八十五
三階建の野辺地中学校の木造校舎が見えてくる。正面玄関に立つ。カズちゃんのシャッターの音が繁くなる。玄関前の空間を両手で示し、
「ここで卒業写真も撮った」
右折し、塀のない校舎脇の道に沿って敷地の端まで歩く。歩き終えて右を見ると、合船場の前の家並だった。かつて畑だった場所に、五、六軒の家が固まって建っている。
「校庭を通って線路へ出てみよう」
校庭に入りこみ、裏門から出て恐ろしい線路に出る。雪を踏み踏み、道ではない線路沿いを歩く。
―ここのどこかの繁みに、けいこちゃんの首が転がったのだ。
思わず目を閉じて、濡れた下歯を覗かせている顔をイメージする。ヒデさんに重なる。パチリという音で目を開く。カズちゃんが笑いかけている。
「何枚ぐらい撮った」
「二十枚、かな」
「顔見知りに一人も遇わなかったね」
「不思議ね。こんな小さい町で」
「あしたも散歩しよう」
「ええ」
踏切から、共同井戸、田島鉄工、和田電気と戻っていく。この店はガラス戸のカーテンがいつも閉まっているので、何を売っている店なのかわからない。乾電池や電球ぐらいは置いてあるのかもしれない。本店は本町にあるが、入ったことはない。きょうはカーテンが開いていた。
「入ってみようか」
「そうね」
「こんにちは」
カウンターだけの事務所になっている。二つ並びのスチール机の奥から階段が昇っているところを見ると、二階が住居のようだ。
「はーい!」
少し頭の禿げ上がった初老の男が降りてきた。
「新道の合船場ですが」
「あ、はい、佐藤さん」
私の顔に見覚えはないようだ。
「あの家の親戚の者です。おすすめの洗濯機と冷蔵庫をあしたあさってにでも届けて、適当な場所に設置してくれませんか」
男はキョトンとして、
「―わかりました」
「おいくらくらいですか。老人ですから、なるべく使いやすい品物をお願いします。高くてもいいです」
「高いものだと……洗濯機が四万円前後、冷蔵庫が六万円前後、合わせて、十一、二万というところですかね」
訛りのない標準語だ。カズちゃんが、
「現金払いでお支払いします。工事費も合わせて、とりあえず十五万円置いていきますね。保証からアフターケアも合わせて、どうかよろしくお願いします。残金が出たら、明細書をつけて合船場のご夫婦に戻してあげてください」
「承知しました。じゃ預り証を……。あの、あなたは、神無月選手ですか? 善吉さんのお孫さんの」
「はい」
「そうですか! このたびはおめでとうございました。あなたは野辺地町の誇りです。町を挙げて歓待の行事を催すべきところなのでしょうが、町民がこの種のことにあまり関心がなくて、町議会でも話題に出ませんでした。お気を悪くなさらないでください」
「とんでもない。気にしてもらわないほうが何につけ行動がラクです。町議員をなさっていらっしゃるんですか」
「はい。もう四期務めてます。……神無月さんを顕彰する議案を二度、三度持ち出しましたが、採り上げてもらえませんでした。うちの次男は、野中のころは神無月さんの一学年下でして、しょっちゅうあなたの噂を聞かされておりました。要するに次男は刺激を受けてまじめに勉強するようになりましてね、おかげさまで今年野高から現役で北大にいきました。死んだ山田三樹夫さんに次いで野辺地で二人目でした。最近は神無月さんにつづけとばかり青高に進む生徒も出てきまして、次男と同じ学年の、ヤジの向かいの吉原さん(噂の秀才の家は吉原と言うのか)、駅前の与田尻の清洲さんが青高にいきました。まだまだ東大とまではいきませんが、吉原さんも清洲さんも今年東北大に受かりました。神無月さんは中学校時代から有名なかたでしたが、いろいろと……」
「わかります。いろいろと……。漂泊の身でもありましたから」
「そういう個人的な人生経験のいろいろな起伏のことではなく、よきにつけ悪しきにつけ、いろいろと人に影響を与える人間だということです。影響というものを煙たがる人は多いんです。私どものようにあなたの影響を心から喜ぶような人間は、この町では少数派だということです。その少数派にとって、あなたは誇り以外の何ものでもありません。どうか今後も自由奔放に、天真爛漫に、大活躍なさってほしいと思います」
「ありがとうございます。とにかく品物のほうをよろしくお願いいたします」
「わかりました。極力使いやすい、品質の高さで評判のいいものをお届けします。お買い上げありがとうございました。これ、預り証です。じゃ失礼いたします」
合船場に帰り着く。四時十五分を回っている。一時間十五分も歩いた。
「ただいま!」
「おがえり」
ばっちゃが障子を開けた。
「風呂立ででら。ボッケからまた電話があってせ、いぢおう九時で解散して、それがら二次会だず」
カズちゃんが、
「十一時までには帰れるわね。でも、三次会があるかもしれないわ」
「それは遠慮したいな。ウィークデイだからみんな翌日がある。だいじょうぶだよ」
「呑み助はキリがね。早ぐ切り上げるんだ」
じっちゃが笑顔で言う。ばっちゃが、
「ちゃっちゃど二人で風呂さへったらいがべ」
「うん」
替え下着と替えズボンとワイシャツを持って、二人で縁側へ出る。二帖の脱衣場の戸を引いて入ると、一帖のヒノキ造りの浴槽に、一帖ほどのヒノキ板貼りの湯殿、壁はタイル貼りで、畑に面して大きな窓が切られていた。重油燃料の押しボタン式釜焚き。桶も床几もヒノキだった。焚き上がった熱い湯が溜まっている。
「和田電気さん、いいお話してくれたわね。キョウちゃんが人の役に立っている証拠を見るのは、うれしいわ」
シャワーがないので、浴槽から湯を掬って頭を洗った。カズちゃんもそうした。手桶で湯を掬ってかけ合い、からだを洗い合う。カズちゃんは私の性器を自然に口に含み、尻を撫ぜる。しっかり屹立したところで口を離し、ニッコリ笑って、いっしょに風呂に浸かる。カズちゃんは跨り、口づけをする。高潮のうめき声を私の口の中へ吐き出しながら、数回痙攣して離れる。
「出したい?」
「いや、残りはきょうの夜」
「蒲団、汚れないように気をつけなくちゃいけないわ。正常位でしましょ。後ろ向きだと私の液が蒲団にかかっちゃうから」
「うん。おたがい、自由自在になったね」
「そうね、声を出さずにイケるようになったのは進歩かも。死ぬほど愛してるから、すべてキョウちゃんの都合のままにできるようになったのね」
「惣介さんの家はどうだった?」
「酔った惣介さんと女の子たちとお話しただけ。お嫁さんが一人でしゃべってた。彼女はきっと宣伝屋さんね。私のことは新道じゅうに知れ渡るでしょうけど、害はないわ。プロ野球のことはほとんど関心ないみたい。キョウちゃんがどれほど有名な人かをこの町の人たちは知らないのね。中学校の秀才までで終わり。青高のことも、東大のことも、中日ドラゴンズのこともあんまり知らない。同窓会でも、たぶん三冠王の話はマクラで出るだけで、あとは単なる親睦会になると思う」
「親睦じゃ気分がラクすぎるね。やっぱり二次会に出るほうがいいのかな。ファンの正体が知れて人恋しさが裏切られれば、少しは心がきつくなる。きついほうが、ワクワクする。東大ファンクラブと同じだ」
「キョウちゃんはマゾね。でも、気持ちのこすれ合いみたいなことは経験しておくべきかもしれないわね。キョウちゃんは表現する人だから、何でも経験しておかないと」
風呂を出て身なりを整えた。囲炉裏の二人に合流する。老人二人は緑茶を、私たちはインスタントコーヒーを飲んだ。歓談しているうちに四時四十五分になった。
「そろそろよ、キョウちゃん、いってらっしゃい」
「うん、いってくる。夜中までに帰れたら帰る。みんな寝てるだろうから、静かに入ってくるよ」
「私は部屋で起きてる。本棚がぎっしりだったから退屈しないわ」
「ばっちゃ、和田電気で冷蔵庫と洗濯機買っといたよ。あしたかあさって取り付けにくる」
「ほんだな! 指に神経痛がきてるすけ、洗濯機があればありがてたって、冷蔵庫はな」
「ぜったい必要だよ。夏場は特にね。電気釜は?」
「クドで炊ぐままがいぢばんうめんだ」
私は土間に出て革靴を履いた。
「転ばねようにいくんで。そんだ、先月金曲のひなたがら、おめがきたら知らせてけろて電話がきた。遊びにくるてじゃ」
「今回は忙しいスケジュールだから、あらためて来年の春にゆっくりくるからって伝えといて」
「わがった」
じっちゃが、
「奥山先生さよろしぐな」
「うん」
夕暮れの迫る雪道へ踏み出した。よしのりの家の玄関戸が薄暗い。ヤジのカーテンがもう閉まっている。この殺風景な道を歩いて暮らすのは骨だと思った。
本町通りは路灯が連なり、意外な明るさだった。人通りは少ないが、数軒置きにネオンが灯っている。ボッケの店に寄った。広い玄関前のタイル貼りの敷地に雪がない。店内に入って、首から眼鏡を吊るした母親に挨拶すると、
「わいは、神無月さん、相変わらずいい男だでば」
と持ち上げたあと、さっそく、石畳に最新式の電熱装置を埋めこんだと得意げに説明した。
「十時ごろ、おめんどごのババちゃと、うだできれいだオナゴが、惣介さんとごのカガと五十嵐さへってった。だれだ?」
カズちゃんは合船場の買い物をする前に、惣介さんの家の買物までしてやっていたのか。いったいカズちゃんはいくら持ってきたのだろう。
「名古屋の後援会の会長の娘さんです。長旅が心配だっていっしょについてきてくれました」
愛想のいいギョロ目のボッケが奥から出てきた。
「ギリギリだな。あど五分もねで。ちょっくら待で、いまガマがくるすて」
「ガマは独立したの?」
「今年の夏な。村上タイルて看板挙げだ」
「場所は?」
「下小中野(しもこなかの)。駅の北の県道沿いだ。ちゃっこい事務所よ」
きょう歩いた農道だ。どこにあったのだろう、目に覚えがない。
「二十歳で、大したものだね」
「ユキオは苦労人だすけな。タイルってへっても内装全般だ。合船場の内装も手伝ったこだ。初仕事だったんでねが。すっかし、三冠王てが。百六十本。人間でねな」
面倒くさい。
「ンでもって、三億五千万円てが! プロ野球選手の年俸は優遇されてるツケ。税金たった二十四パーセントらしいでば。手取り二億六千六百万だべ。月給二千二百万!」
じつに面倒くさい。母親が、
「なも人のふところ計算なんかしねくてもいがべ」
「三樹夫に教えたがったじゃ。喜んだべおん。おめのこど尊敬していだすけ」
「……妹は元気にしてる?」
「野高の事務さ勤めでら。めったに家の外(おにゃ)さ出でこね」
「中島くんは大学忙しいんだね。出席しないんだろ?」
「おお、四郎も、イツミちゃんもな。テレビさ映りたぐねおんた」
長面のガマがきた。背広で決めている。五時二分前だ。
「わり、遅ぐなった。貧乏暇なしでよ。あんべ」
「飲みすぎねようにすんでェ」
母親の声に送られて三人表に出る。うさぎやから袋町へ。山田三樹夫の家の玄関に明かりが灯っている。固くなった雪道が歩きづらい。ボッケとガマは私を放って先を歩きながら、二人だけの話題に興じている。知らない町の知らない噂。エトランゼを痛感する緊張の瞬間だ。とにかく機嫌のいい顔をして、気楽に二次会まで付き合い、つつがなく引き揚げよう。タイメックスを見ると六・七度。雪は降ってこない。
八十六
華竜の玄関灯の前で、撮影用カメラを肩に乗せた丹生を真ん中に四人の男たちが待っていた。浜中だけが東奥日報の腕章をつけている。彼らの周りに若い男や女がたかっている。
「きたきた、きた!」
「神無月選手、どんぞこぢらへ」
背中を押されるようにして会場に入ったとたん、ウオーッ! と喚声が上がり、拍手喝采になった。丹生がビデオカメラを回し、恩田がストロボを焚き、田代が肩に担いだデンスケを回す。
「三冠王!」
「最優秀選手!」
「いい男だでば!」
「天馬ァ!」
「金太郎ォ!」
「でっけえニシ!」
「東大!」
「北の怪物!」
「もう北でねべ、西だべ」
「日本だべ」
「三億!」
カメラが駆け回る。同窓生たちは驚かない。カメラが入る噂が前もって流れていたのだろう。みんな精いっぱいおしゃれをしている。厚く化粧している女が何人かいる。付け合わせの長テーブルが右、左、真ん中と並び、向かい合わせて六列、きちんと据えられた膳を前に見覚えのない男女の顔が並んでいる。ほんとうに見覚えがないのだ。いちばん奥の掛け軸の前に背広姿の小さな奥山先生が鎮座し、私はガマに肩を押されて、その横に坐らされた。私の前にいた、列の端の男たちが恐縮したふうに頭を下げた。顔を思い出せないので名前は尋かない。
仲居たちに命じて配膳を捗らせている西舘セツの大きな顔に迫力がある。立ち居にどこかユーモアがただよう。左の列は女たちに占有されていて、仲間に笑いかける四戸末子の横顔が見えた。吊り気味の目と豊頬。化粧が淡い。
私の前の男の一人が内気そうに言った。
「金田のバット借りでホームラン打ったツケ。バット作ったふと庇ってよ」
野球に興味があるとも見えないのに、細かいことを知っている。
「人として正しいことをしないとね。正義は流れる水のごとく自然なものだと思うから」
顔を見つめながら応え、名前を思い出そうとする。思い出せない。魚介の刺身、煮物、酒類などが整っていく。
「へば、始めるど!」
真ん中の列の半ばに坐っていたガマが立ち上がってやってきて、奥山先生と私のあいだに立った。
「イヨ!」
「社長!」
拍手が上がる。メモを手にしている。マイクはない。
「ええ、たンだいまより、野辺地町立野辺地中学校、昭和四十年度卒業、三年一組の同窓会を始めます。本日はわンざわざ、われらが恩師グダ山(笑い)、んにゃ、おぐやま先生と、本年度日本プロ野球セリーグ三冠王ならびに最優秀選手の神無月郷さんにお越しいただき、感謝感激、恐悦至極、豪華な上にも豪華な同窓会とあいなりました。奥山先生は来年度から、七戸の白石中学のほうさ教頭として任に赴かれるとのこど、ご栄達のほど欣喜のいたりです」
ぎこちないが、正しい日本語のようだ。私を手のひらで示し、
「こごさアッケラカンと坐っている神無月郷さんは、野辺地中学校開闢以来、初の青高合格、初の東大合格、初の東大優勝、初のプロ野球選手(メモをチラと見下ろす)、初の全打撃部門世界新記録、初のセリーグ三冠王、初の新人MVP、と数え切れねほどの初物尽ぐしで、わが野辺地中学校の名を日本全国に轟かせた鬼神であります。一介の中学校の同窓会が、かぐのごとく、マスコミに撮影されているのもそのゆえであります」
列の前部で田代のデンスケが回り、丹生のビデオカメラがガマに貼りつく。恩田が歩き回ってシャッターを切っている。
「神無月さんは昭和三十九年の秋にとつぜんこの野辺地にフラリどやってきて、たった四カ月間の鮮やかな印象を残して去りました。その後彼は、青高から愛知県の名古屋西高校へと転じ(メモをしきりに見る)、学業めでたぐして天下の東大さ合格を果だし、昨年十一月、名古屋の中日ドラゴンズさ電撃入団いたしました。その間の彼の活躍ぶりは、新聞やテレビを通じてみなさんもご存知のこどですぺ(メモをポケットにしまった)。図々しいとは思るども、前途洋々たる神無月郷さんをこの同窓会の場を借りて激励し、さらなる奮闘努力を促すこどで、将来の野辺地中学校の、そして野辺地町の名をますます高めていただぐ肚づもりであります(大笑い)。それではまんず、われらが恩師奥山先生がら、ひとこどどんぞ」
盛大な拍手。生まじめな奥山先生がガマに礼をして立ち上がる。
「みんな、寒い中、よぐ集まってくれました。すべてなつかしい顔ばりです。五年前をしみじみと思い出します。と言ってもたいがいの人たぢとは、町ながでしょっちゅう顔を合わせているんだども(笑い)。三年一組……担任……長幼の序として、私を呼んでけだんだべ。ありがどう。神無月くん、きみが一つの才能を鍛練して、こたらに出世してくれて―心の底では予想していたことだったけんど、きみの将来をその多才ゆえに危ぶんでいだ私としては、うれしくて仕方ねんですよ。きみは〈不良〉という無実の名フダを首さブラ下げで、まさに風の又三郎という感じでやってきで、私たぢの心に善意の種を植えつけると、たぢまぢ遠くさいってしまった。そして、翌年亡ぐなられた山田三樹夫くんとともに、私にとって、いや、ここにいるみんなにとって、永遠に忘れられねふととなった。……転校の紹介のとぎ、教室の蝿を追っかけでいだきみの眼、母親が進路相談にくっついできたとぎ、宿直室のストーブをじっと見つめていたきみの眼、卒業式のとぎ、床を蹴って立ち上がって、熊谷たちを叱咤したとぎのきみの怒鳴り声……。受験のとぎ、青森の旅館でいっしょに背中を流し合ったね。真っ白い背中だった。忘れられね。受験の当日は大粒の雪が降っていたね。あれもこれもまざまざと目に浮かぶ。あれから五年です―こたら晴れやかな、光栄な形で、ここに再会できようとは思ってもいねがった」
感極まって奥山先生はしばらく沈黙した。
「……いまにして思うんです。私の人生唯一の手柄は、きみを名古屋へ帰さなかったこどだとね。―きょうは心ゆくまで会合を楽しませていただきます」
お辞儀をして腰を下ろした。会場を拍手が覆い尽くした。浜中たちも拍手している。もっと言いたいことがあったにちがいないが、尻切れの言葉に万感の思いがこもっていた。私は、彼が青森に向かう列車の中で言った、みんな神無月くんが好きなんだよ、という言葉を思い出し、深く頭を下げた。
「へば、神無月さん、ひとこど」
ガマの声に私は立ち上がり、一同に、それからもう一度奥山先生に礼をした。一分という約束を思い出した。
「奥山先生、身に余るお言葉、ありがとうございました。ぼくはもともとただの悩める流人でした。人びとの助力がなければ立ち直れない男でした。奥山先生はじめ三年一組の人たちこそ、ぼくを善意で救ってくれた恩人です。みなさんに救ってもらわなければ、ぼくはあのまま、野球を忘れたカナリヤとして裏山に捨てられていたでしょう。みなさんの救いがなければ、ぼくは中日ドラゴンズの選手として、きょうこの場にいなかったでしょう。そして、いまなおぼくは、ドラゴンズのチームメイトと、日常生活の支援者たちに救われつづけています。三年一組に所属したその瞬間から、ぼくの人生は幸運に転じたのです。その奇跡に対する感謝の気持ちを表すには一つの方法しかないと信じています。救済してくださったかたがたのご恩に報いるために、懸命に鍛練をつづけて野球をやりつづける姿をお見せするということです。それがいちばんまっとうな方法だと、ようやくこの一年で気づきました。―野球をやりつづけます。ありがとうございました」
私は礼をして着席した。四戸末子がハンカチで目を拭っていた。西舘セツが口をへの字にしてグローブのような手を拍ち鳴らし、それが伝染してたちまち一場の喝采になった。カメラとデンスケが右往左往する。ビール瓶や徳利がやり取りされる。セツが仲居たちを差配する。
「こっちゃ、こっちゃ、酒が足りね、もっとビール出して!」
セツは地元では顔の広い有名な女傑のようで、仲居たちは黙々と彼女に従っている。会場が一定の賑やかさになり、タバコの煙の中でそれぞれの酔いが回りはじめた。田代のマイクを向けられている奥山先生の周りに人が集まり、離れなくなったので、私は席を移動して真ん中の列の空いている場所に腰を落ち着けた。ボッケがビール瓶を持ってやってきた。
「神無月、おめ電球(ほや)みでに光ってら。いい話だったじゃ。オラんど何さまだべって気がしたでば」
丹生がしっかりビデオを回している。一段落ついたセツも四戸末子を伴っていそいそとこちらへ向かってくる。ボッケが私に、
「ほれ、セツがきたど。おめでねば扱えね」
末子は深々とお辞儀し、
「ひさしぶりだニシ。中学校のころは、浜でよぐ遇ったニシ。胸ドクドクして、何も言えねで……すみませんでした」
秘密を懸命に守っている。セツが、
「神無月くんはンガに惚れてたんでェ。な、神無月くん」
末子は赤くなってうつむいた。
「はい。山田くんがよく、フォードアと言って、ぼくをからかいました」
末子が赤い顔のまま私にビールをついだ。ボッケが、
「神無月、おめ、野辺地に何人か女置いとげ。野辺地のためになる」
女が四、五人寄ってきた。
「神無月くん、ワも!」
「好ぎだったんだよ」
「子種けろ!」
セツが手で追い払う格好をし、
「おめんど、面の皮あづな。オラだっきゃ、ずっと好ぎだったばって、がまんしてるんで」
座にいた男たちが笑いながら、
「まんだ人間に進化してねすけ、がまんするしかねべ」
「おめんど、ふたらぐぞ」
「天狗の面、腰さ巻いてしてやってもえど。それで勘弁」
さばけた会話に、丹生の肩のビデオカメラが細かく揺れた。
「末子、あんべ。きま焼げる」
四戸末子はもう一杯私にビールをついで、お辞儀をし、セツたちといっしょに立っていった。私はボッケに引かれて奥山先生の脇にもう一度坐った。丹生のカメラが追ってくる。浜中たちは座にいる一人ひとりにインタビューしていた。奥山先生が、
「この土地の女は激しいべ」
「はい」
「ふだんはこんでね。男も女も、きみのこだわりのない雰囲気に巻きこまれで、安心してしゃべってるこどもあんだよ」
ボッケが、
「おめがいながったら、オラも高校さいぐ気にならねがったず。菓子作りには何も役に立たねたって、高校さいぐだげで自信みてなものがついてよ。チビタンクもそんだ。大学までいって、神無月さまさまだべ」
じつに面倒くさい。この称賛の連鎖はいつになったら終わるのだろう。
「ぼくはだれにも力を貸してない。みんな、きみたちが実力で成し遂げたことだよ」
奥山先生が、
「ボッケくんの言う意味ばかりでねぐ、陰に日に、きみは周りの人たちに精神的な影響を及ぼしてたということだんだ(和田電気の言説と同じだ。これが少数派の気持ちというものなのだろう)。熊谷なんてのはその典型だ。ナリワイは最低のヤクザ者だけんど、彼なりに町のために尽ぐしてる。祇園祭には寄付をするし、町内の暴力沙汰もしっかり取り締まる。彼の兄さんのころどはまったぐちがる。野中の教育設備の拡充にも力を貸してけだ」
ガマが、
「たしかにそんだ。地回りの取立てはしっかりやるばって、ほどんど町さ返してるようなもんだな」
奥山先生は、
「私の家まできて、卒業式の騒ぎを謝ったこどがあった。先生がだの家を謝罪して回ったおんた。神無月は命捨てでる、あったらふうには生ぎられね、命捨てだ男が一等賞でねがったのがたまらなかったてへってらった。ぜんぶとは言わねばって、熊谷が自分の利益の一部でも捨てて生ぎようとしてるのは、きみの影響だ」
列の中から手拍子に乗った民謡が聞こえてきた。奥山先生が、
「弥三郎節か。野坂くんはじょんずだなあ」
その男の顔を見たが、教室のどこにいたとも思い出せなかった。私はガマに、
「合船場の近所に歌のうまい田島っていたけど、今回こっちきてから会ってないな。どうしたんだろ」
ガマが、
「あれァ、このごろ熊谷の腰ぎんちゃぐでよぐ歩ってる。使いっ走りみてなこどしてるおんた。鉄工所ばりやってればいいたって、養豚に手ェ出して、傾いたこだ。おっとし、NHKの全国大会で優勝したとぎァ、てっきしプロになるもんだと思ったばって」
赤泊が、
「ながなが、プロにはなれねのよ。中野渡も鳴かず飛ばずだし、四郎はすっかりポシャッたべや。スター性ってものがねばだめだ」
「神無月みてにが」
「ンだ」
「さっき言ったように、ぼくがプロになれたのは、才能に感動してくれた人たちの支援という幸運のおかげなんだ。スター性のせいじゃない。そんなものは、プロになったあと人がつけてくれるものでね、才能を支援されるのは天運だ。天運がない人間は、コネと政治に頼るしかない。それがあれば、ふつうの能力を持った人間ならだれでもプロになれる。その二つにしか人は振り向かないからね。天運も、コネも、政治もないなら、百パーセントプロになれない。田島くんはどれもなかったんだね」
八十七
丹生と田代がテープを入れ替えた。私は語りつづけた。
「プロになれたと言ったけど、プロというのは、才能と関係なく、どんな手段をとっても名を残したがる、名を残そうとして生きたがる積極的な人間のことを言うんだ。彼らはその欲望のせいで、人びとに与えるインパクトがちがう。そういう本質的なところでは、ぼくはプロじゃないので、いずれ忘れられていく。たとえ樹ち立てた記録の活字は残ってもね」
インタビューから戻ってきていた浜中がこらえ切れず言った。
「神無月さん、どんな謙虚なことを言ってもだめです。神無月さんは天命を〈背負っている〉人間です。この世に名を残す人間なんですよ。プロという概念とは関係ありません」
ガマが、
「オラだっきゃ、たんだの左官屋だ」
「私もただの新聞記者です。あなたも私もプロです。ただ、何の天命も背負っていない並の人間です。人間を、プロだ、プロでない、有名だ、有名でないで分類するのはくだらないことです。国民を代表して背負うものを持っているかいないかで分類するべきです」
そう言うと、さっさと立ち去り、三々五々固まっている連中をたどりながら、空いたコップにビールをついで回った。つがれた相手は、私に関する、私の知らない思い出を語っているようだった。浜中はしきりにうなずいた。彼が端の列の女たちにもビールをつぐのに合わせて丹生のビデオカメラが回ったときには、いっせいに恥ずかしそうな黄色い声が上がり、一瞬会場の空気が白けたほどだった。セツの声がいちばん大きかった。贔屓目ではなく、四戸末子の顔が異様に美しかった。
やがて、セツと末子以外の女たちが何人かで固まって私のそばにやってきては、照れたふうに酌をした。
「私のことを憶えてますか」
という標準語の質問がいちばん多かった。十五人ほどのうち、半数以上を思い出せなかった。私はそれを正直に答えた。本町のパーマ屋で美容師見習いをしていると言う肌の美しい一人の女を除いて、ほとんどが臨時休暇をとってわざわざ遠近の都市から帰省した金の卵だった。実質、私に会うために駆けつけたのだった。
「申しわけなかったですね。休暇までとっていただいて」
私は心底申しわけないと感じて頭を下げた。
「プロ野球選手なんて、めったに実物に会えねもの」
彼女たちの何人かは大らかに笑い、問わず語りに、生活の現況を包まずしゃべった。彼女たちの背後に、高卒の、都会慣れした雰囲気の給料取りも二人、三人いて、秘密めいた様子をただよわせながらひとこともしゃべらなかった。彼女たちは同席するのがせいぜいで、親しく語りかけようとしなかった。ふるさとを出ずに町の商店で働く主婦も二、三人いた。主婦たちは例外なく秋波を送ってよこしたが、男女の距離を縮めようとする下心は感じられなかった。すべて社交辞令に思えた。
女たちの中へ徳利を捧げて入ってきた男に見覚えがあった。伊藤マモルと名乗った。
「いつも新道をスキーで走ってませんでしたか。一人で」
「はい、走ってました。スキーで山田高校さいぎました」
「杉山四郎よりすごかったの?」
「いつも四郎の次でした。あれは万能だすけ。オラは、ノビシロを認めでもらって山田高校さスカウトされたんだども、きびしかったです。長距離で国体さ出て、十九位で終わりました。堤川の土手でランニングしてるとぎに、神無月さんに何度か出会ったけんど、挨拶でぎながった。うだて輝いてだはんで。……プロ野球って、どたら世界ですか」
曖昧な質問だ。期待しているとおりに答えた。
「きびしい世界です。百人のうち、モノになるのは二、三人、あとは一軍にも昇れずに消えていきます」
伊藤はホッとしたようだった。
瀬川三男の提案で、一人ひとり任意に自己紹介と思い出話をすることになった。最初に立ち上がった瀬川が、八泊九日とか、阿寒湖とかいう単語を口にしたのを皮切りに、烏帽子岳遠足やら、文化祭やら、マラソン大会の話がつづいた。総じて中学一、二年生のころの学校行事の思い出に集中し、私はそれから二時間余りツンボ桟敷に坐らされた。だれも寄ってこなかった。あの四カ月以外に共通の話題がないからだった。それでも私は笑顔を通した。奥山先生も同じようだった。彼も笑顔を絶やさなかった。
居ながらにして不在を許される場所は心地よかった。しかし、二度とこようとは思わなかった。ひょろりと痩せた男がやってきて、
「五百野、いづも読んでら。いい話コだ。なしてみんなそのこど言わねのがわがんねばって、オラはきっちし読んでらよ。オラみでな読者はジッパリいるはずだすけ、これからもがんばって書いてけへ」
「はい、ありがとうございます」
彼の顔も思い出せなかった。料理は一箸ずつつけたが、何を食っているのかわからなかった。ボッケとガマと西舘セツが一度ビールをつぎにきた。セツが、
「神無月くん、気配消すの、うだでうめな。これだばオラんどのたンだの飲み会になってまってるでば。おめの手柄を祝う会なんで」
「じゅうぶんその雰囲気があるよ。うれしいね」
「末子はどうしても恥ずかしくて口利けね、そのことをおめによろしぐ伝えてくれってへってらった」
「そう。また会えるのを楽しみにしてるって言っといて」
「おう。……おめはほんとに目立つのが好きぎでねんだな。むがしっからそんだった」
しっかり田代のテープが回っていた。
†
ガマが腕時計を見て立ち上がり、
「九時回ったすけ、そろそろお開きにするじゃ。へば、みんな、奥山先生の周りさ集まってけんだ。写真撮るすけ」
写真屋が入ってきて、並びや配置を指図した。奥山先生が前列中央に収まり、女たちが彼を囲む。恩田もカメラを構える。見回して、知らない顔がほとんどであることにあらためて驚いた。知った顔の不在は、山田三樹夫、中島幸雄、杉山四郎、角鹿イツミ。ここにいない忘れた顔も十人と言わずあっただろうが、思い出す手がかりさえない。出席している顔の何人かも、四カ月も同級の間柄で暮らしたのに最後までまったく思い出せなかった。
和やかな記念撮影になる。私は後列の端に立ったが、隣の男が、
「五百野読んでます。すげもんです。がんばってけさい」
と、さっきの男と同じことを言った。弥三郎を唄った〈野坂くん〉だった。どうも、と私は微笑んだ。ストロボが焚かれ、目がくらんだ。自分の単純な内臓が照らし出された気がした。
華竜の玄関が別れの空気でざわついた。ガマが、
「奥山先生、縦貫呼んであるすけ、それさ乗って帰ってけんだ」
「ありがどう。まだ機会があったら呼んでけろじゃ。神無月くん、こういう会合ではあまり口を利くチャンスがねな。まだいつかオラ家(え)で会うべ。みんな遠慮してるようだったけんど、これではしゃいでるほうだんだ。きみに会うと力が出んだ。野球、がんばってけろじゃ。いっつも新聞読んで、テレビ観でるすけ。じゃ、元気でな」
強い握手をする。
「先生もどうぞお元気で。奥さんと娘さんによろしく。ときどき合船場に顔を出してやってください。ご昇進、おめでとうございました」
「ありがとう。へば」
奥山先生のタクシーが去ると、四人の記者連中も私たちに挨拶をし、バンに乗って上機嫌で引き揚げていった。セツ以外の女が握手したり、へこへこ挨拶したりしてみんな帰っていった。末子がいつまでも振り返ってお辞儀をしていた。彼女に同伴する女たちが何人かいるところを見ると、これから店を開ける予定でもあるのだろう。残ったのは男五人とセツだけだった。ガマ、ボッケ、私、岡田パン、赤泊、六人で海幸に向かった。
店に着くとセツはドアに貸切りの札を垂らした。一年半ぶりの海幸はすっかり模様替えをしていた。東大のバス旅行の宴会で見たようなカラオケセットがでんとカウンター席の端に据えられ、そこにスポットライトが当たっていた。カウンターに一人、若くない女がドレスを着て立っていた。
「スズちゃん、客きたな?」
「三組だげだ」
「カラオゲ唄った?」
「唄わねがった。一曲百円はたげってへって」
「ワもたげと思うばって、相場だすてなあ。神無月くん、このふとオラえの裏のスズちゃんだ。子供の手が離れたはんで、今年から手伝ってもらってら」
私は一万円札をポケットから出してカウンターに置いた。
「これで好きなだけ唄いましょう。余ったら飲み代の一部にしてください」
もう二万円重ねて、
「これ、ちゃんとした飲み代。あんな盛大な会をやっていただいたうえに、ここも貸切りにしてもらったんですから、ほんの感謝の気持ちです」
ガマが、
「ここはオラんどのおごりだ」
「ぼくから会費を徴収しなかったろう。恩師でもないただの出席者なのに。じゃ、これはカラオケのテープを仕入れる資金にして。曲目が多いと客がどんどんくるよ。百円なんかすぐ出す」
私はセツの胸もとに三万円を押しこんだ。セツはポカンとして、
「神無月くん、こたらこどして困んねの。給料ほどんどほがのふとにくれてやってんだべ。合船場に何千万、かっちゃに何千万くれてやったこど、新聞に載ってらったよ」
「それでも余るんだ。どこかで使わないとね」
ボッケが肩を叩いて、
「格好つけんな。おめはなんもしねくても格好いいんだすけ」
「格好だけで生きてるんだから、格好つけさせてよ」
東北にはめずらしい細い目の赤泊が、
「おごるってへるんだすけ、おごられるべよ」
ガマが、
「……これっきりにしろよ」
岡田パンがはしゃいで、
「よーし、飲むべし、飲むべし」
セツが百円玉をレジからジャラジャラ出して、カウンターに置いた。ビールの栓を抜き五つのコップにつぎ、
「神無月くんの手がここさ触って、ゾクゾク気持ぢいがった」
胸もとを押さえる。
「気持ぢわりぇこど言うなじゃ」
セツは岡田パンの不出来なシャレにかまわず、
「一晩、こごさ入れとぐ」
赤泊が、
「ジェンコ腐らい」
赤ら顔のセツの胸は意外と白くて清潔そうだった。それを褒めると厄介なことになると思い、私は黙っていた。みんなでボックス席に移った。スズがつまみを作りにかかった。
「だば、乾杯!」
ボッケの音頭と同時に、私はグイとコップを空けた。ガマに尋いた。
「同窓会はこれで何回目?」
「三回目だ。ワとボッケが野辺地さ戻ってから始めだ。初めでグダ山呼んだ。ワ、グダ山苦手だんだ」
岡田パンが、
「ンガばり、わたくたブン殴られたすけな」
「村上くん、こっちゃこい、てが、ブハハハハ」
ボッケが目を剥いて笑う。赤泊が、
「グダ山白髪増えだな。迫力なぐなったでば」
「齢とったんだ。いいこどへってらったな。グッときたでば」
セツが目を細めて言うと、岡田パンが、
「たしかにグダ山の言うとおりだったすけな、神無月は」
ボッケが、
「そんだそんだ、神無月がきて、三年一組は引ぎ締まった。三樹夫もたしかに大将だったばって、グダ山のへった〈影響〉たら何もながったべや」
私は疑問を言った。
「ぼくからいったいどんな影響を受けたの」
「とにかぐ格好いがったのよ。キミオの顔踏んで半殺しにしたべ、校庭さ出て熊谷たちの前さスッと寄ってったべ、金沢海岸さ呼び出されて一人でいったべ。して、勉強はいぢばんだべ、音楽は聴ぐし、勉強はでぎるし、本はムッタど読むし、スーパーマンだべや。おめみてになりてって、何度も思ったじゃ」
ガマの言葉にうなずきながら岡田パンが、
「無理だんだ」
赤泊も、
「無理、無理」
ガマが、
「それよ、それが影響よ。世間にはまねでぎね人間がいるって知ったことせ。スッとしたじゃ。いまも、スッとしてら。てめいぢばん、だれでもそう思って生ぎでるすけな。そたら気持ぢが消えですまると、てめに合った生ぎ方が見えてくるもんだ」
「ガマもたまにいいこど言うんでねが」
セツがガマのコップにビールをついだ。私のコップには休まずついでいた。ボッケがしみじみと、
「オラもガマと同じだず。しかし、どたらに影響受げでも、ふだんは忘れてるべ。こうやってたまに会えばビガッと思い出すばって、ふだんはてめのこどで手いっぱいだ。……神無月みてな人間は、褒められるために生まれできたんでねがな。偶像よ。神無月を褒めると、いい気持ちになるべ? なんつうが、てめのこどを褒めてるみてな。てめにもあるかもしれねいぢばんいいとごろを気兼ねなぐ褒めてる気になるべ?」
「神無月には褒めるとごしかねすけ、安心すんだ。褒められでも、神無月はなんてこどねおんたし。たしかにこごにいるんだども、こごにいねおんた。だすけ、遠ぐにいでも近ぐにいでも同じだ。遠くにいだら忘れるべし、近ぐにいだら褒めるしかねべし。とにかぐ気持ぢいぐなるんだでば」
赤泊が、
「ガマの言いてこどわがる。偶像ってあれだべ、アイドルってやつだべ。アイドルは褒めるしかねもな。いまスッとわがったじゃ。そうへればよ、オラ、神無月に嫉妬したこどながったな。スッとわがったじゃ。おめんど、アダマいな」
セツがカハハハと笑い、
「そうやって、おたげに褒めるど気持ちっコいんだ。神無月くんは、みんなをそったら気にさせる力持ってんだ」