年です。昭和三十八年卒業ですから」
「そこから中京大学へ」
「はい。慶応大学に受かりませんでしたので」
「その年に愛知大学リーグで首位打者とMVP」
「はい。翌三十九年に中京大を中退して中日ドラゴンズに入団しました」
 副校長が、
「輝かしい球歴ですな。母校の誉れです」
「球歴ではなく野球学歴でしょう。その種の学歴ゼロで、空から降って湧いた神さまの球歴が最強ですよ」
 フラッシュが瞬く。


         十五

 校長が、
「神無月さんのことは、小学校五年時より、中商陸上部顧問の押美氏より伺っておりました。残念ながら神無月さんは諸々の障害のせいで〈学歴〉を作れませんでした。以来、まったく苦難の道のりだったと思います。逆境の中でこつこつと〈球歴〉のみを築き上げられて今日に至られた。感服いたします。立ち入ったことを申し上げるようですが、プロに入られてからも苦難の連続でしたね」
「イヤな人間に対しては対処が簡単です。裏切りを想定すれば、幻滅することはありませんから。好ましい人間に適する対処法ではありませんけど」
 副校長が、
「その冷静な姿勢を快く思わないファンやマスコミのいることが、私どもには信じられない。……強靭な精神力だと思います」
「曲がりなりにもいまぼくは、愛する野球に携わっていられます。……人がどう思うかはどうでもいいんです。自分が強くなれれば。……まだしっかりできているかどうかわかりませんが、忘れることを学びました」
 女子職員が入ってきて、
「そろそろ会場のほうへ。中京大学ブラスバンドと中京高校吹奏楽部の合同歓迎演奏が始まります」
「写真をお願いします。四人で手を集めてください」
 カメラマンの一人から声がかかった。私たちは立ち上がり、カメラの前で手を重ね合った。だれ一人笑っていなかった。笑顔をとも求められなかった。
 職員に廊下の外れまで従っていき、ゆっくり長い板の渡りを歩いて、記者カメラマンともども体育館に入った。二千人はいる。ブラスバンドの響きが弾けた。ヴィヴィアン・ダンのキャプテン・ジェネラル。私が生まれた年にイギリスで初演された曲だ。演壇の奥に五、六十人居並んで演奏している。彼らの頭上に立て看と同じ文句の仰々しい横断幕。十メートルほどだろうか。私たち四人は金管の響きの中を壇上に登り、記者たちは段下に控える。壇袖の折り畳み椅子に、校長、木俣、私、副校長の順で座る。大聴衆を見渡す。前二列に教職員、その後ろ二列にユニフォーム姿が並んでいる。残りは中ほどの列まで詰襟姿、後列端列まで一般の聴衆、最後部の空間に新たな報道陣。演奏が終わる。正装した司会者が反対裾のマイクの前に立った。
「三年生の社会科を担当している教務課主任の××です。生徒諸君、ならびに関係者諸兄のみなさま、きょうここに、とんでもないおふたかたをお迎えすることできました。お一人は、昭和三十八年度本学卒業生木俣達彦氏、もうお一人は、いまや世界に知らぬ者なき大ホームラン王神無月郷氏です」
 会場を揺らす拍手。
「野球の強豪わが校にあって、よもや野球に疎い人がいらっしゃるとは思いませんが(背筋を正した笑い)、おふたかたをごく簡略にご紹介させていただきます。昭和三十八年愛知大学リーグ首位打者、およびMVP、マサカリ打法、今季野村克也選手と並ぶ捕手歴代ナンバーワン五十二本塁打、異名野球博士、中日ドラゴンズの攻守の要、以上木俣達彦選手です。もうひとかた、青森県高校野球公式戦二年連続三冠王、北の怪物、東京六大学野球公式戦二季連続三冠王、天馬、東大中退中日ドラゴンズへ電撃入団、オープン戦、ペナントレース、オールスターゲーム、日本シリーズ、すべて三冠王、かつMVP。まさに鬼神、以上神無月郷選手です」
 さらに耳をつんざく拍手。
「私の先触れはこれくらいにして、それでは中京高校校長梅村清弘から開会の辞をいただくことにいたします」
 校長が演台に進み、マイクに向かった。フラッシュ。
「当学園創設以来四十六年、最大最高のゲストをお迎えしました。昇竜の眼木俣達彦氏二十五歳と、昇竜の翼神無月郷氏二十歳です。軽々と向こう十年は中日ドラゴンズのみならず日本プロ野球界を背負うであろう、前途洋々たるおふたかたです。おふたかたをお招きできたのも、わが校が野球の名門校であったがゆえの僥倖です。おふたかたの言葉を耳と心に滲みこませることによって、その僥倖に感謝してください。ひとことも聞き漏らさないようにしましょう。木俣選手、神無月選手、ほんとうにきょうはありがとうございます」
 校長は礼をして席に戻った。私は彼に辞儀をし、反対裾の司会者に向かって手を挙げた。司会者が走ってきた。耳打ちをする。司会者が走り戻った。
「神無月選手より、海を越える握手というスーザのマーチを演奏してほしいとのリクエストをいただきました。短い曲だそうです。それでは演奏が終わったあと、お一人ずつ語っていただきます」
 演奏が始まった。突然涙があふれた。うつむいて木俣の手を握った。木俣は驚いて連鎖したかのように腕を目に持っていった。校長と副校長もハンカチを出した。演奏が終わると、木俣が演壇に進み出た。
「木俣です。達ちゃんと呼ばれとります。中商出身の縁でここにきとります。……なんでかなあ、金太郎さんは泣くんですよ。レフトの守備位置でもよく泣いてます。一瞬何かに心臓をつつかれて、これまでの人生が押し寄せてくるんでしょう。……すると、俺たちも泣くんです。ぜんぶわかり合った気持ちになるからです。俺、本気でしゃべってますからね。菱川なんか、金太郎さんのためには命は要らないと言います。俺も、江藤さんも、中さんも、守道も、修ちゃんも、健太郎も、太田のタコも、秀孝も、ほかのほとんどのやつらも同じ気持ちでいる。もちろん監督もね。なぜって、金太郎さんが俺たちのために命を捨ててるからですよ。出会って、気に入って、愛した人間のためには命をくれてやるという気持ちで生きてる。こんな重たい命をね。……俺、入団以来チームプレイ一筋で生きてきたんです。一勝でも多くチームを勝たせたいって気持ちで。……自分がどれほど野球を愛してるか、野球をする一人ひとりの人間にどれほど感動してるかなんて考えたこともなかった。……言いたいことわかるよね。金太郎さんが言葉と行動で示してくれた。全体じゃなく個人を考えるようになったら、チームじゃなく、好きな野球に打ちこみだした。そしたら腕が上がって、自分以外の腕のある人間に感動するようになった。腕というのは猛烈な個人鍛錬の成果だから。同じことを健太郎も、一枝の修ちゃんも、闘将慎ちゃんも言ってた。闘将と酒豪という肩書は返上したみたいだ。人目を気にして気取ってるって言ってね。つまりそういう気持ちになったら、自然と強いチームになったんです。参考になるでしょ。金太郎さん、廊下の壁に何枚も貼ってある真剣味という言葉をじっと見てたよ。自分自身を見るようにね。きみたち、ま、俺もそうだけど、いい学校で学んだね。……口はばったいけど、俺、真剣に生きてきたから、真剣な神さまに出会うことができた。ものごとを笑い飛ばしちゃだめですよ。皮肉な目で見てもいけない。何がいちばん好きか、だれをいちばん愛してるか、そこへ向かってまっしぐらに真剣に生きるんです。道はもともとそういう人にしか開かれてない。……俺、前座のつもりでしゃべりました。では、敬愛する神無月郷に座をまかせます」
 割れんばかりの拍手。フラッシュ。木俣は戻ってきて、私と硬く握手した。赤い目をしていた。校長と副校長が立ち上がって深く礼をした。私は演壇に近づき、マイクに顔を寄せた。
「神無月郷と申します。郷愁の郷と書きます。ぼくは常にやさしい人びとに肩を押されて一歩ずつ歩んできた人間なので……その一つひとつを郷愁にしてきた人間なので、行進曲に耳を刺され、肩を押されると涙が湧いてきます。すばらしい演奏で涙を絞らせていただいたあと、ぼくはいま、澄んだ気持ちで頭の中だけを見ています。この学校までやってきた道のりも、この学校の建物も思い浮かべていません。あこがれの〈中商〉だけを見ています。あこがれの中で、ぼくはこの学校の出身者です。いまいっしょに野球をやっている中商の先輩や同期の人たちの名前を並べてみます。木俣達彦、伊藤竜彦、江藤省三、山中巽、伊熊博一、水谷則博。彼らを同じ学び舎に学んだ同朋と思っています。幻と言わないでください。……名古屋に転校してきた小学校四年、しっかり覚えたプロ野球十二球団の名前の次に、耳の底にこびりついた名前が〈中商〉でした。その学校へいって、それから中日ドラゴンズにいく。それがぼくの〈きびしい〉夢でした。……不運な頓挫があるまでは、その夢を保ちつづけました。頓挫してはじめて、力のある集団に所属して何かを得るという生き方をやめる決意をすることができました。少なくとも最終目標に到る途中で集団の他力には依存するまいと決意したんです。たしかにぼくはそうやって、一つずつ、一歩ずつ目標を成し遂げてきましたが、最良の方法をとったとは思えません。きびしい夢の中にしかない切磋琢磨が欠けていたのです。人はある種きびしい夢に属し、力ある者たちの中で自分を磨き、その過程でものごとを達成していくべきです。達成すれば満点というものではない。夢見心地の過程が必要なんです。その残念な思いがあるせいか、いまなお中商は―あえて中商と言わせてください―ぼくのあこがれであることをやめていません。真剣味……あなたたちを羨ましいと心から思います。結局ぼくは不運から抜け出せただけで、あこがれからは抜け出せていません。甲子園、夏六回、春二回の優勝校と聞きました。球児の夢と見なされるのもむべなるかなと思います。どうかいつまでも球児のあこがれでありつづけてください。ただ……このきびしさに包まれた中京高校は心配ありませんが……ここを巣立った将来、集団の権威に甘えて自己鍛錬を緩めるような危険が出来(しゅったい)した場合は、その集団を捨てて出直さなければならないと、いつも自戒していてほしいのです。……ついこのあいだ、むかし話をしなくなったね、と親しい人に言われて愕然としました。人は記憶の積み重ねです。記憶を失えばだれになりますか? むかし話をしなくなったと指摘されて、自分が人でなくなりかけているかもしれない、それは自分に油断があるからだと気づいたんです。しっかり現在の自己鍛錬がなされていないからだと気づいたんです。むかしを忘れかけたら、それはもう人ではありません。先へ前進することばかり気にかけて、現在の瞬間へのよりよき没入がないからです。過去が充実していなければ、充実した現在もない。振り返るな、先へ進めとよく言われます。しかし大切なのは現在なのです。充実した現在がすぐさま充実した過去になります。そして、栄光であれ挫折であれ、その連綿とした過去は、常に振り返って偲ばなければならないものなのです。ぼくは千年小学校、宮中学校、野辺地中学校、青森高校、名古屋西高校の校歌をすべて覚えています。充実した過去の節目に聞き、唄ったものだからでしょう。過去の節目の道標と感じるからでしょう。自分なりに充実した現在を保てた結果だろうと自得しています。……愛する者たちともっとむかし話をしようと思います。歩いてきた道を忘れない人でありたい。……木俣さん、中商校歌を唄っていただけませんか。会場の後輩たちに熱き道標への思いを届けたいんです」
 木俣が笑顔でノシノシやってきて演壇の私に並びかけると、背後ですぐに演奏が始まった。前列の教師たちと生徒の半ばが立ち上がった。一般の聴衆からもパラパラ起立する者が出た。OBだろう。校長と副校長も立ち上がった。ささやかな合唱になった。

  ここ川名台東海の
  大都名古屋のひんがしに
  中京の名を負いもちて
  城ともるわが学びのや
  がちゅうにかざす真剣味
  見よ躍進のとものあと

  見よ躍進のとものあと
  海のうちとにかがやきて
  意気高らかに天を衝く
  きんこと競う光こそ
  中商健児のほこりなれ
  いで継がんかなそのほまれ

 一本調子のメロディに胸打つものはなかったが、合わせる声に圧力があった。男子職員が何やら小冊子を副校長に手渡していた。
「ありがとうございました。きょうの日も、充実した現在として記憶に留めようと思います。またお会いできる日がありましたら、そのときの思いを語ろうと思います。それでは野球グランドを見て帰ります」
 私は礼をして演壇を退いた。拍手が逆巻き、フラッシュがひっきりなしに光った。席に戻ると、副校長から中商校歌が表紙に書きこまれた入校案内のパンフレットを畏まって渡された。色褪せているところから数年前のものであるとわかった。木俣が、
「がちゅうというのはソロバンのことなんだ。中京商業だからね」
 パンフレット見る。牙籌(がちゅう)となっていた。ほかにも、城と守(も)る、学びの舎(や)、先輩(とも)の業績(あと)、内外(うちと)、金鯱(きんこ)、誇衿(ほこり)、栄誉(ほまれ)、と平仮名が振ってあった。副校長に、
「中京高校になって、歌詞は変わったんですか?」
「はい、川名台が八事山、牙籌にが凛乎と、中商が中京、誇矜が誇り、栄誉が誉に変わりました。メロディは同じです。生徒はすべて三年前に中京高校に改称して以降の者たちですが、立ち上がった生徒はたまたま先輩や父兄から伝え聞くなどして変更前の歌詞を知っていたんでしょう」
 野球部の連中が演壇に登ってきて、一人ひとり、私と木俣に握手を求めた。



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