七十三

 契約更改の結果報告を一家が大喜びした。彼らは常に、自分でない者の手柄を喜んでくれる。山口も、康男も、西松や飛島の社員たちも、ドラゴンズのフロントやチームメイトも。……東大の同胞たちだけが態度を豹変させていた。考える必要はないだろう。彼らの本質は私の母と同じだとわかっているから。しばらくしてソテツが座敷にやってきて、
「まだ牧野公園でうろついてますよ。神無月さんにこれ以上何が訊きたいんでしょう」
「思わず洩らしてしまう正直な言葉じゃないかな?」
「日本一の給料とかですか?」
「そんなこと言わないよ。思い浮かびもしない。その逆。金に興味がないとか、ふつうに生活できるだけでいいとか。それを本音と取らない皮肉な気持ちがあれば、どちらも叩けるからね」
「ワシの〈息子〉にそんな悶着をしかけられて黙っていたんでは、北村耕三の名折れになる。公式会見以外マスコミは近づけん。神無月さんも、これからはそういう〈ふてえ〉やつらはバンバン無視してください」
 夕食はいつものとおり豪華なものになった。鯛の刺身、鯛の尾頭つきの煮つけ、挽肉とジャガイモのケチャップ炒め(直人はこれだけで夕食を堪能した)、鶏肉のトマト煮、肉焼きそば、えびとブロッコリーのニンニク炒め、ゴボウと大根と煮こんだブリのあら煮、野菜サラダ……。
「カズちゃん、ばっちゃが隣近所に配れるように、名古屋の菓子類をどっさり野辺地に送っといて。手紙は今夜書くから」
「了解。今夜はこっちに泊まって、あしたは土曜日だから、一日直人とすごしなさい」
「そうする」
「おとうちゃん、あしたテレビとう」
「よし、いこう。ワンマンカーでいくか」
 菅野が、
「二人きりだと、ファンに寄ってこられたらやばいですよ」
「私と素ちゃんとメイ子ちゃんがついてくわ。アヤメの子は出勤だからいけないわね。千佳ちゃんとムッちゃんもきてくれる?」
「はい!」
 女将が、
「それだけおれば、神無月さんも目立たんな」
 百江が残念そうに、
「日曜日は朝から雨だそうですよ」
「ふうん、今年の香嵐渓は取り止めだね」
 夜、トモヨさんの机でじっちゃに便箋二枚の手紙を書いた。

 お元気ですか。いつも、じっちゃ、ばっちゃのことを心にかけています。腰の具合はいかがですか。ほかにも具合の悪いところがあったら、金銭を気にせず病院にいくようにしてください。ばっちゃはまさか働きに出ていないでしょうね。二人が一生安泰で暮らせるように心して取り計らいますから、余計なことを考えず、のんびりすごしていてください。
 十二月二日の野中同窓会に出席するため、一日の夕方前に野辺地に参ります。東奥日報の記者たちと、恋人を連れていきます。同窓会のあとの一泊も含めて木曜日まで四泊し、五日金曜日の午前、青高の講演に備えて青森に出ます。六日の講演のあと青森市内のホテルに一泊して、翌七日に飛行機で名古屋に帰ります。月火水木と四日間いっしょにいられます。ばっちゃによろしくお伝えください。


 気まぐれの便り。悪人の行い。善は一つも失われない……天においては完全な円だと謳ったイギリスの詩人ロバート・ブラウニングは、人間の美徳とは自分が悪人だと知っていることだと慰めた。
 幣原に封書を速達で投函するように託して、カズちゃんたちと則武に帰る。三人が寝静まってから、書棚からブラウニング詩集を取り出して開く。基本理念を確かめる。善は一時的に消えたように見えても、けっして消えていない。地上の善いことは〈切れぎれの円弧〉のように断片的だが、天においては完全な円として存在しつづけている。天……神の見守る場所。
         †
 十一月二十九日土曜日。朝からいまにも降り出しそうな曇り空だ。ルーティーンのあとジムトレをやり、朝食を女三人と囲む。いつものオーソドックスなおいしいめし。
 食後の器を片付けながらカズちゃんが、
「青森に出かける前に何人かとしておく?」
「いや。帰ってきてからゆっくり」
 八時半、三人は元気に北村席に出かけた。ブラウニングを開く。

 齢はめぐり 春きたり
 日はめぐり 朝きたる
 いま朝七時
 山辺に真珠の露きらめく
 ひばり 青空を翔け
 かたつむり 茨の上を這う
 神 天にましまし
 地には平和のみ

 宗教詩。人を甘えさせる理想。私は甘えられない。
 九時にやってきた菅野と天神山電停までランニング。雨はこない。
「あしたは確実に降るでしょうけど、きょうは夜までもちますよ。テレビ塔はだいじょうぶです。昼食をとる店を考えときます」
 北村席に戻ると、主人が新聞を読みながら女将やカズちゃんたちとコーヒーを飲んでいた。私のまじめな顔が一面に載っていた。彼は見出しを見せた。

  
二十歳神無月推定年俸三億円!
        
打撃守備走塁ともに高く評価
 
「困ってしまう金額ですな」
「はい。でも、半分以上税金ですよ。手をつけませんから、みなさんで使い潰してください。……ぼくは、ほんとうに金は要らないんですよ」
 菅野が、
「使い途がありますよ。さっきお嬢さんに聞きましたけど、神無月さん、映画館一軒ほしいんですって?」
「はい」
 主人が、
「何日か前に和子からその話を聞いて、調べてみました。一から映画館を建てるとなるとかなり費用がかかりますが、億はいきません。いま太閤通の二館が売りに出てますけど」
「中村映劇ですか」
「いやあれは、名古屋唯一のエロ映画館なので、けっこう流行ってます。笹島のマキノ映劇と、大鳥居のそばの太閤劇場です。そんな崩れかけたものを買って内装してもしょうがないんで、一館建ててしまいましょう。アヤメの脇の更地に」
 菅野が、
「二、三百人収容の中規模の映画館がいいでしょうね」
「五千万もあればバリッと建てられます。七十ミリ上映をしない映画館の内装から、機材設置までで二千六百万、映写技師二人分月給四十万、もぎりや館内売り子などの人件費五人でひと月五十万、水道光熱費二十万、フィルム使用料一回五万から十五万、二本立て四回上映で四十万から百二十万、以上当座多く見積もって八千万。ここへ入場料収入が入ってくるので、看板、ネオン、その後の運転資金を考えたとしても、余裕でやっていけます」
 カズちゃんが、
「映画の配給会社や、映画ファン、映画関係者といった人たちが、月々資金援助もしてくれるのよ。ときどき封切りもやる名画座二番館なんか建てたらバッチリね。開業申請は基本は県知事だけど、近所の保健所でOK。そういうことはぜんぶ北村の専門家さんたちがやってくれる。配給会社との値段交渉は秋月事務所を通して宇賀神さんにもう頼んだわ」
「うへ! 手回しがいい」
 睦子たちがぱちぱち手を叩く。
「でもそんなに簡単にいくのかな」
「お金があって、専門家がいれば簡単よ。キョウちゃんはずっと先の話みたいに言ってたけど、善は急げと思って」
「神無月さんが了承すれば、いろいろ手続や根回しをすませたあと、来年の二月くらいから地鎮をして着工にかかります。宗近棟梁に映画館専門の建築屋を紹介してもらってね。棟上は八月から九月でしょう」
「お願いします。劇場の名前はシネマ・ホームタウン。看板は質素なネオン仕立て。青いネオンで。日本と西洋の名画を隔週二本立てで上映するように計らってください。……やっとお金が役に立った」
 千佳子が、
「名画の基準はどうします?」
「独断と偏見で。そのうちリクエストも採り入れるようにしよう」
 カズちゃんが、
「配給会社の営業屋さんも回ってくるから、それから選ぶこともできるわ。ポスターや予告編も配給会社が持ってくるのよ」
 トモヨさんの膝でじっとしていた直人がやってきて、
「テレビとう」
「よしいこうか。ジャージでいくぞ」
「ぼくもジャージ」
 トモヨさんが、
「ミズノがユニフォームといっしょに作ってくれたんですよ」
「そうか、よかったな」
 菅野が、
「昼めしは一時に、直人の好きなハンバーグを出す『そーれ』に予約しときました。中区役所の先、池田公園の手前です。あのあたりはゲイバーの多いことで有名で、あまり感心しない場所ですけど、昼間だから気にならないでしょう」
 カズちゃん、素子、メイ子、睦子、千佳子が立ち上がる。ハイエースに乗りこみ、助手席に座って直人を膝に抱く。直人はフロントガラスに一生懸命手を伸ばす。掌紋で汚れる。
 見慣れた広小路通を市電といっしょに走り、あっという間にテレビ塔。
「テレビとう、テレビとう!」
 直人がはしゃぐ。塔の目の前の一時間二百円の有料駐車場にハイエースを入れる。菅野と直人に先導され、全員バンから降りる。直人はふんぞり返って銀色の塔を見上げる。千佳子が抱き上げ、睦子に頭を支えさせてさらに見上げさせる。私はカズちゃんに、
「できたのはいつ?」
「私が二十歳のときだから、昭和二十九年。たった十五年前」
 菅野が、
「六月二十日です。私は二十五歳でした。……東洋のエッフェル塔か」
「ぼくが英夫兄さん一家といっしょに昇ったのは十年前だから、テレビ塔が五歳のときか。昇ると言っても、地上百八十メートルのうち、九十メートルの展望台までね。周りに緑がなくて、平屋や二階建てのふつうの民家だらけだった。百メートル道路は整地途中の植樹地帯で、緑がいまより幼かった。錦通や広小路通だけが賑やかなビル街でね。通行人は黒っぽくて、インバネスを着てるおじさんまでいたなあ。学帽をかぶった学生は白いレインコートが多かった」
「百メートル道路の下を名城線が走ってます。紫色の地下鉄で、南北線とも呼ばれてます。大曽根から栄を通って金山までの路線です。さあ昇りましょうか」
 百人ほどの行列の後ろにつく。待ち時間十分という札が立っている。直人をみんなで抱き回してじゃれているうちに順番がきた。入場券大人百円、直人は無料。エレベーター二台が稼動している。十六人乗りエレベーターに分乗して展望台へ。直人は鼻の先に鉄骨が過ぎ去るのを興味深く見つめる。一分で到着。
 処々骨組みの露わな狭い回廊と低い天井。大人の目には、巨大なガラス窓が不安な感じで傾いているガランとした空間にすぎないが、子供の目には何でもある。望遠鏡、土産物売場、眼下の市街、彼方の山並、同年輩の子供たちも交じった人混み。直人は狂喜して走り回る。石の床ですてんと転んだりする。カズちゃんが抱きかかえ、十円を入れて望遠鏡を見せてやるが、焦点が合わない表情をするので、代わりにメイ子が覗きこむ。
「ほんと、よくわかりません」
 素子も覗くが、あきらめる。直人は、売店の前でたたずむ。指差した記念メダルを買って首にぶら下げてやる。手相占いのコーナーはいなくなったようだ。カズちゃんが、
「まだ上もあるのね」
 指を差す。さらに十メートル上まで階段を登っていく展望バルコンという代物があるようだ。だれもいこうとしない。金網で囲まれているが、吹きさらしなのでさすがに怖いのだろう。直人の手をつないで人混みの中をもう一周すると、子供も大人も飽きてしまった。
「おとうちゃん、おなかすいた」
「よし、めしだ」
「めしだ」
 ふたたびエレベーターに分乗して降りる。菅野に、
「あっけなかったですね」
「名所なんてこんなものでしょう」
 バンに戻り、錦通の栄交差点に出る。
「錦通の下は地下鉄東山線が走ってます」
 信号を南へ渡って広小路通へ出、中区役所の前を左折。ケヤキ並木とビルの群れに覆われる。広小路東の信号を右折して細道に入る。東急ホテル裏をひと曲がりして、到着。いずれビルに跳梁されそうな空間にモルタルの二階家が建っている。赤白緑のイタリア国旗を横にした看板の真ん中に〈そーれ〉。イタリア料理店のようだ。
 目の前の駐車場にバンを停める。直人を腕に抱き、菅野に導かれぞろぞろ五段ほどの階段を昇って店内へ。清潔な大衆食堂ふう。五割ほどの客の入りだ。女の客はほとんどいない。私たちが色を添える。抱えている直人のかわいさに客たちの目が奪われる。それから女五人の美しさに目を瞠る。
 四人がけテーブル二卓につく。神妙にしている直人に両開きの大きなメニュー帖を見せる。写真つきなので直人はすぐに指差す。予想どおり目玉焼きの載ったハンバーグとオレンジジュースだ。大人たちは決まっている。九年前に創業したこの店の発祥とされているあんかけスパゲティ。と思いきや、それはメイ子と私だけで、試食ずみの睦子と千佳子はピカタスパゲティ、カズちゃんはカニクリームコロッケスパゲティ、菅野はトンカツスパゲティと決まる。
 カウンターにいた中年の女の店員が直人に自動車のミニチュアを持ってくる。ニコニコしている。直人は、ありがとう、と言い、テーブルでゴシゴシやる。女が頭を撫でる。
「かわいらしいわねえ」
「二歳三カ月よ」
「かわいいさかりですね」
 カズちゃんの子と誤解したようだ。菅野が女に、
「何ですか、ピカタって」
「イタリア料理です。肉や魚を薄切りにして塩コショウをし、小麦粉をまぶしてから溶き卵につけて、それをバターかサラダオイルで焼いたものです」
「なるほど、スパゲティ、ピカタ添えか。お二人さん、知ってたの」
「はい、知ってました。そーれの鶏肉ピカタは有名なので、いつか食べてみようってムッちゃんと話してました」
 女が、
「どのスパゲティも餡(あん)を周りにかけてあります。こちらのお子さんのハンバーグはデミグラスソースです」


         七十四

 品物が出てきたとたん、直人がはしゃぐ。いつもの一口サイズでないのがうれしいのだ。睦子が切り分けてやる。あとは自分でフォークを使って食べる。メイ子が、
「おいしい?」
「おいしい!」
 あんかけスパゲティをすする。麺が太い。ん? うまい。カズちゃんが、
「ソースが何でできてるのかわからないのよね。家庭では作れない味。トマトが入ってることだけはわかるんだけど……ミステリアス」
 メイ子が、
「ミートソースに近い味ですね」
 千佳子が、
「ソテツちゃんが作れるって言ってました。ただソース作りに半日ぐらいかかるので。作ったことはないって」
 直人が半分食べたところでフォークを置いた。
「ごちそうさま!」
 残りを切り分けて、みんなで一口ずつ食べる。すでに腹がくちているので、ふつうの味に思える。
「おなかいっぱい。さ、帰りましょう」
 直人がミニカーをカウンターへ返しにいくと、
「あなたにあげたのよ。持っていきなさい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 本能的に礼儀正しい子だ。もう野球場に連れていってもだいじょうぶかもしれない。メイ子が直人を抱きかかえる。カズちゃんがレジに立つと、奥の厨房から三人の男が出てきて、中年女といっしょにカウンターに並んだ。
「ありがとうございました、神無月選手!」
 いっせいに店内から拍手が上がった。わかっていたのだ。カズちゃんが支払いを終えたときカウンターから女が、
「またのお越しを!」
 と声をかけた。カズちゃんは振り返り、満面の笑顔で応えた。
 広小路通をゆっくり帰る。桜通とちがってこの通りは飛ばせない。栄交差点。右遠方にテレビ塔、左角にオリエンタル中村。
「この百貨店だけは、ポツンと奇跡的に戦火を免れました。今年、三越と業務提携しました。いずれ三越の看板が挙がるでしょう」
 素子が、
「屋上観覧車」
 百江が、
「キャッチフレーズは、天に星、地に花、人に愛」
 ビル、ビル、ビル。広小路呉服町、広小路本町、広小路伏見の大交差点。
「左手の三軒奥のどでかい建物が御園座。存在は知ってますが、一度もきたことがありません」
 私も、うちも、とカズちゃんたちがうなずく。広小路中ノ町。納屋橋東。
「直人、これが堀川だよ。お城のそばを流れてる川」
「ほりかわ」
「おとうちゃんが小さいころ住んでた町のそばにも流れてた。いつか千佳子お姉ちゃんといった庄内川より小さいね」
「ちいさい」
「この橋は納屋橋。きれいだね」
「きれい」
 利発そうな目が輝く。納屋橋西。柳橋。睦子が菅野に、
「橋の姿がありませんけど、柳橋という橋がむかしあったんですか? それともただの土地名ですか」
「むかし柳橋という橋がちゃんとあったんです。国鉄の線路と堀川のあいだに、庄内川から引いた江川(えがわ)という用水路があったんですが、大正時代に暗渠化して道路にしました。いまの江川線です」
「そうだったんですか! 知りませんでした」
「西区の浅間一丁目から港区の名港一丁目まで、六キロメートル程度です」
「おとうちゃん」
「ん?」
「ささじま」
「お、笹島だ。よく覚えたね」
「うん、ごほんもおぼえた」
「そうか、帰ったら聞かせてね」
「うん」
 数寄屋門を入ると、クォン、というかわいらしい鳴き声が一声聞こえた。
「ジャッキ!」
 と叫んで直人が走っていく。宗近棟梁がモコモコした灰色の小犬を抱えて近づいてくる。私たちも足を速めた。棟梁は直人に小犬をそっと手渡した。耳が垂れて、胸がわずかに白い、縫いぐるみのようにかわいらしい犬だ。みんなで撫でる。棟梁はカズちゃんと菅野に、
「お届けが少し遅れましたが、五週目まで栄養と健康の具合をじっくり見ようと思いましてね。まったくだいじょうぶです。人なつっこくて大人しい犬なので、番犬には向いてませんな。秋田犬の血が入ってますから、中型犬になると思います。シャンプーは一週間に一度やっときましたが、皮膚病もありませんし、これからは三、四週間にいっぺんでいいでしょう。年に一回、動物病院で所定のワクチンとフィラリア薬の投与をしてもらってください。環状線の本陣のそばの亀島の渡辺病院です。鑑札をつけた首輪と鎖はご主人に渡してあります。静かな犬なので去勢はしてません。去勢すると毛ヅヤが悪くなるし、へんに太ったりしますのでね」
「餌は人間と同じものでいいのね」
「はい、ドッグフードは質が低すぎて犬の健康に非常に悪いので、毎度の食事の余りものをあげればいいでしょう。朝と夕方、多すぎない量を一回ずつ。何でも食べるので残飯整理にはもってこいですよ。ただし、からいのやしょっぱいのはだめです。白米と肉や野菜の余りものがいいですね。たまの味噌汁めしなんかはだいじょうぶ。餌やりは幣原さんがやるそうです」
「犬小屋は玄関に?」
「あの犬小屋を借りていって、この二週間、土間に置いて慣らしときました。座布団を敷いてね。別のきちんとした小屋を作って玄関に据えてあります。大人しい犬なので夜鳴きはしません。小屋は、冬場は土間に、春から秋にかけては玄関近くの庭に置いてやるのがいいでしょう」
「散歩は?」
「たいへんでしょうが、一日に一回、餌をやる前、気温の上がらない朝にしてやってください。夏場のアスファルトは足をヤケドするので気をつけて。あとは庭に放しておけば、これだけ広いんですから適当に運動しますよ。大便小便は散歩のときはだめです。処理するのがたいへんですし、衛生に悪いので近所迷惑にもなります。自宅の敷地内でするようにしつけてください。私もこの二週間、庭でさせて、小便はそのままにしましたが、大便はスコップで土の中に埋めました。いずれ草木の栄養になりますよ」
 主人が出てきて、
「散歩はワシが朝早くやるから心配せんでええ。立派な犬小屋だぞ」
 玄関土間に入ると、バットやグローブをしまう納戸の前に、先回の小屋とはまったくちがった、ベビーベッドふうの洒落た〈小屋〉が置いてあった。粗い間隔で材が組まれて視界を遮らないようにし、小犬が横たわる空間の四方は灰色の格子柄のマットを埋めこんである。出入口に一段の階段が造りつけられ、天板の上には花や置物が飾れるようになっていた。犬が喜んで出入りできるように作ってある。
「すてきね」
 直人が土間に放すと、ピョンと階段を昇って入った。直人が、ジャッキ、と呼ぶと、また階段を降りてくる。靴や草履には興味を示さない。よくよく理想的にでき上がった犬だと思った。棟梁は、
「ふだんは首輪だけにして、鎖は散歩のときだけつければええですよ」
 直人はゴムボールを手にジャッキを連れ、名大生二人と庭へ出た。女将が、
「百江さんとこの補修工事はどうなっとります?」
「来月半ばに終わります」
「よろしくな」
「はあ。どこの工務店がボロボロと言ったのか知りませんが、それほど根太はやられてませんでしたよ。玄関付近だけです。その補修が終わったら、シロアリ駆除の薬を地面に注入して完了です。内壁もちょっと直しておきます。じゃ、私はこれで」
 一家でコーヒー。カンナを胸に吸いつかせたトモヨさんはコーヒーを控えている。
「気を使ってるね」
「はい、授乳期のあいだは」
 賄い連中は洗濯物や蒲団の取り入れ。菅野やカズちゃんたちと芝庭に出ると、直人と睦子たちがゴムボールを転がしながらジャッキとじゃれ合っていた。平均よりも短い寿命で終わりそうなシロがジャッキとして甦る。飼い主は直人。平均寿命十三年。彼が高校に入るころか。犬との人生は長い。菅野が、
「私も小学生のころ、近所で拾ってきた子犬を飼ってました。柴犬の雑種です。昭和十二、三年ですかね」
「長生きしましたか」
「と思います。戦争を生き延びて、四、五年で死にました。蟹江の工場から名古屋に戻ってしばらくしたころです。……悲しかったですね」
「動物の死には打ちひしがれます」
 主人が出てきて、菅野を誘って門へ歩いていった。面接のようだった。千佳子がカズちゃんに、
「一週間にいっぺんは面接のようですね」
「毎日くるんだけど、蛯名さんから連絡があったときしかいかないみたい。一次面接は彼がすませちゃうから、見どころのある子を何人か残して、まとめておとうさんと菅野さんが面接するの。ひと月に二人ぐらいしか採らない」
 カズちゃんは直人とジャッキを抱き上げ、浮きうきと玄関へ歩いていった。睦子はゴムボールを拾い上げると、私に笑いかけ、
「青森から帰ったら、いつでもいいですからお願いします」
「私も、都合のいいときに。年の瀬でいいです。二人で帰省する前に」
 千佳子も笑顔で言った。十二月二十日は彼女の誕生日だし、九日はキッコの大検の合否発表だ。
 NHKが七時のニュース番組で、十二月に神無月コーナーを設け、毎週土曜日の夜十一時十分から十一時四十分の時間帯で、年内にかけて放送すると予告した。
         †
 幣原が夕食の残飯でジャッキのめしを作った。
「犬の餌という本を読んでにわか勉強をしました。量はジャッキの頭の大きさ。おっかない言い方をすると、頭蓋骨の大きさです。それがだいたい胃袋の大きさなんです。肉、野菜、ごはん少々、水適量、これで一食オーケーです。肉は料理してあれば、豚、牛、鶏何でもいいんです。野菜も調理ずみなら何でもよくて、ブロッコリーもいいんですよ。肉と野菜の割合は半々です」
 カズちゃんが、
「食べちゃいけないものもあるんでしょう?」
「ほとんどなくて、ネギ類、チョコレートやコーヒーや緑茶、魚の骨など尖ってるもの、アルコールです。アルコールは隠し味でもダメです」
 重い真鍮の餌台にステンレスの餌皿が二つ埋めこんである立派な器に、ジャッキが首を伸ばす。みんなでジャッキがめしを食う姿を見つめた。がっつかずに上品に食う。シロもこうだった。
 九時。東海テレビの特別番組で、私の一シーズンのドキュメンタリーフィルムを流した。その中で菱川が言っていた。
「あんな人に会ったことがありません。ものごとに対する感覚や、日常生活の仕草が、同じ人間とは思えないんです。詩的とも言える異常な美しさですね。いちばん胸を打たれるのは、そういう外面的なことばかりじゃなく、自分ではない人間を救おうとする強い意識があることです」
 中はこう言っていた。
「社会への拒絶反応から出てくる痛ましいものが彼の中核をなしてますね。ある種の孤児と言えるかな。成熟しても忘れられないほどつらい少年時代をすごしたということだと思う。賞賛に慣れてないし、名誉を当てにしてないんです。だから成功や栄光を無意識に拒絶する。同部屋になって親しく口を利いて、つくづくわかりました。幼少期を奪われた人間に安っぽい同情なんてもってのほかで、必要なのは恋人として全霊懸けて愛することだけです。私はその一員だと自覚してます」
 高木は、
「幼いころは無傷であるべきなんだ。うんと愛されなくちゃいけない。その確信が得られないと、空しさが残るだけだろうな。……俺は、その空しさごと抱きしめるしかない。彼が野球の神さまであるかどうかなんて知ったことじゃない。抱き締めるしかないんだ。あんなに遠慮がちな人間をいじめるやつの気持ちが信じられんよ」
 水原監督は、
「金太郎さんは人間が好きだけど、こういった世界特有のファンの取り巻きは少ない。おそらく一人もいないんじゃないかな。心を許すのは彼が信頼する野球選手と、一部の献身的な人間だけだ。その範囲の人びとに対してのみ彼は、自分では極力押さえようとしているようだが、抑え切れないほど愛情にあふれる態度で接する。その人たちの中に真実を見つけようと誠実に取り組むんだね。彼に信頼される私たち周囲の人間もその取り組みにいっしょにいそしまなければ、彼は死にたくなるかもしれない。しかし、私はもちろん、周囲の人たちはみんな金太郎さんを深く愛しているので、彼をその危機に曝すことはけっしてしないよ」
 私は完全に人びとの幻の中で生きるようになった。
 カズちゃんたちと則武に帰って、独り寝をする。


         七十五

 十一月三十日日曜日。深く眠れず、五時半起床。曇。七・一度。うがい、下痢便、シャワー。ジム部屋で素振り百二十本。三種の神器。勃起。一階へ降り、カズちゃんの部屋にいって寝起きのところへ交わろうとすると、
「私は青森で何度もできるわ。百江さんのところへいってあげて」
 裸のままもう一度二階へいく。百江は驚きながらすぐに受け入れ、声を殺して激しく反応した。彼女の高潮に合わせて吐き出す。
「ロマンチックでなくてごめんね」
「いいえ、とてもうれしいです。ごちそうさまでした」
 百江とキッチンに降りる。カズちゃんが私を椅子に座らせ首筋や背中を冷たいタオルで拭き、百江はそれを裏返して私のものを拭いた。微笑しているメイ子見つめると、
「あ、私は、二人が青森から帰ったら……」
 と言って頬を赤らめた。バタートーストと目玉焼き、ウインナー、コーンシチューで朝食。八時に菅野がやってくると、女三人で北村席へ出かけていった。大鳥居までランニング。
「なぜ野球をやるんだろうとは思わないけど、なぜ青森へいくんだろうとは思うんだ。少し前までは目的が明確だったような気がする。海、じっちゃばっちゃ、何人かの女、その三つ。今回はそれもぼんやりして、講演、同窓会という名目を立てないと腰が上がらない」
「関心が薄れたんですね。いや、もともと関心がなかったか」
「むかしを振り返って、見つけたいといつも思ってる、いい思い出とか何かをね。思い出すことはあるけど、いいとは言えないもので、しかも現実かどうかもわからない。野辺地の暗くて寒い部屋、でも、怖くない。たぶん、東京から野辺地に連れられてきてすぐのことだと思う。状況としては最悪だけど、中年の女が隣の蒲団にいたから安心できた。その女は強いから、守ってくれるって。……あれは現実かな」
「現実ですよ。つらいですけど。……関心があるのは、その女の人だけのようですね」
「ばっちゃだ。ずっと気になってる。ばっちゃと二人、なぜあの暗い部屋に寝ていたのかって。叔父たちも従兄もいなかった。なぜあそこにいたんだろう。人里離れた山を二人で心中するためにさまよってる感じかな。野生動物の親子みたいな感じもした。それからずっと、だれにもその理由を訊かなかった。答えないとわかっていたから」
「大人は不機嫌そうな顔で暮らしてますからね。訊けないでしょう」
「訊けば嘘を言うとわかってたしね」
 北村席に戻り、玄関前にちょこんと坐っているジャッキの頭を撫でる。つぶらな瞳で見上げる。菅野とシャワーを浴びていると、裸の直人が入ってきた。湯を当ててやる。狂喜する。
 新しい下着とジャージに着替えて、座敷の縁側に坐る。直人もトモヨさんに着せられた同じ格好だ。菅野はファインホースへ。日曜日は彼と賄いの数人とで事務所に詰める。最近、数寄屋門を出ないで事務所へ直接いける横門が作られた。かよいの賄いたちや御用聞きもそこを利用している。事務所裏の木立に覆われた門なので、部外者にはまず気づかれない。これまではトモヨさんの離れの大ぶりな門を使っていた。主人が、
「そろそろ神無月さんの三十分特集番組が始まりますよ」
「そうですか」
「六時ぐらいにジャッキの散歩をしましたわ。椿神社までいって、駅西銀座のらいおん堂の角を回って帰ってきました。歩き慣れてないので、ときどき抱いてやったりしてね。いい運動になりました」
「朝めしはたっぷり食いましたか」
「ゆっくりね。ガツガツ食わんのです。最後にちゃんと水を飲んでおしまい」
 女将が、
「神無月さんの食べ方にそっくりやわ」
 トモヨさんがカンナに乳をやる。
「それで食事になってるの?」
「忘れたんですね。離乳食は半年目くらいからです」
 素子がやってきた。千佳子、睦子、千鶴やキッコが集まって賑やかになる。私は素子に、
「南山大学さんと英語の勉強つづいてる?」
「中断してる感じ。広野さん、通訳ガイドの試験勉強が忙しなってまって。去年落ちたらしくて、今年にかけとる」
 カズちゃんが、
「たしか上板橋の河野さん、中国語通訳の資格持ってたわよね」
「そうだったっけ? 忘れた」
「キッコちゃん、大検どうなったん」
「九日に発表」
「受かったら、高校やめてもええの?」
「うん。でも、大学受かるまではやめん」
 主人が、
「さ、神無月さんの特番ですよ」
 みんなでテレビの前に集まる。直人が素子の膝に乗る。
「直ちゃん、重なったねえ」
 トモヨさんが、
「十四キロあります。身長は九十センチ」
 九時からCBCのスペシャル番組が始まった。二分ほどのプロローグ部分で、第一号から、十号、二十号……百六十号、百六十八号と、十八本のホームランを映し出し、それから十五分、キャンプ風景、ふだんのランニング、素振り、三種の神器、バット事件、暴漢事件、少年野球教室、オールスター、日本シリーズ、優勝オープンカー、名古屋市名誉市民表彰、契約更改と、ナレーションを重ねながらビデオフィルムを映していき、番組の終わりにこんなふうにまとめていた。

 ……試合前の練習のときなど、江藤さん、モリミチさん、太田、などと、チームメイトの名前を気軽に呼び、彼らの肩に手を回す光景が見られる。記者の一人が、日本球界のあなたは―という言い方をしたときにも、ぼくは中日ドラゴンズの神無月です、と返した。いまや彼は、球界ナンバーワン選手のプライドを捨て去り、ドラゴンズというチームのことだけを考えているようだ。いや、最初からそんなプライドなど持っていなかったように思われる。
 ……そしてついに〈金太郎効果〉という言葉が、野球用語集につけ加えられることになった。それは神無月の降臨によって、ひとり中日ドラゴンズばかりでなく、球界全体に明るく活気にあふれた新しい光が注がれたことを意味する。実際、中日ドラゴンズの選手はもちろんのこと、各チームの選手の中にも、
「神無月くんを見ているだけで気分が晴ればれとし、勝とうが負けようがどうでもいいような気になる」
 という極端な感想を口にする者もいる。その神無月は、自己中心的なわがままを言うこともなく、トラブルを起こすこともない、まったくの模範選手であると水原監督は絶賛する。
「彼は大天才ですが、噂をされるような破天荒な問題児とはちがいます。驚くほど義侠心に富んだ、しかも愛らしく、清潔で、赤子のように純真な人間です。彼の正義感と、溌剌とさわやかな明るさは、私たち野球人ばかりでなく、ファンたちも魅了するでしょう」
 同じ認識を国民も持ちはじめた。問題児として扱われながら不本意な少年時代をすごした彼が、刻苦して野球を、さらには勉学をつづけ、ついに中日ドラゴンズに入団を果たしたこと自体、ある種驚くべき絢爛の人生と言えるが、プロ野球選手となって以来の彼は、その光輝に満ちた人生を驕ることなく、一日も早く球界に溶けこまんとチームメイトとの和合に努め、一介のプレーヤーとしての鍛錬努力を重ねながら、前人未到の記録を築き上げてきた。その一途な姿に、ついにファンは目を洗われ、心をふるわせたのである。

          †
 十二月一日月曜日。七時メイ子の寝床で目覚める。晴。七・九度。ルーティーン。三種の神器だけやっておく。ランニングは中止。居間でブレザーに着替える。
「オーバーとマフラーはぜったい必要。着たくないなんて言わないでね」
「うん。肩を冷やしたくないからね」
 朝食を終え、それぞれの職場に出る二人を送り出し、カズちゃんと北村席に向かう。ジャッキを撫ぜ、直人の登園を見送り、九時半、一家の全員に門まで見送られる。大勢の記者が門の外でたむろしていた。何発もフラッシュを焚かれる。
 菅野が運転するセドリックで名古屋空港へ向かう。カズちゃんは、ずっしりした緑のオーバーと編み目の粗い白いセーターを着、厚地の臙脂のスラックスに焦げ茶の短いブーツを穿いている。
「そのくらいでちょうどいいかもね。ぼくも股引を穿いてきた」
 紙袋を一つ後部座席に置いていた。
「お土産は大福餅よ。柔らかい和菓子がいいと思って、きのう買っといたわ。二箱くらいはお祖母さんが配り歩くでしょうから、三つ買った」
 カズちゃんは、帰りの到着時刻を菅野に告げた。
「七日、日曜日の午後八時四十五分ですね。承知しました」
 休むことを知らないマスコミは、まるで誘導ミサイルのように私たちのあとを追いかけてきて、空港入りを確認した。私たちは搭乗券を受け取り、大きなボストンバッグを二つ荷物で出してから待合の喫茶店に入った。記者たちは追ってこなかった。彼らはおそらく青森行も確認し、現地の仲間に連絡を飛ばすだろう。
「新幹線に乗らなくてよかった」
 菅野は、
「そうですね。もし電車でいってたら、やつらはプラットフォームで取り巻くだけですまさずに、マイクを突き出しながらいっしょに列車の中にまで乗りこんでたかも」
「座席横の通路に立って写真を撮りまくるわけ? そこまではやらないでしょ」
「甘い甘い。何年か前のドラゴンズ選手たちの車内写真がたくさん残ってますよ。マスコミは信じられないことをやりますからね」
 ひょっとしたら、追跡取材と称して東北本線にまで乗りこみ、ふるさとに思いを馳せながら車窓を見やる神無月、などといったまことしやかな記事を書くために、インタビューや撮影の攻勢をかけ、いや、それに留まらないで、野辺地駅を降りた勢いで合船場の木戸にまで押しかけたかもしれない。―それはあり得ないな。費用がかかりすぎてたいへんだ。カズちゃんが、
「少しでも名の売れた人間に関することなら、どんなにくだらないことでも知りたいっていう大衆の好奇心は、とどまるところがないのよ。つまり、大衆の代表であるマスコミの取材には終わりがないということ。マスコミの魔手から逃れる最善の方法は、小箱のような部屋に閉じこもって、本を読んだり、ものを書いたり、テレビのロードショーでも観ているしかないの」
「それは不可能だ。しょうがない。そういう状況に陥ったら潔くあきらめて、引き連れて歩くしかないね」
「そう、ときどき降るニワカ雨だと思ってがまんするのよ。野球をつづけるためなんだから」
「年俸が引き金になってます。年内に鎮まりますよ。短気を起こさないでくださいよ」
「だいじょうぶ。カズちゃんが言ったようにただの自然現象だと思うようにする。そうだ菅野さん、年が明けたら、球団に電話して、押美スカウトのスケジュールに合わせて、北村席で会えるよう手配してください。忙しそうなら、電話だけ訊いて、連絡がとれたらとっておいて」
「了解です。―熊沢さんは残念でしたね」
 カズちゃんが、
「いつかかならず会えるわ。気長に待ちましょう。……ここまで有名になっちゃうと、向こうから会いにきてくれることはめったにないけど」
「どこかの新聞雑誌から随筆のリクエストがあったら、私の会いたい人、というテーマで書いてみる。リサちゃんにも会いたいし」
「脚がよくなったら、恋人になるって約束した子ね」
「うん……ぼくはそんな功利的なことは言わなかったし、思いもしなかったけど、彼女が勝手にそう決めちゃったんだ。そういう約束はなんか切実で、忘れられない」
「切実でない約束も忘れないでくださいよ。ランニングをなるべくサボらないって約束もね。ほとんどサボってませんけど、例外を作らないようにお願いします。きょうだって三十分は走れたはずですから」
「そのとおり! 帰ってきたらまたしっかり走ります」
「よろしく」
「東奥日報から詳しい連絡あった?」
「はい。浜中さんたちが会社の車で青森空港まで迎えに出て、そのまま野辺地に向かうそうです。じゃ、私はこれで」
 喫茶店を出ると、またフラッシュがまぶしく光った。予約してあった十時五十分の便に乗った。



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